
いままでに色々と印象に残る先生はいたけれど、誰が一番かって聞かれたら、
やっぱり中1の時の体育のK先生だな。
ボクの中学には「自校体操」って名前の、ラジオ体操みたいなオリジナル体操があってね。中学1年生はまずその体操を覚えることになっていた。
ラジオ体操程度の体操だから、グラウンドを走り回る体力がなくても、身体バランスが抜群に良くなくても、ルールや戦術に詳しくなくても、教えることはできるんだけれどさ。
K先生は年齢のせい(中1のボクには70歳くらいに見えたけど、もっと若かったのかも)か、あるいは病気や事故の後遺症なのかそれは分からなかったけれど、
右の手が麻痺して動かなかった。
そして動かない右手をかばうため、左手でつねに右手を押さえていた。
初めての授業でK先生を見たときは本当に驚いたよ。「マジか? 授業できるのか?」ってね。
いったい、どうやって体操を教えるんだろう。
つまりK先生は「言葉で」教える。
自分の腕は上がらないけれど、「ほら、そこ! もっと左右に大きく腕を振らなくちゃだめじゃないか」
自分は立ったままなんだけど、「しっかり膝を曲げて、それから思いっきり高く飛べ」
まぁそんな風に、しわがれて聞き取りにくい小さな声で言う。
そして手には短い棒を持っていて、ちゃんとやらない生徒はそれで叩くってことになっていたんだけど、でも実際に叩かれることはない。
だって走って逃げればK先生は追いつけないから。
ってな感じで、中学1年生の最初の1~2ヶ月の体育は「自校体操」の習得が目標だったけれど、授業はいつもダラダラ、バラバラで、ほとんど誰もちゃんと覚えなかった。
そして中学高校のその後の6年間、自校体操なんてする機会がまるでなかった。
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それでもK先生が退職するまでの数年間、
春になると新入生が入って来て、体育の時間にはグラウンドで自校体操の授業が行われていて、ボクはいつも決まって座っていた窓側の一番後ろの席からグラウンドを眺めながら、
春だな。また1年経ったんだな。
って、ほのぼのとした気持ちになったっけ。
