季去来亭で平日限定のカレー + 板橋超ミニ散策 | (又)おだわらぐらし はじめました

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 背広を脱いだ夫と 結婚以来ずっと専業主婦の私との
「新しい日常」を綴って参ります

又~
季去来亭におじゃましました。

↓お店はバス停「城山四丁目」のすぐ近く。/ 前回は板橋散策のお客様の 昼食処に使わせて頂きました。

(あ、今回私達は 歩いて来てますー)


その前回、 平日限定の「土鍋チキンカレー」の小鉢・八寸に お造りや揚げ物をプラスしてもらって 客様に大好評でー(亭主のカブも チョっと上がった?)
「あの時のようなノ、又お願いできますか?」と尋ねたら 大丈夫ですとの事だったのでー
今回は 二人、で
御馳走ランチを頂きましたよ。


まずはお酒から。

私は梅酒のソーダ割、亭主は「南部美人」。


先にアテになるあれこれ きました。

↓お造りは、甘えび 鰤の炙ったの。


↑八寸は、左から_ チョコにもずく 藁ぶき屋根の家形の器には菜の花の白和え。鱒の大根巻(なます)、白餡入りの小甘味、鮎の甘露煮、タラの芽の天ぷら、金柑の甘露煮、松風焼(←クルミ入り)、あさりのかき揚げ。

土鍋で焚いたご飯、カレーと焼き野菜、味変用卵黄、きました。


食べるのに気をとられ カレーをよそった絵 無し^^;)
↓あ 赤だしもついてたのでしたー。

↓デザートも頂いて~・・・

(↑ココナツ風味のブラマンジェ。上のクランブル風のトッピングは なんと揚げた湯葉 との事。へー。/ ほうじ茶と一緒に。)

「御馳走様でした。」「おいしゅうございました。」

(窓から見える キラキラの海 / 斜張橋の下は小田原漁港です。)


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<ちょっとおまけ>
帰りはスーパー「小田百(オダヒャク=小田貨店)」に寄りました。

携帯のMAPによると 季去来亭さんの脇の坂を どんどん降りれば小田百に出そうー。


(↑白い板壁の所は 季去来亭のテラス席)

戦前、この斜面地のかなりの部分は 茶人として有名な益田鈍翁(マスダドンノウ)さんの別荘地「掃雲台」(←敷地3万坪(約9.9ha)) で、そこには 邸宅の他 いくつもの茶室 そして梅林 蜜柑畑 更に蜜柑の缶詰工場 鶏舎などがあった~そうです。


が 今は何も残っていません。隣接する山縣有朋や松永耳庵 大倉喜八郎の別邸は残っているのに なぜ益田鈍翁の土地建屋だけが? / 聞く所によると 益田家は戦後、「農業」をなさっていた「地主」 とみなされ「農地改革」で土地を失う事になった~ そうです。(えええー?)// 鈍翁さんの物が残っていれば 小田原の宝 だったでしょうに。残念です。

たらたら坂を下りてー

途中 現れる石段の小径に入ります。


携帯のMAPを見ると ここを通る方が (車道を歩くより) 近そうでしたので。

(歩いてからそうと知りましたが これは墓地脇を通る道でしたー。)


↑あ、上で別れた車道に出た、のかな? と思いましたがー
↓これは南から霊寿院に上がる坂道、でした。



↓霊寿院の駐車場脇からは梅の木越に 御塔生福寺(オトウショウフクジ)の屋根が見えました。


そしてすぐ下にはなんと 「三淵邸-甘柑荘(カンカンソウ)」が!


(↑裏手から見ると とても個性的な形の屋根ですね?)
(↓これは甘柑荘を西の坂から見たところ_)


(↑御馴染み、甘柑荘の門。)
やー 「知ってるつもり」になっていた甘柑荘を 裏から横から眺められ 「更に もう 一つ 詳しくなれたかな?」って気分に^^)

↓小田百の駐車場から 歩いてきた斜面地(掃雲台跡があったあたり~) を振り返ったところ。

一目で見渡せるようで まだまだ歩いていない道が沢山あるなあー。(訪ねていないお寺も一杯ー)

なかなか広いね、板橋エリア。でした。