静江が戻ってこない。
旦那の目をくらますために山奥の断食道場にこもって、そこを抜け出して落ち合う予定が、
もう2週間もたってしまった。携帯に電話しても全く通じない…やっぱり…旦那の所に帰ったのかな。
それならそれで仕方のないことだ。
もともと、ことの発端は静江がDVの旦那に殴られて可哀想だからいっしょに逃げようかということになっただけのことで恋愛感情は、欠片もなかった。
昔ひどい別れ方をして、悪かったなと心のどこかで思っていたところでボロボロの静江と再会して罪滅ぼしのような気持ちだった。
今の毎日を惜しいとも思わなかったし、DV旦那から逃げるつもりで、会社を辞めてアパートも解約して手元に残っているのは、わずかばかりの貯金と軽のキャンピングカーが一台。ボロボロの静江があんまり俺にしがみついてくるから、それが心地よくて、このまま二人で逃げるところまで一緒に逃げて、どこかほどほどの所で心中でもすればいいと思ってたのに、困ったな。
一人では死ぬ気にならないし、帰るところも、行くところもない。
断食道場を離れる気にもなれず、とりあえず近くの大型ショッピングモールに入りぶらぶらとフードコートに向かうことにした。
平日のショッピングモールのフードコートはがらんとしていた。給水機の水をコップに入れ4人がけのテーブルにつく。
広々としたフードコートの中に、てんてんと幼児を連れた母親と、30代くらいの女たち、80歳くらいの男が食事をしていた。
こんなところで一人で飯を食っている年寄りってのは、どういう生活してんだろうな。
やっぱり孤独なんだろうか。このままの生活を続けてたら俺もあんな風になったのかもしれないな。
考えると気持ちが、ずーんと暗くなる。
こんな気持ちになるのが嫌だから、静江と逃げたかったのかもしれないな。
と向かいの席に誰かの気配を感じた。
「お父さん」
驚いて顔をあげると、そこに座っていたのは元娘だった。
いや、娘に元はない。元妻の娘…?
元妻が連れて行った俺の娘だった。
「真由…ほんとに?どうして?」
「テスト休みで友達と買い物に来てた」
真由の視線の方向を見ると少し離れたテーブルに女子高生が5人座って
ペコリと会釈をしていた。
戸惑いつつ会釈を返し考える。
そうか、この街は妻の実家からそう遠くなかったな。
「お父さんに似てるなって思ってずっと見てたのに、全然こっち見ないから」つぶやく。妻と別れたのは7年前。真由はその時10歳だった。
「そうか。まさか真由に会えるなんて思わなくて気づかなかった。こんな大きい真由なんて想像もできなかった。元気か?」
「はは…だよね。元気元気。お父さんは?…」
真由の視線が俺のシワシワのTシャツからテーブルの上の紙コップへと移る。
「わたし、ランチしに来たんだけど、お父さんも何か食べる?お金あるよ」
「お金は、お父さんだってあるよ。こんなところ来たことないから何食べようか迷ってたんだよ」
「あはは。そっかごめん、お父さんすごい落ち込んでるみたいだったから、お金が全然ないのかと思った」
その時、5人組の女子高生が真由~と呼んだ。
「わたし、もう少しお父さんといる~」と手を振りながら真由が返すと、
女子高生たちは立ち上がり手を振りながらショッピングフロアの方に出て行った。
俺は内心慌てた。7年ぶりの娘と何を話していいかわからないし
こんな自分の状況を知られてはまずい。口をついて出たのは
「いいのか友達といかなくて」という言葉だった。
真由は、俺をまっすぐに見つめている。気まずさを感じるくらいの沈黙の後
「お父さんと、一緒にご飯を食べたいんだけど…だめかな」
視線を受け止めきれず、下を向く。
俺が悪い。俺は夫としても、父親としても失格だった。
こんな俺は、妻や娘に二度と会うことは許されない。
7年間、そう言い聞かせてきた。
「やっぱり…だよね」真由が泣きそうな声でつぶやく。
自業自得だから、もうあわせる顔がない。
俺とは別の世界のことだあきらめよう。
「いいよ。ごめんね。だめかなと思ったけど、もしかしたらと思って言ってみただけだから」
真由は慌てたように言い笑ってみせる。指先が震えている。
俺は…自業自得を言い訳にして娘を傷つけている。
別の世界とあきらめるふりをして、逃げている。
目の前にいる娘が震えるほど勇気を振り絞っている時に。
「何が食べたい?」
真由の驚く気配が伝わってくる。ぱーっと明るくなる気配が。
「こうゆうところはよくわからないんだ。真由のおすすめを食べよう。」
「パンケーキにする?すごく流行ってるんだよ!」
「じゃあそれにしよう」一万円札を渡すと真由は嬉しそうに立ち上がり、
カウンターに走っていった。
ずっと、傷つけたくないんだと言い訳して、傷つけてきたのかもしれない。
傷つきたくなかったのは俺だったんだな…
満面の笑みを浮かべて真由が運んできたのは
山のような生クリームをのせたパンケーキだった。
甘さに閉口しながらも、2人で食べるパンケーキは格別の味がした。
「この近くに住んでるの?また、いっしょにごはん食べたりできる?」
小さな声で、真由が聞く。
「もちろんだよ」俺は答える。
早急に、仕事と住むところを探さなくては。
「そうか、ごちそうさまでした。」
真由は満足げな声で、俺に向かって手を合わせた。
2人で立ち上がって歩きだすと右手に真由の左手がそっと繋がれた。
小さくて、柔らかくて緊張したその手を、ぎゅっと握りしめると
ぎゅっと握りしめ返してきた。
困ったな。嬉しくて涙が溢れてきてしまった。
こんなみっともないところを真由に見られるなんて困る。
真由の顔をそっとうかがうと、真由も泣いていた。
気配を感じて、顔をあげ目が合うと真由が笑った。
涙でくしゃくしゃになった顔をさらにくしゃくしゃにして真由が笑っていた。
この世界に初めて生まれてきた時と同じ顔で真由は笑っていた。
旦那の目をくらますために山奥の断食道場にこもって、そこを抜け出して落ち合う予定が、
もう2週間もたってしまった。携帯に電話しても全く通じない…やっぱり…旦那の所に帰ったのかな。
それならそれで仕方のないことだ。
もともと、ことの発端は静江がDVの旦那に殴られて可哀想だからいっしょに逃げようかということになっただけのことで恋愛感情は、欠片もなかった。
昔ひどい別れ方をして、悪かったなと心のどこかで思っていたところでボロボロの静江と再会して罪滅ぼしのような気持ちだった。
今の毎日を惜しいとも思わなかったし、DV旦那から逃げるつもりで、会社を辞めてアパートも解約して手元に残っているのは、わずかばかりの貯金と軽のキャンピングカーが一台。ボロボロの静江があんまり俺にしがみついてくるから、それが心地よくて、このまま二人で逃げるところまで一緒に逃げて、どこかほどほどの所で心中でもすればいいと思ってたのに、困ったな。
一人では死ぬ気にならないし、帰るところも、行くところもない。
断食道場を離れる気にもなれず、とりあえず近くの大型ショッピングモールに入りぶらぶらとフードコートに向かうことにした。
平日のショッピングモールのフードコートはがらんとしていた。給水機の水をコップに入れ4人がけのテーブルにつく。
広々としたフードコートの中に、てんてんと幼児を連れた母親と、30代くらいの女たち、80歳くらいの男が食事をしていた。
こんなところで一人で飯を食っている年寄りってのは、どういう生活してんだろうな。
やっぱり孤独なんだろうか。このままの生活を続けてたら俺もあんな風になったのかもしれないな。
考えると気持ちが、ずーんと暗くなる。
こんな気持ちになるのが嫌だから、静江と逃げたかったのかもしれないな。
と向かいの席に誰かの気配を感じた。
「お父さん」
驚いて顔をあげると、そこに座っていたのは元娘だった。
いや、娘に元はない。元妻の娘…?
元妻が連れて行った俺の娘だった。
「真由…ほんとに?どうして?」
「テスト休みで友達と買い物に来てた」
真由の視線の方向を見ると少し離れたテーブルに女子高生が5人座って
ペコリと会釈をしていた。
戸惑いつつ会釈を返し考える。
そうか、この街は妻の実家からそう遠くなかったな。
「お父さんに似てるなって思ってずっと見てたのに、全然こっち見ないから」つぶやく。妻と別れたのは7年前。真由はその時10歳だった。
「そうか。まさか真由に会えるなんて思わなくて気づかなかった。こんな大きい真由なんて想像もできなかった。元気か?」
「はは…だよね。元気元気。お父さんは?…」
真由の視線が俺のシワシワのTシャツからテーブルの上の紙コップへと移る。
「わたし、ランチしに来たんだけど、お父さんも何か食べる?お金あるよ」
「お金は、お父さんだってあるよ。こんなところ来たことないから何食べようか迷ってたんだよ」
「あはは。そっかごめん、お父さんすごい落ち込んでるみたいだったから、お金が全然ないのかと思った」
その時、5人組の女子高生が真由~と呼んだ。
「わたし、もう少しお父さんといる~」と手を振りながら真由が返すと、
女子高生たちは立ち上がり手を振りながらショッピングフロアの方に出て行った。
俺は内心慌てた。7年ぶりの娘と何を話していいかわからないし
こんな自分の状況を知られてはまずい。口をついて出たのは
「いいのか友達といかなくて」という言葉だった。
真由は、俺をまっすぐに見つめている。気まずさを感じるくらいの沈黙の後
「お父さんと、一緒にご飯を食べたいんだけど…だめかな」
視線を受け止めきれず、下を向く。
俺が悪い。俺は夫としても、父親としても失格だった。
こんな俺は、妻や娘に二度と会うことは許されない。
7年間、そう言い聞かせてきた。
「やっぱり…だよね」真由が泣きそうな声でつぶやく。
自業自得だから、もうあわせる顔がない。
俺とは別の世界のことだあきらめよう。
「いいよ。ごめんね。だめかなと思ったけど、もしかしたらと思って言ってみただけだから」
真由は慌てたように言い笑ってみせる。指先が震えている。
俺は…自業自得を言い訳にして娘を傷つけている。
別の世界とあきらめるふりをして、逃げている。
目の前にいる娘が震えるほど勇気を振り絞っている時に。
「何が食べたい?」
真由の驚く気配が伝わってくる。ぱーっと明るくなる気配が。
「こうゆうところはよくわからないんだ。真由のおすすめを食べよう。」
「パンケーキにする?すごく流行ってるんだよ!」
「じゃあそれにしよう」一万円札を渡すと真由は嬉しそうに立ち上がり、
カウンターに走っていった。
ずっと、傷つけたくないんだと言い訳して、傷つけてきたのかもしれない。
傷つきたくなかったのは俺だったんだな…
満面の笑みを浮かべて真由が運んできたのは
山のような生クリームをのせたパンケーキだった。
甘さに閉口しながらも、2人で食べるパンケーキは格別の味がした。
「この近くに住んでるの?また、いっしょにごはん食べたりできる?」
小さな声で、真由が聞く。
「もちろんだよ」俺は答える。
早急に、仕事と住むところを探さなくては。
「そうか、ごちそうさまでした。」
真由は満足げな声で、俺に向かって手を合わせた。
2人で立ち上がって歩きだすと右手に真由の左手がそっと繋がれた。
小さくて、柔らかくて緊張したその手を、ぎゅっと握りしめると
ぎゅっと握りしめ返してきた。
困ったな。嬉しくて涙が溢れてきてしまった。
こんなみっともないところを真由に見られるなんて困る。
真由の顔をそっとうかがうと、真由も泣いていた。
気配を感じて、顔をあげ目が合うと真由が笑った。
涙でくしゃくしゃになった顔をさらにくしゃくしゃにして真由が笑っていた。
この世界に初めて生まれてきた時と同じ顔で真由は笑っていた。