【に】日露戦争(にちろせんそう) ;鹿児島の旅② | 公辞苑(ハムじえん)【第二版】

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特にテーマもなく、徒然なるままに書き綴ってます。

日露戦争・・・

明治37年~38年(1904年~1905年)に日本とロシア両国が朝鮮、満州に対する支配をめぐって戦った戦争。

日本は旅順攻撃、奉天会戦、日本海海戦などで勝利を収めたが、戦争遂行能力が限界に達し、ロシアも相続く敗退や国内の革命勃発などによって戦争終結を望むようになり、米国大統領ルーズベルトの斡旋によりポーツマスで講和条約を締結。

 

 

 

 

 

 

 

1月24日~27日の四日間、鹿児島に行ってきました。

 

初日・・・

鹿児島市の中心地(鹿児島中央駅近辺)に着いたのが15時前後だったため、その東側に加治屋町という町を散策しました。

鹿児島藩の下級武士の居住地であり、明治政府で活躍した人物たちが生まれ育った町です。

 

 

加治屋町近辺の散策は、前回の記事の続きでして・・・

 

前回は、西郷隆盛・大久保利通 関連のスポットを紹介しましたが・・・

今回は、他の人物たちのスポットを紹介します。

 

 

 

まずは、日露戦争時の日本軍の中心人物たちの関連スポットを紹介です。

前回は、西郷・大久保でしたので、司馬遼太郎作『翔ぶが如く』の主人公スポットでしたが・・・

今回は日露戦争ですので、『坂の上の雲』関連ですね。

 

 

 

前回の西郷隆盛・従道の誕生地から真北へ直線で100m強の場所・・・

元帥公爵大山巌誕生之地との碑があります。

加治屋町の中心地に高校がありますが、その高校の西側を走る みゆき通りを挟んで向かい側にあります。

 

 (NHK『坂の上の雲』より)

大山巌は西郷兄弟の従兄弟にあたり、西南戦争では隆盛を相手に戦っています。

日露戦争では元帥陸軍大将として満洲軍総司令官を務めてます。

 

 

 

大山の生誕地から北北西方向、高校の道路ぎわ・・・

ここには東郷平八郎君誕生之地との碑があります。

 

 (NHK『坂の上の雲』より)

東郷平八郎・・・言わずと知れた連合艦隊司令長官で、日本海海戦で大勝利を収めてます。

 

 

 

東郷の生誕地から ほぼ東へ直線距離で200mくらいのところ・・・

住宅地の塀に、2つの碑・・・

山本権兵衛誕生之地山本英輔誕生之地と刻まれてました。

 

 (NHK『坂の上の雲』より)

山本権兵衛は日露戦争時の海軍大臣で、後に総理大臣にも就任した人物です。

なお、英輔は権兵衛の甥(兄の子)に当たり、第二艦隊の参謀大尉として日本海海戦に参加しています。

 

 

 

大山誕生地から西北西直線距離で100m弱くらいの道端には・・・

黒木為禎誕生之地との碑。

黒木為禎は陸軍の軍事参議官就任後に日露戦争へ出征、鴨緑江から奉天会戦まで戦い、「クロキンスキー」とロシア軍からよばれていたようです。

 

 

 

加治屋町ではありませんが、大久保利通誕生地から西へ50m・・・

元帥子爵井上良馨誕生地との碑。

井上良馨は海軍のポストを歴任し、明治33年(1900年)最後の任務として横須賀鎮守府司令長官に就き、日露戦争終結を迎えたそうです。

 

 

 

 

 

 

ここから先は、日露戦争とは関係ありませんが・・・

加治屋町、もしくはその近辺にあった薩摩人スポットです。

 

 

 

加治屋町中心にある高校の北端に接する場所・・・

村田新八誕生之地との碑。

村田新八は西郷隆盛に従って国事に奔走、西南戦争では薩軍の大隊長として活躍し、城山で戦死しています。

 

 

なお、その後に大坪岩次郎邸跡との碑もありますが・・・

大坪岩次郎という人物について、きちんとは分かりませんでしたが・・・幕末~明治の鹿児島出身の人物のようで、商業に従事していたらしく、鹿児島汽船会社の設立、沖縄新聞の創刊などに関わっていたようです。

 

 

 

山本権兵衛誕生地から南東へ200m程度のところで、加治屋町からは外れてしまいますが・・・

黒田清隆誕生地を示す看板があります・・・碑はなかったですね・・・。

黒田清隆は大日本帝国憲法発布時の内閣総理大臣です。

戊辰戦争や西南戦争で活躍していますが、日露戦争より前の1900年に亡くなっています。

 

 

 

そう言えば・・・

加治屋町から少々遠いですが、鹿児島中央駅の前に「若き薩摩の群像」という像があります。

慶応元年(1865年)に渡英した薩摩藩留学生17名の像らしく・・・

17名の中に伍代友厚が含まれているようです。

 

 

 

 

鹿児島旅行の初日に見たものは、こんな感じで・・・

石碑と銅像ばかり見た次第です。