東電株主、20年にわたる脱原発運動に初めての大きな手応
「相変わらず口先だけの謝罪」「テレビで見た通りの形式的な受け答え」「政策や震災のせいにして無責任」など、東電の対応への不満を口にして途中退席した人も少なくなかった。
今回は402人の株主が、原発からの撤廃、原発を古い順に停止し廃炉にすること、新設や増設は行わないことを、同社の定款に明記するよう提案した。しかし、議決権ベースで賛成は約8%のみ。反対が約89%、棄権や無効などが約3%という結果になり、3分の2以上の賛成が得られず否決された。
「株主提案に賛同して挙手した人は、議長に見えない別会場にもたくさんいた。しかし入場時に議決権行使書は提出済みで、挙手は形式だけ。まともに数えることもせずに、いつものように否決した」と話すのは、株主提案をまとめた市民団体「脱原発・東電株主運動」の石川もとさんだ。
東電側は、定款に適した内容でないとして、株主提案への反対を事前に表明していた。同団体は弁護士に相談し「法的に妥当な要求」と確認済みだったが、それを発言する機会はなかった。議長を務めた勝俣恒久会長が檀上から「取締役会は反対」と念を押した後、形式的な挙手を経て採決に至った。
否決を決定付けたのは、議決権の過半数を握る法人株主による反対票だとみられる。議長は株主の質問に答え、大株主からの委任状が結果を左右することを明かした。なお3月末現在、同社の大株主トップ10には信託銀行や銀行、生命保険会社などの名前が並ぶ。5位に東京都もランクインしている。
総会後に同団体は報告会と記者会見を開催。質問した内容や東電の返答について、石川さんらが順番に報告した。各会員は、株主提案否決を「想定済み」と冷静に受け止める一方で、一般の株主からの予想以上の賛同に感謝を述べ、長年見てきた総会の雰囲気が震災を機に一変したと驚いていた。
同団体は、1989年に福島第二原発の再循環ポンプ破損事故を機に活動を開始。年に1度の総会のたびに原発の危険性を指摘してきた。2009年には、老朽化した福島第一原発1~3号機の廃炉を提案したが否決されている。ついに起きてしまった大事故に、記者会見では無念さのあまり涙をにじませる会員もいた。(オルタナ編集部=瀬戸内千代)2011年6月29日
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「循環注水冷却」 処理水移送ホースに穴
東京電力によりますと、29日朝に作業員が点検したところ、処理した水を移送する塩化ビニル製のホースに小さな穴が2か所開いているのが見つかりました。汚染水の処理施設は午前10時~午後2時まで装置の洗浄のためにいったん停止していて、この間を利用して穴の開いているホースの交換を行うことにしています。
「循環注水冷却」をめぐっては、28日もポンプの継ぎ手の部分に滲みも見つかっていますが、東京電力は「運転の継続には問題はない」としています。(29日11:21)
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朝日新聞の「戦争責任」
朝日新聞が、今週から「電力の選択」というシリーズを始めた。第1回は月曜の1面トップで、「自然エネルギー 阻む政官業」という見出しがついている。内容は、通産省(当時)と電力会社がいかに癒着して再生可能エネルギーの普及をじゃましてきたかという話だが、朝日新聞の記者はサンシャイン計画というのを知らないのだろうか。
これは1974年に石油危機を受けてできた計画で、大規模な太陽光発電所や燃料電池、バイオマスなどに(ニューサンシャイン計画を含めて)総額1兆5500億円を投資するものだった。しかし太陽光発電所は実用化できずに破棄され、原油価格が落ち着いたこともあって、2000年に終了した。朝日新聞の思い込みとは逆に、かつて政府は再生可能エネルギーに多大な期待をかけていたのだ(それは当時、政府を取材した私のほうがよく知っている)。
それから37年たっても、再生可能エネルギー(水力を除く)は全電力の1%にも達していない。たとえば昨年、運転を開始した最新の「メガソーラー」である堺太陽光発電所は、20haという福島第一原発より広い面積で、出力は1万kW。総工費は50億円で、2万枚の太陽光パネルを使って1年間に1100万kWhが発電できるという。これは原発1基の10時間分にも満たない。
再生可能エネルギーは自然条件が違うと使い物にならないので、熱帯の砂漠で太陽光発電所が実用化しても日本の参考にはならない。きょうの連載ではスペインの風力発電を紹介しているが、笑止千万というしかない。欧州は偏西風が吹くので、風量は安定している。それでもスペインでは、風力発電の補助金のおかげで財政が破綻した。日本は季節風地帯で風力が安定しないので、電力会社は風力発電を電力にカウントしていない。
それより朝日新聞は、かつて原発を推進した「戦争責任」を忘れたのだろうか。志村嘉一郎『東電帝国—その失敗の本質』によれば、1970年代に朝日は、岸田純之助論説委員の指揮の下に原発推進の方針を決め、東電の原発の全面広告を出した。秦正流専務は「朝日としては(原発推進という)コンセンサスがなくてはならない。記者個人が反対するのは自由だが、それをボツにするかどうかの権限は編集局にある」と明言したという。
その尖兵となった大熊由紀子記者の激しい「原発安全キャンペーン」は、同業者の間でも「朝日は電力会社に買収されたのか」と話題になったものだ。彼女の書いた『核燃料—探査から廃棄物処理まで』(朝日新聞社)は朝日の資料室にあるはずだから、読んだほうがいい。再生可能エネルギーを否定し、原発の安全神話をつくった最大の「戦犯」が誰であるか、わかるはずだ。
こうした忌まわしい過去に口をぬぐって、原発事故が起こったら、自分は何の責任もないかのように「自然エネルギー派」に転向する朝日の体質は、かつて大本営発表を垂れ流して戦争のお先棒をかついだ責任を封印して「平和憲法」キャンペーンに転向したのと似ている。これから「脱原発」キャンペーンを張るつもりなら、まず過去の自社のキャンペーンが正しかったのかどうか、検証してからにすべきだ。
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それから37年たっても、再生可能エネルギー(水力を除く)は全電力の1%にも達していない。たとえば昨年、運転を開始した最新の「メガソーラー」である堺太陽光発電所は、20haという福島第一原発より広い面積で、出力は1万kW。総工費は50億円で、2万枚の太陽光パネルを使って1年間に1100万kWhが発電できるという。これは原発1基の10時間分にも満たない。
再生可能エネルギーは自然条件が違うと使い物にならないので、熱帯の砂漠で太陽光発電所が実用化しても日本の参考にはならない。きょうの連載ではスペインの風力発電を紹介しているが、笑止千万というしかない。欧州は偏西風が吹くので、風量は安定している。それでもスペインでは、風力発電の補助金のおかげで財政が破綻した。日本は季節風地帯で風力が安定しないので、電力会社は風力発電を電力にカウントしていない。
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こうした忌まわしい過去に口をぬぐって、原発事故が起こったら、自分は何の責任もないかのように「自然エネルギー派」に転向する朝日の体質は、かつて大本営発表を垂れ流して戦争のお先棒をかついだ責任を封印して「平和憲法」キャンペーンに転向したのと似ている。これから「脱原発」キャンペーンを張るつもりなら、まず過去の自社のキャンペーンが正しかったのかどうか、検証してからにすべきだ。
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2号機格納容器、ようやく窒素注入開始
1号機ではすでに4月から続いていますが、2号機では原子炉建屋内の温度や湿度が高く、これまで 実施できていませんでした。扉を開放するなどしてようやく内部での作業が可能になり、28日夜8時過ぎ、窒素の注入が始まりました。
一方、3号機では建屋内部の損傷が激しく、放射線量も高いことから、いつ窒素を注入できるかどうかまだめどが立たない状況です。(29日00:08)
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『鉄コン筋クリート』のマイケル・アリアス監督、東日本大震災以降、被災地と東京を往復7回…支援や国
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| ケバブ無料配布中のマイケル・アリアス監督(左)、アリアス監督の義兄の阿部一臣さん(右) - 撮影:Kiyoshi Endo 遠藤潔司 |
アリアス監督が最初に被災地入りしたのは、3月14日のことだった。アリアス監督の親類が宮城県仙台市や多賀城市、女川町など津波の被害に遭った地域に多数住んでおり、ずっと連絡が取れず安否も分からないという不安な日々を過ごしていたという。そんな時、ちょうどオーストラリアのテレビクルーから被災地でのガイドと通訳を依頼されたことから、掻き集めた救援物資も積んで仙台市若林区から多賀城市、石巻市、女川町、南三陸町と、車中泊や登米市役所のロビーで寝泊りしながら沿岸部を北上したという。アリアス監督は「その間に義兄弟と連絡が取れて、幸い、親戚の無事は確認できました。しかし行くところ行くところ、どこもショッキングな光景ばかり。見慣れた街は破壊され、安否情報もなかなか入って来ず、途中で精神的におかしくなりそうになりました。被災した方々は声を掛けても話もできないような状態で、何もできない自分たちがここにいるのは邪魔なのではないか? という思いにもなった」と当時の心境を振り返る。
無力感に打ちのめされたアリアス監督だったが、国内外の友人たちに奮い立たされた。『ノルウェイの森』のトラン・アン・ユン監督、米アニメ『アイス・エイジ』の製作総指揮者クリストファー・メレダンドリ、米映画『カポーティ』のプロデューサーであるキャロライン・バロン、そして『鉄コン筋クリート』の脚本家アンソニー・ワイントラーブといった仲間たちから「何か協力できないか?」というメールが多数届いたという。そこでアリアス監督はファンドを設立し、友人たちから送られた募金計100万円で被災地支援を行うことを決意。ライフラインが復旧していないエリアに灯油や水などの救援物資を届けるほか、義兄の阿部一臣さんが仙台市内でトルコ料理ケバブの移動販売ローヤル・ケバブを営業していたことから協力を要請し、ケバブとソフトクリームを無料配布することを思い付いた。当時は現地で材料を手配できなかったため、アリアス監督自ら東京の知人を頼って材料の調達と仕込みをし、4月14日には女川第一小学校の給食として300食を子どもたちに届けた。
また6月17日、18日には、被災地での無料映画巡回上映を行っている「にじいろシネマ」のメンバーと一緒に宮城県気仙沼市の唐桑さんさん館と東中才館を訪れ、映画上映の合間に同じくケバブとソフトクリームを振舞った。残念ながら上映作品はアリアス監督の作品ではなく、『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』『釣りバカ日誌20 ファイナル 』『ドラえもん のび太の恐竜』『ナイト&デイ』『SKE48 3Dシネマライブ vol.1 「制服の芽」公演2011』の5作品。アリアス監督も「『鉄コン筋クリート』はアニメとはいえ子ども映画じゃないしね。『ヘブンズ・ドア』も主人公が死へ向かう切ない話だから、今、被災者に見て頂くのはどうかと(苦笑)。皆の好みもあるからね」と上映作品に理解を示している。その分、アリアス監督のお気に入りの店直伝のケバブも、マンゴーや抹茶味など6種類を用意したソフトクリームも大好評で、おかわりする人も多数出たという。
アリアス監督は「さんさん館には4月上旬、ロシアのテレビクルーを引き連れて一度訪れているんです。そのときは、裏の敷地で共同埋葬をする様子を取材するための訪問だった。なので今回、ケバブを喜んで食べる子どもたちの笑顔を見られて良かった」としみじみ語る。
ファンドの資金は気仙沼での活動で底が尽き、ケバブの無料配布もひとまず終了する。しかし今後も、個人的レベルでサポートを続ける予定だという。また現在、新作の企画を行っているが、いずれ作品にも活動を通して感じたことを反映させて行きたいという。アリアス監督は「今日本では、津波シーンなど、震災を思い出させるような映画をタブー視する傾向があるけど、僕はむしろタブーにしてはいけないと思う。芸術を通じて表現すれば、何かした得られるものがあると信じています。具体的にどう作品にするのか? は、まだ見えていないけど、津波のニュース映像にマヒし、いずれ震災の記憶も遠くなっていくなか、映画で伝えることができればと思っています」と今後も日本を拠点に、映像作家として決意も新たに活動していくことを誓った。(取材・文:中山治美)
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