沼沢しんや オンリーワンの仙台を -2ページ目

東日本大震災とエイプリルフールと統一自治体選挙。


沼沢しんやのブログ

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今回の巨大地震、それぞれのメディアで呼び名がバラバラでしたが、「東日本大震災」で統一するそうです。


さて、本当にいつの間にか時間は過ぎ、気付けば今日は4月1日。エイプリルフールでした。


従来であればネット上でも様々な企画が行われますが、やはり今回は自粛ムード。何でもかんでも日本全体が「自粛ムード」になってしまうのは考え物ですが、エイプリルフールは私たちには少し早すぎるのかもしれません。「お願いだから冗談であって欲しい」と願ってしまうようなことが、あまりにも多すぎます。


3月11日14時46分。あの時何も起こらなければ、本当は今日、私は届出を済ませ、統一選に望むはずでした。もちろんそのために今日という日に照準をあわせ、去年より準備をしてきたつもりです。


しかし時間を戻すことは出来ません。この震災は起こってしまいました。いま選挙どころでないことは、現に被災地に住む私たちが一番良く分かっています。延期は当然のことです。


現職でも何者でもない私は、311以来、本当に自分の力の無さを痛感しています。どれだけ一生懸命考えても、どれだけ一生懸命行動しても、自分に出来る事はあまりにも少なく、あまりに小さい。


それを痛感しているからこそ、今は国・県・市町村の現職の皆さんに復興への道筋を描いてもらい、被災地にある全ての人たちに少しでも安心して過ごしてもらえるようしっかりと取り組んでもらいたいと心から願います。


震災から3週間が経ち、「命があってよかった」とお互いの無事を確認しあった時間は過ぎ、これからは現実に待ち構えている様々な問題と向かい合わなければならなくなります。


家族を失った人。家を失った人。車を失った人。船を失った人。農地を失った人。会社を失った人。多くの人が、数え切れないほど多くのものを失いました。そしてこれから、仕事を失う人が沢山出てきます。


「復興事業」を遂行していく際、どれだけ地元の企業に発注し、どれだけ地元で職を失った人たちを雇用できるかは、私たちが一丸となって取り組んでいかなくてはならない大切な事の一つです。


今はただ、現職の皆さんにお願いするしかありません。


議会を挙げて取り組んでいただいている間に、私はより現場に近いところで色々なことを見て、色々なことを考えておこうと思います。


この時代に生まれ、政治の道を志し、たまたまそのタイミングでこの震災に直面した。全ては偶然ですが、この災害を乗り越え、教訓を生かした街づくりをしていくにはきっと膨大な時間がかかります。私はこの間、自分なりに一生懸命動いて感じた経験を絶対に無駄にはしたくありません。


自分が今何をしなくてはならないのか。


今の私は何者でもないけれど、でも、今の沼沢しんやには沼沢しんやのやっておかなければならないことがきっとある。そう信じ、動き続けたいと思います。(ところでガソリンはいつ手に入るんだい)


仙台の明かりは。

仙台の街から全ての明かりが消えた日。あの巨大地震発生から一週間がたちました。


無我夢中で過ごす毎日。今はガソリンも尽き、自転車をこいで走り回っています。


「自分は本当にいま誰かの役に立っているのか」、そう自問自答しながら、地元の避難所の炊き出しの手伝いや、困って私の事務所を訪れる人達の相談など、今の私の小さな力を最大限尽くしてきたつもりです。


仙台の街の大部分に明かりが戻り、少しずつ落ち着きを取り戻していく一方で、この巨大地震による恐るべき被害の全容が明らかになってきました。


死者6911。行方不明者1万316人。(3月18日午後7時現在)


もう言葉に出来ません。沢山の人がその尊い命を失いました。現時点ですでに阪神淡路大震災を超える犠牲者がでてしまっています。愛する人の安否を気遣い眠れぬ夜を過ごす皆さんや、津波により家や車や会社を跡形も無く流されてしまった皆さんが味わっている恐怖、悔しさ、悲しさを思うと胸が締め付けられます。「何も起こらない普通の毎日」は、一瞬でその津波に飲み込まれてしまいました。


しかし私はこの一週間で希望の光も見ました。


震災の混乱の中、自身も間違いなく被災者であるにも拘らず、隣近所や町内会のみんなで協力し合い、お互いに手を差し伸べ合う姿。停電で信号が全くついていない中、一台ずつ秩序を守って譲り合い、スムーズに通行していく車列。避難所での炊き出しに規則正しく並んで順番を待つ人たちの姿。毎日泊り込みで避難所を見守り続ける責任感に燃える人たちの姿。


これほどの天災に見舞われながら、それでも気丈に、前を向いて過ごす皆さんに、私も勇気をもらいます。


本当にありがたいことに、県内外からの寄付や支援の申し出も増えています。ボランティアとして活動したい、という方からの問い合わせも、私のようなところにも沢山あります。消防、警察、自衛官などの応援部隊も、それぞれの現場で大きな力と安心を与えてくれています。


仙台の街が普通の日常を取り戻すためには膨大な時間が掛かると思いますが、私は仙台の街を、仙台に暮らす皆さんの力を信じずにはいられません。復興の明かりは煌々と灯り続けています。


今回の地震で被災された全ての方々へのお見舞いと、犠牲になられた方々のお悔やみを申し上げ、前を向いて歩いていく決意をここに記したいと思います。


がんばろう仙台!がんばろう宮城!がんばろう東北!がんばろう、日本!!


私も小さな力を尽くし続けます!


沼沢しんや

就職’超’氷河期。

3月から新しい仲間が事務所に来ました。


Rくん。


現在大学4年生の、さわやかで、明るい好青年です。


要領もよく、来たとたんに戦力として、私の同級生であるやっかいな先輩たちに指導されながらバリバリやってもらっています。ただ、これほどの魅力ある人間をして、今年の春には就職の決まっていない「就職浪人」であるという、暗い一面も持っています。


今日の報道には、本当に気持ちを暗くさせるニュースが出ていました。


2010年の3万人を超える自殺者のうち、「就職失敗」が事由と推測される人が前年の2割以上増え426人になってしまったとのこと。そのうち大学生は46人と、前年の2倍と見られるとの報道でした。


私たちの住むこの日本では、一生懸命勉強をして大学に入り、学問を中心とした生活を送ろうとしていると、就職戦争に負けてしまいます。遅くとも大学3年の夏を迎えた頃には就職活動を始めなければ、就職戦線を生き残ることは出来ないのです。


ところがこれも決して平等な競争ではありません。


たとえば今年のような「就職’超’氷河期」と呼ばれるような年度では、そもそも就職先が極端に少ないという現実があります。生まれた年次によって就職先の総数が限られていること、そして大卒の一番のセールスポイントである「新卒」の冠はその1年しか効力を発揮しないことは、理不尽ではありますが、彼らではどうすることも出来ません。


この就職超氷河期にあって、就職先を見つけることが出来ない大学生に「自己責任」という言葉を押し付けるのでは、社会のありかたとしてあまりにも無責任だと思います。そう、彼らだけの責任ではありません。


そういった意味で、民主党の求める「大卒3年以内の新卒扱い」は当然であると思っていますし、大学生である若い皆さんには、安心して4年間学問に集中してもらう方が、結果としてこの日本のためになると思っています。


一方で、若い人達の大企業優先の就職活動にも、私たち地方都市に住むものとしては待ったをかける努力をしていかなければなりません。


私たちの暮らす仙台にも、多くの若い労働力を望む元気な中小企業がまだまだあります。それらの企業と、仙台で働きたいと願う若い力を、いかにマッチングすることが出来るかは、人口減少を向かえる地方都市にあって死活問題だと考えます。


そのためには元気な中小企業の信頼度を、いかに行政が保障する事が出来るかが大事なポイントになってくると思います。


市議会議員にも出来る事はまだまだあります。