『ロゴスドン』Webの連載「「裏日本」文化論」を更新しました。
第41回
〈白山信仰①〉
白山姫命(白山比咩神)は、別名を菊理媛神と言い、白山信仰における最も重要な祭神とされてきた。また、神仏習合、あるいは本地垂迹説(神の「正体」が仏や菩薩であるとする思想)の影響により、菊理媛神の「正体」は、十一面観音ともされてきた。白山を開山したのは、泰澄大師(682~767年)である。そしてこの泰澄大師は、渡来系氏族・秦氏の出とも言われている(第8回〈韓神信仰②〉参照)。
白山信仰については、折にふれて述べてきたが、ここで、改めてその信仰とはいかなるものなのかを見ておきたい。
石川県白山市から岐阜県大野郡白川村にまたがる標高2,702メートルを誇る霊山、それが白山である。富士山、立山と共に日本三名山(日本三霊山)の一つとされている。最高点の御前峰〔ごぜんがみね〕には、白山比咩神社奥宮がある。
古来、人々はその山を仰ぎ見、畏怖の念を感じていた。険しいその山の頂に、人々は容易に近づくことはできなかった。時にそこは、鬼が棲む「異界」としても語られてきた。白山から麓へと流れる河川は、人々に命の源=水を豊富に与え続けてきた。しかし、その河川は、常に穏やかとは限らず、しばしば氾濫を起こし、河口に住む多くの人々の命を奪うこともあった。古来、白山には神々が坐すとされてきた。冬の晴れた日には特に、山頂の雪は太陽に照らされ白く光を放ち、人々はそこに神々の顕現を見ていたのである。光り輝く白山は、日本海沿岸を航海する者にとって非常に良い目印となっていた。それは、安全な航海を約束してくれる山でもあったのだ。また、白山から流れる河川の豊富な水は、米作りをはじめ、さまざまな生活の糧として人間の生活に必要不可欠であった。人々は、この山に怖れともに感謝の念を抱いていた。――聖山に坐す超自然的存在への崇敬と畏怖の念、これが白山信仰の元型である。
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