守口・・・
大阪府の北河内エリアに位置する都市であり、大阪市の衛星都市の一つである。
江戸時代に、大坂~京都の間の京街道(大坂街道)には4宿があったが、守口宿はその一つである。
7月22日(土)~24日(月)に北河内と呼ばれるエリアを旅してきました。
北河内は、現在の大坂府北東部・・・淀川左岸にあたるエリアです。
二日目は枚方市内をあちこち巡り、禁野車塚古墳で観光を終了としました。
そして、三日目の24日(月)は守口市の神社を2社お参りして、この北河内の旅を終了としました。
まぁ、守口市の神社と言いましても、守口市駅の近くではなく、一駅先の土居駅の近くになります。
一つは、高瀬神社です。
土居駅から南へ200m程度のところにあります。
ここも『延喜式』式内社です。
以前にも書きましたが、『延喜式』は平安時代中期の律令の施行細則みたいなものであり、その神名帳は当時の神社リストみたいなものであり、そこに掲載されている神社は歴史があり それなりの格がある神社になります。
天正年間に織田氏と三好氏の戦いによって社殿は焼失しており、その後に再建されていますが、現在のものは江戸中期のものとの事です。
奈良時代の僧・行基とも関連があるようです。
行基はこの近くに高瀬大橋を架け、高瀬橋院(高瀬寺)を建立して橋の管理をしていたと言われてるそうです。
そして、高瀬寺は高瀬神社の宮寺であったとも考えられているそうです。
もう一つは守居神社。
土居駅から北へ200m程度のところにあります。
社伝によりますと、延喜年間の創建らしいです。
御祭神は淀川流域の守護神として当地に土居を築き社殿を構えてお祀りされたらしく、「土居」という地名はそこからきているようです。
この神社も居神社と称号されていたらしいです。
とりあえず、今回の北河内訪問で巡ったところは、これで全部です。
もう少し色々と回ってみたかったのですが、電車の乗り継ぎに時間を取られまして・・・
個人的な感想で言いますと、京阪本線の乗り継ぎがイマイチだったような気がします。