ラーメン屋「是空」の北向かいの白峯神宮へ行ってみます。

門の_

右に由緒を記した板がありました。/ご祭神は保元の乱で敗れ讃岐に流された崇徳天皇と 天平時代に廃帝となり淡路に追放された淳仁天皇(ジュンニンテンノウ)。

(Wikiによると__ 幕末に孝明天皇が、配流になったまま異郷で没した天皇の御霊を慰めるための神社建立を発願なさったが そのまま亡くなられ、御遺志をくんだ明治天皇がここに神社を建てられた_ のだそうです。)
門の左には 道場や教室の案内が_。(謡と仕舞、習ってみたいなー。でもまず着物が着られないとダメだよねー・・・)

門を潜り境内に入ります。正面に奉納舞台。

(↑左に「右近の橘」 右に「左近の桜」が。御祭神を慰めるため 御所になぞらえた造りになっているのですね?)
舞台は修理中でしたー。(舞台右手は「毬庭」。年二回ここで蹴鞠の奉納があります。(ニュースで紹介されます))

舞台右に手水舎。

手水舎の裏には、京都市の天然記念物 樹齢800年という オガタマノキがありました。(木蓮の仲間で白い花をつけるそうです)

手水舎左には「蹴鞠の碑」なる物がありました。「毬」の部分は石の球がはめられていて、くるくるまわるようになってます。回すと球運が上がるそうですよ?

その横には絵馬掛けが。(絵馬には 蹴鞠の絵柄のもの、丸いボール型の物がありました)

絵馬掛けの隣_末社の地主社(ジシュシャ)。祭神は精大明神で 「蹴鞠の神様」だそうです。(サッカー選手に人気の神様らしいですね?)

(ここは元 蹴鞠の宗家:飛鳥井家の邸宅があった場所。「蹴鞠の神様~」は飛鳥井家と何らかの関係があるのかな?)
更にその北隣に崇徳天皇欽仰之碑、がありました。

↓白峯宮の拝殿。(ご祭神が二柱とも天皇なので 紋は「菊」です)

(鈴が下がる唐破風の上にも菊の御紋)

↓神殿は拝殿奥の囲い地の中。屋根から 平入の社殿だとわかりますが それ以上は・・・。(関西の神社は大抵神殿部が囲ってあって 簡単には伺えないようにできてますねー)

↓最後に訪ねた 境内 北東隅の末社_潜龍社(センリュウシャ)

竜神を祀る祠ですがー こちらは「昭和30年11月23日に 火炎の中より出現~」と 比較的新しいお社のようです。(出現日時も正確にわかってるんですね?目撃者も多いのでしょうか?)
不思議は 昔話の中にしかないのかと思っていましたがー。
さて、続いては大将軍八神社の方へ行ってみましょう~