ヌース出版のブログ

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 本日、新人作家・山川真吾氏のデビュー作『桃源郷の記』を発行いたしました。

 

 

 本書は、科学的思考の陶冶をフィクションの形式で推進したいという意欲的な作品です。ブログにて特別に「第一部 束の間の微睡」の冒頭部分をご紹介させていただきます。

 

 

 まず初めに自己紹介をさせてください。

 私は山川真吾という者です。生涯の大部分を大学勤務で過ごしてきましたが、定年退職をしてからもう十年以上になります。研究生活といいますが、独創的な成果は乏しく、学術論文も生涯を通じて十余編しか発表できませんでした。私の業績は学会で話題になるようなものではありません。それでも、運よく神武大学で教授の職に就くことができ、定年まで講義を続け、後進の指導に当たりました。定年後も、いくつかの大学で非常勤講師を勤めましたが、八十の声を聞くようになりますと、さすがにそういう仕事へのお誘いもなくなり、このところ、年金をあてにした暮らしを、すでに金婚式も終えた妻の不二子と夫婦二人で過ごしています。老後に備えるようにと政府が算出するくらいの蓄えもありますし、子供たちももう独立していますので、何もなければ、このような日々がもうしばらく続いて、そのうちにお迎えが来るという筋書きです。そんな生活ですから、これから新しく何かをしようという積極性もなく、それでも無聊を紛らわすために、これまで読めなかった本を読まなくては、などと勿体ぶりながら、あまり難しくない本を拡げるような暮らしを続けているところです。

 その日も、いつものように、不二子がつくってくれた夕食と、白と赤のワインをグラスに一杯ずつ楽しんだ後、長椅子にドカッと座り込んで、読みかけの本を広げた途端、最初のページを開いたままで、、

 

      (1−1)

 ふと気がついたら、おもちゃのような汽車に乗って、深い霧の中をノロノロと走っていました。若い頃に、そのような光景があったな、と思っていたら、すぐに霧が晴れて、目の前に立派な洋館が見えてきました。建物以外に何があったのか、記憶にありません。いつの間にか乗り物は消え、私はスーツ姿で、他のことは考えもせずに、その建物の中に入りました。それがどこか、入っていいのかどうか、など考えてもみずに、予定通りの行動のように振る舞いました。入るとすぐに、シナ服を着た二人の少女に迎えられ、中華風の応接室へ案内されました。遠慮もせずに、座り心地の良い椅子に深々と座りましたが、一息ついたところへ、気品のある老婦人が秘書風のお供を従えて入ってき、立ち上がろうとする私を笑顔で制しながら、

「お出でいただいて光栄です。どうぞごゆっくりお過ごしください。」

と挨拶しましたが、自分が誰かは名乗りませんでした。

 私は挨拶を返そうとしましたが、それより先に、秘書風のお供が口をきき、

「現世と離れたひとときというのも先生の夢でした。その先生のために、私どもは人の世の一瞬を少し長い時間に切り替える夢の次元を準備させていただきました。浮世の転寝(うたたね)を、こちらの時間でゆっくりお楽しみいただけるように、このお屋敷に部屋を準備しておきました。」

と、だけいって、二人は私が何かをいおうとしても聞く様子もなく、すぐに部屋を去っていきました。

 入れ替わりに、案内をしてくれた少女たちが戻ってきて、私に面と向かいました。二人が交々に説明してくれることは、

「こちらの様子を少し説明させていただきます。先ほど主(あるじ)が申しましたように、ここは先生が日常を過ごしておられる浮世を離れた夢の世界です。」

「浮世に暮らしている人が眠りの間に見る夢は、浮世の一瞬の間に、長時間の夢の中の暮らしを経験できるということです。こちらの時の経過は、浮世で経験しておられるものと同じではありません。」

「ですから、先生も浮世で転寝をされている間に、こちらで結構な月日、楽しい時を過ごしていただけたらと思います。」

「ここでは、私どもがお身の回りのお世話をさせていただきますが、他にもいろんな仲間が先生のご滞在をお気に召すものにするように一生懸命努めます。もし何かご希望などありましたら、どうぞお気軽に私どもにお命じください。」

「それでは夕食の時間ですから、早速に食堂の方にご案内いたしましょう。」

と言うなり、私が何か言おうとするのを待ちもせずに、豪華な応接室を出て、別の部屋に向かいました。まだ何が起こっているのか十分理解できていなかった私も、特に争うでもなく、二人について部屋を出ました。

 食堂は、広い庭に面した洋室でした。気がついたら、私はスーツ姿ではなく、気楽な部屋着になっていました。二人の少女も、出会いの時のシナ服ではなくて、可愛らしい洋服姿でした。食堂で、私に庭に面した側の席をすすめた上で、二人は、

「私たちもお相伴させていただきます。」

と、左右に席を取りました。

 夕食を終えていたはずの私ですが、またワインのグラスを手にしました。ここまで少女と呼んでいた二人も、すでに成人には達しているのか、何もいわずにグラスを手にし、軽く目で挨拶を交わして、グラスを口にしました。

 こちらへ着いた時、出迎えた少女たちはシナ服姿でした。最初に入った応接室の内装も中国風でした。しかし、食事の時には、彼女たちは洋装でしたし、食堂は日本で普通にみる洋風の部屋でした。庭に面したといいましたが、その庭も基本は和風の庭でした。いただいた食事も、洋食ですが、日本で普通になっている和の要素が加わったものでした。ワインはどこの産か確かめませんでしたが、ワインというものはそもそも日本の伝統のお酒ではないものの、今では日本で普通にいただきますから、特に洋風という感じで受け止めるものではありません。すべての光景が、現在の日本の暮らしで見る世界だったのです。

 最初にこちらへ着いた時、私はここが夢幻の世界であるとすぐに気づいていたようでした。夢の世界を彷徨う経験が度々あったからかもしれません。しかし、それまでの私の夢の中の世界は、だいたい過去に経験した何かにつながったものでした。全くの夢想というべき夢は経験したことがありませんでした。しかし、この時は、これは夢だ、とすぐに意識し、現実と離れた夢の世界にいることを感じ取っていたようでした。

 理想の夢幻の世界といえば、私の頭の中では、まずは桃源郷です。桃源郷は中国の物語です。ヨーロッパ風のユートピアではありません。だから、はじまりは、中国風の部屋に、シナ服の少女だったのでしょうか。しかし、理想の世界で過ごすとすれば、環境には気持ちがもっとも落ち着く雰囲気を求めることでしょう。それは、自分の経験に沿ったものに違いありません。若い頃の私だったら、日本を飛び出して理想の生き場所を求めたかもしれません。夢に描く世界は北欧とかアメリカの小都市とかにその原型を求めたでしょうか。それが、八十歳を過ぎた今の私には、理想の世界の雰囲気が、すぐに典型的に和風になるというのは、老いと呼ぶ心境になっているためでしょう。老境に達すると、取り巻く理想的な環境は、日頃過ごしている自分の環境を、ちょっと洗練されたものにするだけで十分なのでしょう。

 食事は、二人の少女との会話を楽しみながら、でした。言い落としていましたが、二人は双生児姉妹だそうで、それぞれ杏奈、麻里と呼び合っていました。その時から、この夢幻界に滞在していた間、この姉妹がつかず離れずに私の面倒を見てくれました。二人は、いつも微笑みを絶やさずに、何をする時も一緒に行動しました。そういえば、こちらの世界には怒りという感情がないのかと思えるほど、二人の少女だけでなく、その後も、目くじらを逆立てるような人に会うことはありませんでした。

 この部屋で目立って奇妙なことは、食事の世話をしてくれる人たちが、普通の人ではなく、ロボットだったことです。はじめはちょっと無愛想な人なのかと思いましたが、すぐに、私たちと同じホモサピエンスの新人ではなくて、機械人間であると気づきました。もっとも、その機械人間たち、料理を運んでくるというだけでなく、私たちの動きを巧みに観察しているのか、私たちの食事の進行が円滑に進むように、理想的にいい対応をしてくれるのです。欲しいなと思うものは、思った途端に届いていますし、終わったと思った時には皿が下げられています。笑顔とかしかめっ面とかで表現することはないのですが、私たちの気分を盛り上げる見事な演出をしてくれるのです。機械というような冷たい存在ではなくて、私はすぐに彼ら(彼女らだったかもしれません)に好感を抱きました。親愛感をもったといった方が正確かもしれません。

 ワインも料理も見事でした。その時に私が欲しいと思うものが供されました。これは余分だ、と思ったものはただの一片もありませんでした。それも見事な選択と分量でした。料理をしているのが誰かは、見えないところから機械人間たちが運んできてくれましたから、わかりませんでした。その時には、料理人が誰かを知りたいとも思いませんでした。そういうことに興味をもつ余裕がないほど、食事に没頭していました。考えてみると、その夜、私はすでに自宅で普通に食事を終えていました。だから、ほぼ満腹の状態だったはずです。ワインも、休肝日以外は白赤一杯ずつと定めている私の適量を、その夜はすでに飲んでいました。それでいい気分になって仮睡を始めたことが夢幻の世界に入り込むきっかけでした。それだのに、何杯いただいたでしょうか、機械人間に注がれた分は残さず飲んでいました。というより、私が飲む分を機械人間が注いでくれていたのでした。

 

 

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本日、新刊『なぜ黙るのか』(沈黙研究会 編)を発行しました。当編者は、『ロゴスドン』に連載をして頂いていた早稲田大学名誉教授の山本武彦先生にご紹介を頂いた学会です。学術書ではありますが、一般の方々にも教養書としてお読み頂ける内容となっています。

 

 

 

 

『なぜ黙るのか -沈黙の民主主義と外交-』

(沈黙研究会 編)

2026年1月30日発行 

A5判

180頁

定価 2,090円(税込)

ISBN978-4-902462-38-8

 

(内容)

沈黙ばかりでは民主主義にならない。

しかし、沈黙を許さない民主主義は騒々しい。

沈黙の効用と限界を政治学・比較政治・国際政治史から探る。

 

 時に、沈黙ほど雄弁な表現はない。それは沈黙がイエスであるにせよノーであるにせよ、解釈を拡げられる表現だからである。舞台では「間」の取り方として重宝されている。

 それでもこの掴みにくい難題に本書が挑戦しようとしているのは、民主主義を謳う国や世界において、議員の発言が批判され、時には揶揄されるのに比して、だんまりを決め込んだり沈黙ばかりでは民主主義は進まないためである。逆に、インタビュアーに囲まれた人たちにとって、その身を守る方法は沈黙である。沈黙に不寛容な社会も未成熟で喧噪的で、居心地がよいとは思えない。

 本書は、政治学、比較政治、国際政治、外交史の立場から沈黙の理論と事例にアプローチする。一般に学者は、議事録、発言録、回顧録に始まり、オーラル・ヒストリーやインタビュー手法にいたるまで、発話された言語を重視する。同時に、一次史料や二次資料をふまえ、文字情報を大切にする。しかし沈黙ほど、それらの方法の届かない状況はない。沈黙は、時に無視され、なかったことにされ、否定される。それでもわたしたちの日常生活から政治世界、国際政治にいたるまで沈黙が確認されるのは、発話と同じように沈黙も主体の感情や考えを示す手段であることの証左に他ならないためである。その感情や考えを他者がどれほどくみ取れるのか。それを他者に任せるのが沈黙である。

 本書では、沈黙の先行研究をふまえ、第一章で沈黙の定義と分類を行う。沈黙には個人の沈黙だけでなく、集合的な沈黙も含めるべきである。沈黙は、国内の政策過程において、政策決定者にとっては不都合なときに、政治参加をする側からすれば脱力的なときにおこりやすい。政治的疎外や投票棄権行動、特定理念への合意を政治的沈黙と解し、ドイツの民主政治を沈黙の政治の観点から分析するのが第二章である。続いて第三章では、日本の選挙参加を事例に沈黙の表出をとらえる。第四章では環境政策の転換後の政策の沈黙に鋭く切り込む。

 言行不一致が多い国際政治では as if game のもとで、不都合な時に沈黙が多用される。第五章では、東西欧州の安全保障の対話の場として始まったCSCEでみられる「暗黙の了解」に接近する。沈黙が外交で現れる場合に、その意味を測る一つの方法は時間である。沈黙の長短に着目して第六章ではモンゴル・日本のEPA交渉を追う。第七章では、対立する国の間にあって難しい対応を迫られた日本の沈黙を1960年代の外交史料をひもといて明らかにする。

 沈黙が方々にある一方で、他方では沈黙を破ること(破黙)や沈黙を奪うこともある。その後、沈黙に戻ることもまた容易である。それが可能なのが民主主義制度の下の社会の特徴である。本書を通じて沈黙への多様なアプローチを紹介できればと願う。

(本書「はしがき」より)

 

沈黙研究会について

「沈黙は金」(イギリス)、「言わずが花」(日本)の諺にあるように、沈黙は高度なスタイルとして洋の東西を問わずにみられる。しかし民主主義と外交の情報公開を求める立場からは沈黙には否定的になる。沈黙研究会は、政治学、比較政治、国際関係論、外交史等の研究者から構成され、沈黙という難しいテーマに挑戦するべく、実務家や異分野の研究者との交流を深めながら、このテーマの研究を行っている。

 

 

(目次)

はしがき

略語一覧

 

第一部 沈黙は民主主義的か?

❶ 沈黙を政治学的に考える意義と方法(宮𦚰昇)

はじめに

第一節 沈黙の定義

第二節 先行研究

⑴ 先行研究

a マクロレベル

b ミクロレベル

c マクロとミクロの架橋

⑵ 民主主義論と沈黙という問題設定

第三節 沈黙を理解する方法論

⑴ 沈黙の意味

⑵ 沈黙と民主主義論

⑶ 非争点化と沈黙

結びにかえて

❷ ドイツにおける沈黙の政治の諸相(中川洋一)

第一節 問題提起

第二節 沈黙をめぐる理論と分析視座

⑴ 審美性政治としての沈黙の政治

⑵ 沈黙と政治的疎外

⑶ 分析視座

a 政治(不)参加の類型

b「静かなる多数派」と「沈黙の螺旋」

第三節 沈黙の政治の事例分析

⑴ 見えない市民の輪郭

⑵ ドイツのエネルギー転換政策をめぐる沈黙

a 脱原発理念の確立

b AfDという禁忌破壊者

c  理念の融解

❸ 与党優位の状況と投票参加―サーベイ実験による検証(清水直樹)

第一節 日本の低い投票率と与党優位の状況の関係

第二節 オンライン・サーベイ実験のデザイン

第三節 実験結果

第四節 実験結果のまとめ

❹ 気候エネルギー政策過程における沈黙の考察(横田匡紀)

第一節 問題の所在

第二節 気候エネルギー政策の沿革

第三節 岸田政権での展開

第四節 石破政権における展開

第五節 気候エネルギー政策過程における沈黙

第六節 消極的沈黙?

 

第二部 外交上の沈黙

❺ 「沈黙」下での相互共通認識と外交交渉―CSCEにおける「暗黙の了解」(玉井雅隆)

はじめに

第一節 国際関係における「暗黙の了解」

⑴ 「暗黙の了解」と「共通認識」の存在

⑵ 国際関係における「暗黙の了解」の存在の一般条件

第二節 CSCEプロセスにおける「暗黙の了解」―安全保障対話としてのCSCE

⑴ 参加国問題と「暗黙の了解」

⑵ 地中海問題と「暗黙の了解」

第三節 沈黙下での相互共通認識と外交交渉―「暗黙の了解」の存在とその終了

おわりに

❻ 日本・モンゴルEPA交渉におけるモンゴル側の対応と沈黙(ガンゾリグ・ゾルザヤ)

第一節 問題の提示

第二節 モンゴルにおける通商行政と政策環境

⑴ 経済構造と「第三の隣国」戦略

⑵ 日本のODAと外交的信頼関係

⑶ 通商政策形成の構造的制約

第三節 交渉過程の展開と沈黙の機能

⑴ 交渉経緯及び概要

⑵ 交渉の進展と争点

⑶ 沈黙の機能と結果

第四節 日本・モンゴルEPA交渉における沈黙の意味

❼ カレル・ドールマン事件における日本の沈黙と慎慮(ディニ・アフィアタンティ)

第一節 問題の提示

第二節 オランダとインドネシアの間で板挟みとなった日本の対応

⑴ オランダとインドネシアの間での均衡―沈黙と慎慮による日本の外交対応

⑵ オランダおよびインドネシアとの関係における日本の沈黙と慎慮の戦術の理解

第三節 沈黙の国内的側面―タンカー「メイドレヒト号」事件と日本の国内情報戦術

⑴ メイドレヒト号燃料供給問題、国会内の緊張、及び外務省の国内向け情報戦術

⑵ 国内領域における沈黙の解釈―西イリアン危機期の外務省の政治コミュニケーション

第四節 カレル・ドールマン事件における日本独自の静かな外交

 

あとがき

 

 

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本日、新刊『生物多様性を探る』(下巻)を発行いたしました。実は下巻の原稿は著者が入院中に完成したのです。完成前に脳梗塞を発症され、左半身が効かなくなって入院されていたからです。パソコンを院内に持ち込まれ、校正用紙(ゲラ)等は著者の奥様が病院に届けてくださいました。難産の末に生まれた下巻だけに、担当編集者である私としても、生涯忘れることの出来ない作品になりました。是非とも、より多くの方々に読んで頂きたいです。

 

 

 

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本文の一部をご紹介させて頂きます。

「今すぐには役に立たない研究だが、数十年の時を経ると役に立つ、といって空威張りしていても、自己満足になるだけで、地球上に今生きている80億の人々にとっては、呪文がひとつ積み重ねられているようなものである。すぐに役立つわけでもないそのような作業を堅実に積み上げながら、私の頭の中では、もうひとつの想念が広がっていた。現地調査とハーバリウムでの作業を重ねて植物相の調査研究を推進していた私だったが、生物多様性の専門家という立場から、直面する環境問題への対応も求められ、その面からの問題の整理も迫られていた。実際、私が生物多様性の重要性について問題提起を始めた1970年代の終わり頃には、分類学が過去の遺物だといわれていたように、研究対象としての生物の種多様性を意識

することは、学界の主流に沿うものではなかった。

 科学のある領域の専門家というのは、その領域で新しい知見を開拓する人であるが、新しい知見を開拓するためには、その領域で何が解明されており、何がわかっていないかを正確に理解していることが最低限の条件である。言い換えれば、専門家というのは、当該領域で何がわかっていないかを一番よく、正確に知っている人である。知っていないで、有益な提案をするというのはあまり科学的なこととはいえない。わからないことを正確に認識しているからこそ、それをわからせる研究ができるのであり、わからせたことについて論文が書けるのである。

 そんなことを整理しながら、その上で、生物多様性の専門家として、何が提起できるのかを考えていた。そのためには、わかっていないことはともかく、少しだけ科学が解明している事実を基盤にして、今私たちが未来に向けて何を考え、行動すべきかの指針をまとめる必要がある。そのために、生物の種多様性の研究に関わっている者が、現実に解明した事実に基づいて、何を統合的に理解し、そこから何が提起できるかを示す必要がある。そう考えて、現に解明されていることから見えてくる生物多様性の実像を追おうとし、その結果まとめたのが、細胞や多細胞の個体より上の階級で、より完全な生き方を示す「生命系を単位とする生」という視点である。」

(本文「生命系を考える」より)