徳記でお昼を頂いた後は_
すぐ北に建つ関帝廟(カンテイビョウ)へ行ってみました。
(↑ちょっと門が半分影になる時間でしたがー)
屋根には異国的な装飾が一杯~。
お燈明 一本100円。
黄色い紙のお金を買って炉にくべ 神様へ捧げる皆さん。
太くて長いお線香を上げに 堂内へ進む皆さんもおいででした。
(↑堂内へのお参りは一方通行になっていました。)
さて、関帝廟の東に 隣の中華学院の新築工事の際に発見された遺構の展示スペースが設けられた~ というので 行ってみます。
あ、これ ですね?
↑1871年に建てられた「初代関帝廟」の石畳や壁の一部など_。(因みに、初代~ 以前、1862年に 関羽を祀る木造の祠が建てられていた、そうですが どうやらそれは「廟」には数えないもよう・・・)
↓説明板。
(↑扁額の「同善堂」は 堂号であるとともに 架橋の自治組織の名称でもある、そうです。)
↓中華街のサイトから_
中華街小故事⇒ https://www.chinatown.or.jp/feature/history/past_present_01/
↑横浜の開港と同時に誕生した中華街。/ 今やすっかり「横浜の なくてはならない 大切な一エリア」。なのに存外知らない事が沢山~。 色々「へ~っ」でした。