
ここは「坂東十九番札所」の観音霊場ですが 守られている千手観音様は 大谷石の岩肌に直接彫られた 日本で一番古い摩崖仏 だそうです。


仁王さん達の守る「普門閣」という額の掛かった門を潜って中へー。



(↑鐘の上に御詠歌 「名を聞くも めぐみ大谷の 観世音 導き給え 知るも知らぬも」)

受付で拝観料を納め 境内へ。
↓リーフレット


(↑建屋内は撮影禁止でしたが リーフレットには摩崖仏のお姿がちゃんと。)


屋根の鬼板に鬼の面!


↑ん~「ワイルドだろー?」!
↓唐破風を見上げたところ_。




↑んー?これは?(御詠歌だとわかるまで時間がかかりました^^;/明治時代は万葉仮名が流行ったんですね?)
建屋の周りはこんな感じ。



(今はお堂の中にある摩崖仏達も 元々はこんな感じで 向きだしの岩肌におわしたんでしょうか?)
堂内へ。


(絵はここまで)
説明板によると_
「特別史跡 重要文化財 「大谷摩崖仏」
大谷寺本尊千手観音(平安時代 初期)
大谷寺本尊千手観音は、一般に古くから大谷観音と称され、坂東十九番の霊場として尊崇されてきた。
尊体は石心塑像(セキシンソゾウ)で、奈良朝の頃まで数多く作られた木心塑像と同系統のものであり 今日下野国に残された天平系最後の唯一の遺品として極めて重要である。」
尚 石心塑像というのは~
大谷寺千手の場合 大谷石で仏像の概容を作り、その上に朱 塑土 漆を そして最後に金箔をおしたものだったそうです。江戸時代の火災で 現在は「石心」のみに戻っているわけですがー
逆に制作当初の姿が見られる、のも ありがたい事です。
又 本尊の横の摩崖仏の中には うっすら石の上に塑土の残るものが見られ 「確かに元々は彩色が施されていた仏様達なのだわ」とわかりました。
本尊参拝の後は_
鐘撞堂横を通り~

宝物館へ。

更にお庭へ。



池の向こうに建つ赤いお堂には弁天さん。お堂を挟んで 白蛇が二匹いました。



その奥には 御止山への上り口がありました。


_お訪ねしたのは ここまで。
ありがとうございました。

退出したら 門のところにいらしたお寺の方が 「どうぞ平和観音の方へもおいで下さい。」と声を掛けてくれました。
すぐそこ、だそうです。
行ってみましょう。


↑平和観音の方へ向かう途中に 大谷寺の正門。 元々はこちらからお寺へ伺うようになってたんですね? (大谷街道が出来るより先に こちらのお寺があった、って事でしょうか?)
道なりに進むと_
右手に ぽん と開いた切通しがありました。
あ、平和観音へはここを通っていくみたいー

つづく