
要石への案内は すぐ現れました。


(↑石橋の下_砂で埋まってますが 元は水が流れていた、のかな?)



↑だんだん 寂しい感じになってきました・・・。
↓あ、ここだ。



(↑手前の説明板には「念(オモ)いかなうかなめいし「石」は「意思」に通じます」という文。)
玉垣の中を覗くとー
↓石、が。

↓説明板。

「要石
香取、鹿島の大神、往古この地方尚ただよえる国であり 地震が多く地中に住みつく大鯰魚(オオナマズ)を抑える為 地中深く石棒をさし込みその頭尾をさし通した。香取は凸形、鹿島は凹形である。
伊能穎則(ヒデノリ)
あづま路は香取鹿島の二柱 うごきなき世をなほまもるらし」
そうだったのかー!この石は 地中の大ナマズを刺していたのかー! しかも香取と鹿島の神様が協力して。(面白いなあ 古代の人の考え。)
さて、要石の向かいには押手(オシデ)神社という末社がありました。

横の説明板によると御祭神は「宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)」。つまりオイナリサンで、実際祠の台には小さな狐さんが並んでいました。(下に置かれているのも石の狐さんのよう。)
しかし 何故 お稲荷さん ではなく 押手神社、なのかしら? と ググっていたら、
香取神社には もう一つ「おしでじんじゃ」があるとわかりました。
境内案内図でいうと右の方。弓道場の左、神徳館(旧大宮司邸)の上。その もう一つのおしでじんじゃは 漢字では「璽」神社。(ネットで 印鑑に関係ある社なのでは という話も拾いました)
二つの「おしで(押手・璽)」が 関係あるのか ないのか なぜ要石の横の押手はお稲荷さんなのか 何も わからずじまいですが おもしろーい^^)
要石から 表参道側に少し下った所には「香取護国神社」がありました。



旧香取郡の戦没者を祀っているとの事でした。
旧参道に戻り、

奥宮を目指します。




・・・と、これは?


剣聖飯篠長威斎(イイザサチョウイサイ)之墓、だそう。(室町時代将軍足利義政に仕え 郷里に帰ってからは道場を開き、天真正伝香取神道流という剣の流儀を教えた~ 方のようです。)
さて その先_

こちらが経津主大神(フツヌシノオオカミ)の荒魂(アラミタマ)を祀る奥宮。

説明板。

「香取神宮 奥宮
御祭神の荒魂は、勇武果敢に 円満調和なる和魂(ニギミタマ)の支柱(ささえ)となっている。また荒ぶる魂は邪気を祓い霊妙な神気のもと破邪顕正の働きも活発に開運厄除心願成就の御加護を得られます。」
_行ってみましょう・・・




↑静かにお鎮まりでした。
退出してー

奥宮横の坂を下ってしまいましたが、 失敗でした。


この道は 来る時通った 土産物屋の並ぶ通りに出るのでした。

引き返して 「昔の参拝者」が歩いた 旧参道を歩くべきだったなあー。
_ともかく こんなのが 私達の三社巡りの出だし、だったのでした。/つづく