翔ぶが如く・・・
司馬遼太郎 作の小説で、西郷隆盛と大久保利通を主人公とする。
小説では、征韓論~西南戦争といった明治時代を取り扱っている。
この作品を原作とする大河ドラマでは、西郷と大久保の若い時代・・・幕末から描かれている。
2月4日ではありませんが・・・
1月24日~27日の四日間、西の方へ旅してきました。
まぁ、西と言いましても、南西・・・鹿児島に行ってきました。
もっとも、初日・・・
自宅の船橋から羽田空港へ・・・飛行機で鹿児島空港へ着き・・・そこからバスで鹿児島市の中心地(鹿児島中央駅近辺)に着いたのは、15時前後・・・
この時間から観光は難しいかな・・・と思ったのですが・・・
鹿児島中央駅の東側に加治屋町という町があり、かつて薩摩藩の下級武士の居住地だったこともあり、明治政府で活躍した人物たちが生まれ育った町のようで・・・そこを歩いてみることにしました。
本当に多くの人物が輩出されたようで、その出生地が あちこちにありました。
もちろん生家が残っているわけではなく、碑だけですが・・・。
1回では紹介できないので、何回かに分けて紹介したいと思います。
なお、巡った順番通りに記事にするのも難しいので・・・
テーマごと・・・今回は維新の三傑にあげられ、『翔ぶが如く』の主人公である西郷隆盛と大久保利通のスポットを見ていきたいと思います。
まずは、西郷さんから・・・
鹿児島中央駅から東へ500~600mくらいのところ・・・
加治屋町の外ですが、公園があり・・・・
公園の入り口に西郷南洲翁宅地跡との碑がありました。
南洲は西郷隆盛の号です。
安政2年(1855年)に加治屋町の生家を売却し、ここに家を借り、明治2年(1869年)7月に武屋敷に移るまで居所としてたそうです。
なお、宅地跡から東へ100m強のところに、南洲橋という西郷さんの名の付いた遊歩橋を北へ渡ると、そこが加治屋町です。
橋を渡ったすぐのところに、鹿児島市維新ふるさと館というミュージアムがあり、そこで西郷・大久保などの事績が見れるようなのですが・・・
臨時休館・・・(´・ω・`)・・・orz
予備知識を入れてから、散策をしたかっただけに残念です。
ちなみに、ミュージアムの東側に、「二つ家(ふたつや)」という形態の住宅が再現されています。
薩摩藩の下級武士の住宅で、二軒の家がくっついたような形になっており、客を迎える「おもて」と生活の場である「なかえ」にわかれているそうです。
西郷や大久保もこういった家で育ったんでしょうね。
二つ家の北東に、公園のようなエリアがありまして・・・
そこが西郷隆盛の誕生地でした。
園内には、いくつかの石碑があり・・・
その一つが西郷隆盛君誕生之地との碑・・・
その傍らに、西郷従道誕生之地との碑も・・・
兄弟ですから、そうですよね( ^ω^)・・・
なお、園内には西郷従道邸庭園跡庭石と呼ばれるものが設置されており・・・
東京の目黒の西郷従道の別邸(現在の西郷山公園)にあった庭石が寄贈され、ここに置かれたようです。
次は、一蔵どん・・・大久保のスポットを・・・
先ほどのミュージアムの北西側・・・二つ家の逆側ですが・・・
こちらも公園になっており、何やら石碑があります。
大きな碑には、大久保利通君誕生之地との文字が刻まれてました。
でも、正確には大久保利通が生まれたのは、ここではなく・・・
高麗町と呼ばれるところで、その後に父親の仕事の都合で、この地に移り住んだようです。
そんなこともあり、看板には「大久保利通おいたちの地」とあり、現在は一般的にはこの名称で紹介されているみたいです。
ちなみに、先ほどの碑の傍らに牧野伸顕誕生之地との碑もありました。
牧野伸顕は明治~昭和の政治家で、娘婿が吉田茂、ひ孫が麻生太郎さんなんですが・・・
牧野伸顕自身は、大久保利通の次男でして・・・ここで生まれたことは合ているようです。
なお、ここから北西に向かって公園が伸びており、モニュメント等がありますが・・・
やがて、大通りにぶつかり、その大通りの向こうに銅像が見え・・・
これが大久保利通像でした。
その傍らには、彼の座右の銘「為政清明」・・・
政治を行うものは自らの心も態度も清く明るくならなければならない・・・そんな意味らしいです。
なお、大久保利通の本当の誕生の地は、生い立ちの地から東へ500m程度行き、川を渡って南に行ったところで・・・
加治屋町の外になります。
駐車場の傍らに大久保利通誕生之地との碑が設置されています。
(つづく)





















