法明院(+フェノロサの墓所) | おだわらぐらし

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縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

新羅善神堂(シンラゼンジンドウ)に続いては フェノロサの墓がある法明院(ホウミョウイン)へ行ってみることに。

FURIAN 山ノ上迎賓館前の坂道を上がって行くと 分かれ道になってました。

道標が立っていましたが 字が読みにくいー・・・

でもなんとか歓喜天の下が「法明院」と読めたので左へ。
んー 本当にコッチでよかったのかなー?

・・・なんて思いながら進みましたが、、、

こっちで よかったのですー。

右手にテニスコートが現れた。「皇子が丘公園テニスコート」ですって。

地図で見ると16面も!


道なりに行きます。/道標に「法明院」の名があってホっとするー。

階段の落ち葉。

階段横のもみじ。



谷川の南側には弓道場、ですって。


まっすぐ進みます。

もしかして ここからすでに法明院かな?


詫びた雰囲気が漂い始めました。


「不許葷酒入山門(クンシュサンモンニイルヲユルサズ)」と刻まれた石柱。


参道は 左に右に曲がりながら 少しずつ山を上がっていきます。

参道脇の案内板。「法明院 / 園城寺(三井寺)の北院。池泉回遊式の庭園から眺める琵琶湖の眺望はすばらしいものです。境内には日本美術を世界に紹介したフェノロサの墓があります。また 源義光の墓や義光が元服したという新羅善神堂、弘文天皇御陵が近くにあります。」


少し先の左手に鐘撞堂がありました。

が、鐘は失われているようでした。(ありそうなところで戦時の金属類回収令で供出?)

更に進むと 石段手前に_
水を滴らせる樋がありました。

小さな滝とも見えましたが 何か謂れがあるのかなー?

階段右手。ところどころ崩れていましたが (竹のせいが大きい?)野面積の石垣が見てとれました。


石段を上がったところ_。

こちらが法明院ですね。/ 江戸初期の創建ですが一時廃絶。 享保八年(1723)に義瑞律師性慶が開か再興させ 多くの学問僧をかかえた~ そうです。

右手に庫裏。

左手には庭への入り口がありました。

入園料_100円。(右は "妙慧深禅処" "円覚楓林中" と読めるのだけど ネットではそんな言葉はヒットしないのでしたー・・・)


お邪魔しまーす。

↑お堂は板戸が閉まってましたが 本尊は阿弥陀様だそう。又 円山応挙や池大雅によって描かれた障壁画があるといいます。
↓お堂の前のお庭。思っていたより広い。

↓東側に 小さな島をもつ池がありました。/その向こうには ちら と湖も見えます。


池の小島には小さな社が。(お寺だから_弁天様かなー?)

湖側の 開けた場所に行ってみます。

わー いいながめ!

左手前の建屋は弓道場。/右手  湖の岸辺の緑の屋根はボートレース場のものです。

遊覧船も見える~。


山側の墓所へ行ってみます。


お地蔵様の横に 階段が。

↑↓脇の案内板には「フェノロサ ビゲロー」と二人の有名な日本美術研究者の名が。(二人とも仏教徒としてこの墓所に眠っているのです)

階段を上って行くとー・・・

左手に法明院の住職だった桜井敬徳さんの銅像がありました。/この方がフェノロサ夫妻やビゲローを仏教に導いた のだそうです。

↑銅像の一つ上にフェノロサの墓、更にも一つ上にビゲローの墓。
静かな墓所には 他にも幾たりかの外国人の名が刻まれた石がありました。/皆さんどうぞ 安らかに。


さてでは 戻って参りましょう。

庭を抜けー

石段を下りー

突当りを 右へー。


歴史博物館まで 斜面地の小径を歩いてみました。

__ 地味に大変でした・・・。// つづく