香取(カトリ)神宮-本殿 | (又)おだわらぐらし はじめました

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 背広を脱いだ夫と 結婚以来ずっと専業主婦の私との
「新しい日常」を綴って参ります

随分間があいてしまいましたがー
去年、東国三社巡りをした折の話を ゆるゆる綴って参ろうと思います。

まずは千葉県香取市にある下総国一宮(シモウサノクニノイチノミヤ)香取神宮、から_。

駐車場に車を置き、ウェルカムゲイトを潜って参道を進みます。

土産物屋の並ぶエリアを抜けると からり と開けた場所に。


↑その先に 社号標を脇に持つ丹塗りの大鳥居。

そこから「表参道」が始まっていました。

MAP

ゆるやかにうねる道・・・。





参道を歩くだけで おごそか な気持ちになります。(が 実はこの参道は後付け、で 駐車場から尾根道を上がるのが 元々の参道だった、そう。)

石の鳥居がありました。

(MAPによると 車のお祓いはここ、で。みたい。)

鳥居の扁額。


石段の上に 唐破風を持つ拝殿・・・?かと思ったら




↑「総門」でした。。。

右手前に「勅使門」。



(↑思わず見入ってしまう ぽたり としたあたたかみのある屋根)

↑入口上に「神徳館」と記された額。
↓横に説明板。

↑「抄/ 天明元年(1781)に香取神宮大宮司邸の表門として建てられたもの。勅使を迎える斎館の役割も担っていた大宮司邸は 昭和二十一年(1946)頃火災で焼失し この門だけが残った。 令和四年(2022)この門は 香取神宮の大宮司家の格式を示す社家建築の遺例として 県指定の有形文化財の指定を受けた。神宮境内に唯一遺る茅葺屋根の建造物として保存されている。」

総門を抜けるとー、

正面に手水舎がありました。

(↑私達は「表参道」から入ってます。右へ上ると社殿。左へ下ると「旧参道」を通って駐車場に出る、のです。)
手を清めます。



(↑滴る式)

手水舎横に由緒書。

「香取神宮の御由緒
 御祭神 経津主大神(フツヌシノオオカミ)
大神は天照大神の御神勅を奉じて國家建設の基を開かれ國土開拓の大業を果された建國の大功神であります。故に昔から國民の崇敬非常に篤く、國家鎭護、國運開發の神、民業指導の神、武徳の祖神として廣く仰がれて居ります。
御創祀は神武天皇十八年と傳へられ現在の御社殿は元禄十三年の御造營にもとづくものです。
明治以降は官幣大社に列せられ毎年四月十四日の例大祭には宮中より御使が参向される勅祭の神社であります。」

総門の近くにあった説明板ですが 流れ的に ここに貼ります。

↑詳しくは本文をお読み頂きたいと思いますが、 『古事記』と『日本書紀』では (香取の)経津主大神と (鹿島の)武甕槌神(タケミカヅチノカミ)の関係が大きく違っている、事が書かれていました。/ 香取神宮的には 「(古事記には経津主大神が登場しないが) 日本書紀では 出雲の國譲りの段の 高天原からの主なる遣いは経津主大神であり、武甕槌神は副官的に ついてきた」という事を 忘れないで頂きたい、という事でしょうか。

道を進むと南面して建つ楼門がありました。


扁額の揮毫は東郷平八郎。



↑吊灯籠には菊と三つ巴。幕には菊と五七の桐。
(ネットによると 神紋は「五七の桐」、だそうです。)

そこから 微妙な角度で 本殿への石畳がついていました。


拝殿へ向かいます。

(↑社殿は南向きに建てられています。)
元禄十三年(1700)幕府によって造営されたという社。黒く塗られた柱が 厳かで力強い感じ。

↑殿内には御祈祷の方が一杯。神主さんが祝詞を奏上する声が聞こえます。


一般参詣者の私どもは しずかー にお参りいたしましょう_。







立派な神社です。

境内を一回り_

こちらは神饌殿。

(↑左右非対称です。)
手前に御神砂。

(↑清めの砂。紙の隅に「ご自由にお取り下さい」と書かれてました。)
その奥の錨は・・・。


(↑平成十年に除籍の記念として奉献されたもの、との事。)

その先に 三本杉。


↑「後冷泉天皇御宇(ギョウ) 源頼義公(←新羅三郎らのお父さんですね)が参拝し「天下泰平社頭繁栄子孫長久の三つの願い成就せばこの杉自ら三岐に別れん」と祈願したところ一株の杉が三岐に別れた 以来これを三本杉と云う」だそうです。
(↓真ん中の木は朽ちて空洞になってましたー)


その先に摂社-匝瑳(ソウサ)神社。

(↑御祭神は香取大神の親神 磐筒男神 と 磐筒女神)

大和心 と記された石がありました。

これは平成二十六年(2014)、第十二回式年祭記念に「香取神宮奉賛会長 安倍晋三様より戴きました題辞であります」との事でした。


神殿部の後ろを回り中ー。






おや、校倉造の建屋が・・・。神庫でしょうか。



市の有形文化財、だそうですよ。

授与所前を通ります。

ここは本殿の昇殿参拝者用入口のようですね。


社務所前に丹塗りの華やかな社殿があります。あれは?

近寄ってみますと_


「祈祷殿」との事です。が、境内MAPには「神楽殿」と載っています。ん?

↓横に立つ説明板(棒?)によるとー

↑「香取神宮旧拝殿
元禄十三年(1700)本殿や楼門(いずれも重文)などと一緒に造営された。桁行五間、梁行三間・入母屋造、向拝一間、銅板葺き。昭和十三年(1938)現拝殿の新営に際し移築された。修理に関わる四枚の棟札が附(ツケタリ)指定となっている。」ですって。  現・祈祷殿-(神社HPでは神楽殿) で 旧・拝殿 なんですね。 (しかしそうか、香取神宮は元々は黒塗りじゃなかった、んだ。昭和の好みとして黒になった、という事かしら?)

さて その横に「宝物館」があったのですがー


時間がオシテましたので 旧参道の方へ参りました。

(陽がかげりかけております。急いで要石 奥宮を見ましょう!)

つづく