兜町の東京証券取引所を見学しに行きました。

↑って えー? ここどこ?
↓思ってた場所と全然違うんですけどー?

テレビなどでよく見る 中州の先端~ みたいな正面入り口から見て、

(↑ここ、ね?)
東京証券取引所の見学者入口はその「真裏」に当たる場所、なのでした。(余談ながら 大阪取引所⇒* は普通に正面玄関から中に入れました・・・)



↓見学者用入口前いこんな案内板が出ていて 面喰うー。

↑「兜神社御守につきましては、現在頒布を休止しております。頒布再開の際は、SNS等でおしらせいたします。何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。/東京証券取引所 見学担当」
むーん、、、(兜神社の御守を 東京証券取引所で頒布していた~ という事がまず面白い / 尚、この神社境内にある巨石「兜岩」が兜町の名の由来になっている~ と言います。へー。)
受付をして館内へ。(ガードの人がいたので入口付近 撮影自粛)
↓フォトスポット「上場の鐘」

↑よくできていますが 実は「平面」です!
↓JPXのマスコットきゃら「とうし」くん。。。

↓見学コース。

↓順路に従い まずは2Fへ。

でこの エスカレーターで上がった先にー
「10/3- スタンプ帳2頁目~」に載せた 見学記念のスタンプ台が置かれていたんですねー。


↑多色刷り用のコーナー。



(↑こんな感じで色を重ねていきますー)
↓その先のホワイエの壁には 旧建屋から移されたという「工業」「商業」「農業」の象徴を模ったメダイヨンが掛けられていました。

↓工業。

↓商業。(デザインされているのは 商人の守護神-ヘルメスの持つ 「二匹の蛇が巻き付いた杖_ケリュケイオン」。)

↓農業。

その先に「株式投資体験コーナー」というガラス張りの個室(?) がありました。

中では見学者たちが 一人一台の端末を使って「架空の証券市場での投資体験」をしていました。(受講者の年齢が同じ位でしたから 研修だったかも)

その奥は休憩所(?)になっていました。

↓壁側のケースには 大発会大納会の説明パネル。


ケース内には他に 森保監督の写真とサイン、選手のサイン入りボールとユニフォームも飾られていました。(JFA自体は公益財団法人ですが 多くのスポンサー企業によって支えられていますから「お礼」の意味で寄贈されたのでしょうね?)

窓から 1Fのマーケットセンターが見えました。(ニュースでよく目にしますよね?)

↓近寄ってみます。(東証Arrowsは 東京証券取引所内にある情報提供スペース)



↑因みに上の 「くるくるまわるやつ」は 「チッカー(ticker カチカチいう物、の意味)」っていうのですって。/ じっと見てると 速くなったり 遅くなったりしていましたが このスピードは「株の売買取引の活発さに応じて変わる~」そうな。/ へー。

↑昔のトレーディングフロア(立会場)と違い 今日では基本「無人」だそうです。でも よっく画面を見たら 数人 おいで だった。(監視や管理の業務をする人 らしいー)
↓マーケットセンターの反対側(見学フロアのすぐ下) にパネル板がありました。

↑売買高 TOPIX 日経平均株価~ の下に 「大型株100銘柄のリアルタイム株価」。/ さっぱり読み方がわからない私は 「えー?赤字の企業が多い?」などと言ってしまうのでしたー。(すみません、赤字が+ 緑字が-、ですね・・・。//ですがですが、外国では逆で 赤字を- 緑字を+ に表記するらしいので 注意が必要~ とAIが教えてくれました。。。)
↓パネルの隣に鐘が置かれていました。(1階のものは平面の写真でしたが、ここの物は本物の鐘でしたー)

エスカレーターで再び2階へ。

この後はマーケットセンターを一周するように作られた回廊を歩きました。

↓壁側に「東京証券取引所の歩み」と題された写真やパネル~。

↑へー ここもGHQに接収されてたんだー。(入口上にCOMMANDER NAVAL FORCES FAR EASTの文字)
↓証券取引所が再開されたのは1949年かあー。

↓1966年になって「国債」の発行が再開~・・・

↓途中 自販機の置かれたリフレッシュコーナーも設けられていました。

↓目の高さでチッカーを見る。回る速さも変わって面白いので動画で撮りたいところだけど 「動画撮影禁止」なのです。(なぜでしょう?)





↑これで 一周した事に。


一階に戻り「証券史料ホール」へ。


↓証券取引場の歴代の建屋。

↓昭和6年竣工の「東京証券ビル本館」。

↑私達には今もまだ この円形のタワーを正面入り口に持つ建屋の方が「しっくり」きますね?
↓模型。(ゲームの格闘場みたい?)

↑因みに柱の上の銅像は「交通・通信」「商業」「工業」「農業」をそれぞれ擬人化したもの。四体あるので「四体像」と呼ばれるようです。
↓尚、建屋には計8体が据えられていたようですね?



↓元の像は彫刻家の斉藤素巌によって作られたコンクリート製のもので、 現在はそのブロンズ製レプリカがエントランスホールに飾られていました。

↑農業 ↓商業。


↑工業 ↓交通・通信業。

「兜町のなりたち」のコーナーも面白かった。(知らなかった事が一杯で)




↑兜町の町名の由来になった「兜岩」。(兜については_ 前九年の際 源義家がこの岩に兜を掛けて戦勝祈願をした 或いは 凱旋のさいここに兜を埋めた などなど 複数の言い伝えが。/ ちょっと余談になりますが 岩より少し南東の「鎧の渡し跡」にも 源義家がここで龍神の怒りを鎮めるため~鎧を沈めた という伝承があります。何か、があった。んですかね?)/ 岩がある場所は 元は牧野家(丹後田辺藩)の上屋敷の庭、だったそうですが、今は兜神社境内となっています。

↑兜町にあったというイタリアーンな渋沢邸。(現日証館所在地)/ かつてはその庭に縁起物として置かれていたという「赤石」が 今は「KABUTO ONE」に移されている~ というので この後 見に行ってみましたー。


↑話がバラバラするので ここに貼っちゃいますね^^;)
(余談ながら 地図に載る「兜石」と「渋沢邸跡」のポイント、逆だと思うんだけどー?)
その他にも 色々展示されていました~。



↑へー 戦時中の筆記は「Gペン+墨」でだったんだ。(漫画家みたい)/ Gペンの先も 戦時中は「鉄製品」として「大切」な物だったそう。あ、「証券用インク」が考案される以前、墨は(インクの様に薬品で消せないので) 長く「信頼できる筆記用具」であったらしい。
↓証券界では1953年からコンピューターを使っていたんですって!

へー。
↓「日本の証券会社の系譜図」

↑一番歴史が長いのは みずほ だったんだねー。(日本で一番古い銀行「第一国立銀行」(←渋沢栄一が設立)が今の「みずほ銀行」ですしね_)

絵図も面白かった。



↑証券の立会場も 土足厳禁 だったんだ。
勉強になりました。。。
この後は「金融~」の香り漂う? 兜町でちょっと お茶 しました。

(↑地図は右上が北)
つづく_