新羅善神堂(シンラゼンジンドウ) | おだわらぐらし

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縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わいたいと思います

続いては園城寺(=三井寺)北院の鎮守社:新羅善神堂へ行ってみましょう。 

天皇陵の参道を引き返すと 木立の中に鳥居が見えました。


鳥居の先は 荒れるにまかせ~

・・・と見えて

そうでも ないのでした。。。


みちなりに行くと_

石段の先に めざすお堂と思われる建物が現れました。


妙に からん とした建屋前の場所・・・。

西側には 園城寺北院塔頭と思われる小院の通用門。

元々はこの 空き地(?)にも寺社が建っていたのでしょうか?

では 改めて新羅善神堂へ。

南北朝時代(貞和三年 1347年 ←お寺のHPに載る年号(北朝))に建てられた 檜皮葺き(ヒワダブキ)の流造_「国宝」です。

中に納められている新羅明神坐像も 又 国宝。(画像検索すると 非常に不思議なお顔のお像がヒットします。/ 新羅明神は 園城寺の再興者 智證大師:円珍が唐から帰国する際の船に出現し教法加護を約束した神様、だそう。 円珍の唐への留学をサポートしてくれた国内外の新羅人達と関わりがあるのでは? という説も。(ググるうちに知った事ですが 円珍だけでなく 最澄や円仁もそれぞれ入唐に際しては 香春神 赤山明神 という新羅系の神に祈っています。面白い。(円仁の『入唐求法巡礼行記』には世話になった人として張宝高(or張保皐)という新羅人の名も数度出て来るそうな ))

唐破風をもつ 正面の門。

塀の上の瓦 コーナー部分が ちょ っとユニーク。


格子の間から中を覗いてみるとー


草がのびてて おいわたしや って感じでしたー。

門の手前の案内板。

(↑右の ドラムセットのシンバルみたいなのは 多分元 灯篭 かな、と)
↓改めて~/ 「堂は三間四方の流れ造り 屋根は檜皮葺きの美しい建物で 国宝に指定されている。 暦応3年 1339年 (あらお寺のHPと異なってる どうしよう^^;) 足利尊氏が再建した。 新羅明神は園城寺開祖 智証(=智證)大師の守護神で、本尊新羅明神坐像も国宝。 源頼義の子 義光がここで元服し新羅三郎(シンラサブロウ)義光となのったのは有名である。 _大津市」

(新羅三郎のお墓も このあと見に行きましたー)

では 退出しましょう。


続いてはフェノロサの墓のある 法明院へ~。



<ぽつり>
「新羅」と書いて「しらぎ」と読む、と習った世代ですが_
しらぎの「ぎ」は 古い卑しめの接尾語(例えば葬儀の際 個人の名の下に書く「儀」の字等に今も残る_)として この頃の教科書では「シンラ」「シルラ」と教えているそうです。/ 息子の歴史の教科書で知った私ですーーー。