帆船日本丸-船内 | (又)おだわらぐらし はじめました

(又)おだわらぐらし はじめました

 背広を脱いだ夫と 結婚以来ずっと専業主婦の私との
「新しい日常」を綴って参ります

帆船日本丸、見学中
船内MAPはこちら⇒

では 甲板から船内へ下りるところから_

船内も 見学ルートは定められていて「一方通行」になっていました。




第二甲板の「実習生居住区」に着きました。
(↓下の図の 一番下、が第二甲板。1~12号室が実習生室です。)


日本丸は 定員138名、の船ですが、 練習船時代は196名が乗っていたといいます。

(↑↓実習生室。)

↑今見えている一部屋の収容人数は8人ですが 昔はもっと沢山居住していたのかな?(例えば寝棚が三段だったとか) それとも実習生用の部屋数が多かったのかな?
↓舷窓蓋は上に跳ね上げられていました。(蔀戸みたいですね?)


船尾側に移ります。

ここは「操機長室」。


操機長室の 廊下を挟んだ向かいは「機関室」でした。(廊下の窓から 一段下のエンジン(ディーゼル)を見る事ができました。/しかし エンジンが動いてる時ったら かなり大きな音がしていたはず。責任者だからって エンジンルームの向かいに部屋がある って なんだかお気の毒・・・でした。)


機関室の後ろは「ジャイロ・ルーム」。

↑後ろの説明板に 「ジャイロコンパスの本体が置いてあります。ここから方位が電気信号となって船橋、船長寝室等のレピーターコンパスに送られます。また直流発電機からの電源を交流に変えるため、電動発電機が三基あります。」と書かれていました。 つまりこのコンパスカード(←レコード盤に似た部分)を頭に載せたむき出しの機械~と見える物が この船のマスター・コンパス なんですね?

その先に「調理員室」。

「看護長室」

(↑右手前にサブスカッツルの説明板があるのですが、それ自体がサブスカッツルを隠している~ ダメジャン なので サブスカッツルについては 「通信長室」のところでー)))
「病室」

(↑ベッドのサイズが今の標準より小さいような・・・)
「診察室」

(↑手術台もありました・・・/盲腸の手術も行われた~ そうです_)

ここは「機関部員食堂」。


↑テーブルクロスをがっちり挟んでいる木枠は 食器がテーブルから落ちないようにする「堤(?)」でもあるそうです。シンク上の食器棚も 皿類が手前に落ちないよう 出っ張り がつけられています。

階段で「上甲板」、に上がります。





階段を上がってすぐ見えるのは調理室。



ここは「第一教室」という 船内で一番広い空間。


↑テーブルつき長椅子がキューキューに並んでいましたが 実際はもっと間隔をあけて使ってたんでしょう、よね?
ピアノもありました。



廊下を船尾側へ。


手前から_
↓船長公室、


↓船長私室、

↓船長浴室。(へーっすごいな)


続いて、
一等航海士室。

↓通信長室。


(↑窓の横に置かれた三角コーンを縦半分に切った~ みたいな物は、”サブスカッツル(subscuttle)”という 「舷窓に差し込んで風を室内に取り込む道具」、だそう。)

↓廊下には本棚が並んでいました。

廊下の突き当りに「士官サロン」。

木枠つきのテーブルが並んでいます。

奥の天井が明るい_。

(↑左のドアの先は 三級航海士室、でした。/あれ?二等航海士室は見落とした?)
天窓からの明かりが ステンドグラス越しに~。


(↑ステンドグラスに描かれているのは「日本丸」)
思いのほかに優雅な空間。

(↑船首方向を見たところ。右のドアから入ってきた、んですねー)

事務長事務室。


床にライトが?

と思ったらこれはブルズアイという装置で 厚いガラスで自然光を通させ フットライトの役をさせている~ のだそう。

その先に吹き抜け。(というかエレベーター)


階段を上がります。




無線室がありました。




(見て来た中で一番近代的な部屋でした)

こちらは海図室。


これで 船内巡りは おしまい、です。

船尾楼甲板に出たところ_。

(↑手前から ミズンマスト 煙突 メインマスト フォアマスト、と並んでいます。)

でこの後 船尾を回って下船した、のでございます。(前の項に綴りましたとおり_)


次の項には となりの「横浜みなと博物館」を見学した折の絵を貼りましょう_。