酒匂川を渡って 大井町は金子の日枝神社へ行ってみました。

(ここの字名は「河原(カワラ)」と言うそう。昔は今より川が近かった、のかな?)

道のすぐ脇に鳥居。

鳥居の扁額には「日枝神社」と記されています。

鳥居脇に手水舎。


↑水盤には三つ巴が彫られています!(小田原の山王さんと一緒だ~♪(←補足/山王社(山王権現)・日枝社は、いずれも日吉大社を本社とする神社でございます))
↓横に建つのは神楽殿でしょうか?


↑土俵が作られています。きっとお祭りの日には子供相撲が奉納されるのでしょう。
↓境内東には「河原自治会館」。

↓社殿へ向かいます。


↓狛犬達。


↑台の文字で 奉納者は東京浅草田町の中根春吉さん、奉納時期は昭和11年10月 とわかります。(町を離れた方が故郷のために奉納された~ とかでしょうかね?)
↓ご挨拶しましょう。

(賽銭箱にも三つ巴!)

因みにこちらの祭神は県の神社庁の「足柄上郡大井町 日枝社(ひえしゃ)」の頁によると⇒*
大山咋命(オオヤマクイノミコト/日枝・山王の総本社-日吉大社の東本宮の神)の他_
誉田別命←八幡神の一柱
伊弉那岐命←皇室の祖神
宇迦之魂命←稲荷神
弟橘媛命←相模の国辺りの海で亡くなったとされる日本武尊の妻
水波能売命←水の女神
少名彦命←医薬の神
須佐之男命≒牛頭天王
中筒男命←海神/住吉三神の一柱
~と 色々なんです。もしかして明治の「一村一社」制度で近隣の神様が合祀されたのかな?
(詳しい事を知りたく思いましたが 境内には由緒書の類が見つけられませんでした_)
社殿を回らせてもらいます。

拝殿と幣殿(ヘイデン)は繋がっていますが_

↓本殿(神殿)は 半独立形 ですね?


↓本殿真後ろの_ その後ろにー



↑小さな石の祠がありました。/どちらの神様が祀られているのかな?(地主神さんが多い~ などとも聞きますが)
境内北西には 石灯籠だった物 かな?役目を終えた成形された石が数個 置かれていました。

↓社殿西には ブランコ。

~ こんなのが「金子の日枝神社」なのでした。

<おまけ-1>
日枝神社の南に「伊谷先生頌徳碑(大正十一年五月)」と刻まれた石碑がありました。

上の篆書体が美しいな と思って撮ったのですがー、帰って下の文を読んだら 揮毫者が清浦奎吾(第23代内閣総理大臣)でした。

「枢密院議長 従二位 清浦奎吾 篆額」とあるので 題字部分の揮毫が清浦さん、なんですね?(清浦さんが内閣総理大臣になるのは大正13年。この石碑が立てられた大正11年時点では清浦さんは枢密院議長だったんですねー。)
顕彰されている「伊谷先生」は_
伊谷政行(号は晩翠)という方で、
この方は 小田原藩士近藤甘谷さんの二男で明治元年に伊谷家に入られ~
長年にわたってこの地域(厚木・川村(現-山北)・金田・曽我・松田等)の町村立小学校その他で 人徳ある教育者として活躍された。
そして その薫陶を受けた者らが先生の徳を偲んでこの石碑を立てた。
_という事がわかりました。
(+撰併書(センペイショ)は小野金太郎さん_)
<おまけ-2>
伊谷先生頌徳碑の道をはさんだ向かいには


「道祖神」と彫られた石が立っていました。

↑右の石は割れて 元何と彫られていたのかわかりませんが 台の感じから 何らかの「石造物」だったように思われます。/ 形が変わっても 変わらず道脇にあって「塞の神」として働いて下さっているのかと思うと ありがたや と思わずにはいられませんね?
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__この後は少し道を南へ下ったところにある 同じ日枝・日吉系の「新宿山王社」を訪ねました。(因みに"新宿"は小字名、だそうです)

(↑日枝神社と新宿山王社の位置関係は こんな感じー。直線距離で1キロ弱、ですかね?)
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到着_。

(↑ストリートビューから貰った絵。)
_さて 新宿山王社は 境内地の真ん中の祠、でした。



↑小さな石の祠ですが、紙垂がつけられ 中にはお札の様なものが納められていました。
又 祠の裏手になる境内の西端には お祭りで使うらしい 幟立て、竿等が置かれー


↓祠の北には神楽殿(?)もありました。

どこかに(小田原の山王社や、さっき寄った河原の日枝神社のような)「三つ巴紋が見つけられるかな?」という期待も持っていたのですが・・・ 残念ながら見つけられませんでした。
_「由緒書」の類もありませんでした。。。
(県の神社庁のHPにもこちらの頁はなく、祭神も確かめられませんでしたが、河原の日枝神社と同じ系列~だとすると 祀られているのは多分 大山咋命じゃないでしょうかね?)
<+>
家に帰ってからググっていたら~
YouTubeに「令和6年 神奈川県大井町金子 日枝神社例大祭 神輿宮入 (UP主 神輿まいてぃ さん)」という動画が上がっているのに気づきました。↓
この動画によると 「新宿」の法被の人も日枝神社の祭礼に参加していらっしゃいますね? そして_
日枝神社を出た「三つ巴紋」を持つ御神輿が 新宿山王社で降ろされています。_つまり新宿山王社は日枝神社の御神輿の「御旅所」になってるという事かしら?
(神輿を担ぎながらの掛け声、何と言ってるんでしょう? ヤイットーサッセー? みたく聞こえますけど_ とてもユニーク!)
不思議な掛け声と一緒に 神域を三つ巴紋が廻る~。/ 比叡山(←天台宗総本山)の麓_日吉からの山王権現信仰が時間をかけてここに伝わり 時間をかけてこのスタイルになったのだ~ と思うとちょっぴりムネアツです。
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<おまけ-1>
新宿山王社の裏手に 沢山の石造物が並んでいました。

↓月待板碑や供養塔 庚申塔 馬頭観音 道祖神・・・


_元々はそれぞれが求められる場所にあったのでしょうが・・・ 道の拡張等々でだんだんに集められてしまった?
せめては_ のどけく日向ボコなどなさりながら みなさん互いに長い昔語りをしておられる~ とでも思いましょうか?

<おまけ-2>
大井町のマンホールの蓋。

↑描かれているのはメジロとキンモクセイ、だそう。
そうそう、以前このデザインのカードを貰いに役所へ行ったりしたっけねー⇒*
_おしまい。