近松公園+近松記念館 | (又)おだわらぐらし はじめました

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 背広を脱いだ夫と 結婚以来ずっと専業主婦の私との
「新しい日常」を綴って参ります

「天理スタ」尼崎店で スタミナラーメン(小) を食べた後はー
お店の北の道を西へ進み 

「近松公園」へ。

公園内には桜の木が沢山植えられていました。 花の頃はさぞや~。

園内の道を南へ行くと・・・ 

四阿がありました。

(↑ボケの垣)

四阿周辺には水仙がー。

四阿の先は池。

水の中にアオサギが立ってた。


公園南にはスクっとした丈高い落葉樹が植えられてましたが・・・ 何の木だろうなあ?(後日公園を再訪し 木につけられたプレートを観ました。「落羽松(ラクウショウ)」という木でした。)


南の出口の近くに 近松門左衛門の銅像がありました。

像の西には 近松記念館。

入ってみよう。と思ったのですが、こちらは団体用入口とか。個人の場合は・・・

一度公園を南へ抜けて~

「通用口」から入館するように、との事。

↓この戸口ですね?


入館料を納めると 館内から「団体用入口」へ案内されました~。/ここから見学 スタート。

↓あ、そうそう、 これを知りたくて来たのよ。「なぜ尼崎と近松なの?」

なるほどー。
近松さんは生前(大阪に住んでいた頃に) 記念館の西隣の「日蓮宗 広済寺」を度々訪れ、お寺の本堂裏の通称「近松部屋」という仕事部屋で執筆活動をしていたんですねー?又死後はこのお寺に葬られ そこが国指定の「史跡」となった・・・。

館内には 近松さんの年表 資料 使っていた机や文具 浄瑠璃の本(床本) 文楽の人形やその衣裳 等々が陳列されており 「ぎゅぎゅっと」な記念館でした。 (個人的には 浄瑠璃人形が興味深かったですね。先日西宮神社で「夷舁(エビスカキ)」が傀儡(クグツ)の始まりで これが淡路や阿波へ渡り広まり 文楽に繋がっていった~ と知ったばかり、という事もあって。)

しかし 大阪からここ尼崎の久々知(ククチ)って 来やすい場所だったんでしょうか? と思ったらー

この公園の東を南北に走る道は 旧「有馬道」、なんですね?

尼崎市の神崎の宿から 昆陽の宿(伊丹) 小浜の宿(宝塚)を通って有馬へ行く有馬道。 ここはその通り道にあたる、んだー。
(↑石碑に 広済寺が「久々知妙見宮」と記されているのも 興味深いですね?)

さて続いては 公園の西側にある久々知須佐男神社へ行ってみましょう。(予告/残念ながら「鯉の絵馬」は・・・)))