【ぬ】沼崎城(ぬまざきじょう);つくば 古きも新しきも知る旅⑩ | 公辞苑(ハムじえん)【第二版】

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特にテーマもなく、徒然なるままに書き綴ってます。

7月の海の日、そして8月の三連休・・・

近場なんですが、つくばを旅してきました。

8月三連休の三日目は、レンタサイクルを使用して、つくば にある城跡を見てきました。

 

 

 

小田城跡を見た後は、沼崎城というお城の跡地を見に行ってみました・・・

と言いましても、小田城跡のように整備されたところではありません。

碑や説明板があるわけでもなく、かつてそこにお城のあった遺構が何となく見てとれる・・・そういった程度のものです。

 

たまたまネットで目にしただけなんですけど・・・行ってみました。

 

 

 

沼崎城(後沼崎城)・・・

沼崎播磨守という人物が城主だったようです。

沼崎播磨守は、小田氏治の家臣で、小田氏の家臣の中では外家大名という位置づけだったようです。

小田氏治は、小田城でちょっと触れましたが、小田氏15代で最後の当主です。

 

沼崎城は地図でいきますと、下のエリアにあったようです。

 

行ってみましたが、目印になるものがなかったので、不安に駆られましたが・・・

コミュニティバスのバス停らしきところに「本北谷ヶ城」との表記があり、城の跡地であることを思わせる地名だったので、安心して散策をはじめました。

 

近くの森林を見ますと、堀跡らしき溝がありました。

(画像では分かりませんが・・・)

ネットで事前に調べたから分かりましたが・・・

城があったことを知らないと、スルーしてしまうでしょうね。

 

森林が切れたところに田んぼがありました。

ネットなどで調べると、この田んぼも堀の跡かもしれないとのことです。

土地には、以前の記憶(遺構)が残っており、それが活用されることが多いので、堀跡の可能性は高いような気がします。

 

もっと詳しく散策して見たかったですが・・・

この周辺は民家が少なく、不審者に思われるのも嫌なので、軽く見て後にしました。

 

 

 

調べたところに寄りますと、沼崎城以前に沼崎氏が館を構えた場所が遠くないところにあるというので、そちらにも向かってみました。

 

途中で、ものすごく古い鳥居と社がありました。

見てみると、鹿島神社でした。

鹿島神社は武甕槌神を祀る神社です。

武甕槌神は武の神様ですので、この地にいた沼崎氏が建てたのかもしれませんね。

 

 

 

前木館(前沼崎城)・・・

沼崎城以前に沼崎氏が構えていた館です。

この前木館を前沼崎城とも言い、沼崎城を後沼崎城とも言うようです。

 

前木館は、地図でいきますと下のエリアにあったそうです。

ちょうど、‘ 「 ’の字状になっている道の曲がり角に、三角状のエリアが見えると思いますが・・・

そこに小さな祠があり、その前面に堀らしき遺構があるそうです。

 

ただ、きちんと調べて行かなかったので・・・

おおよその館跡のエリアは把握していたのですが、きちんとした館跡の遺構は見つけることができませんでした。

 

そんなもので、前木館跡らしき場所を撮った画像がこちらです。

後で判明しましたが・・・

緑の敷地の向こう側に、木が藪程度に茂ったものが二つ見えると思います。

そのうちの左側が、祠や堀跡らしき遺構のある場所だったようです。

もうちょっと散策すれば、良かったですね・・・。

 

 

 

ここで、つくばの観光を終了し、つくば駅に戻り、東京に戻りました。

つくばの旅・・・最後に行った場所がここで、モヤモヤっとしたまま帰ることになりました。

・・・モヤモヤ。