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本日、新刊『生物多様性を探る』(上巻)<ヌース教養双書>を発行いたしました。

 

 

【内容紹介】

 難しい専門書ではなく、研究者として大成された偉人伝(自伝)的側面があり、生物学や植物学に限らずあらゆる研究者の生き方の指針になるような内容です。「シダ植物に関心をもつ」の章に紹介された幼少期から大学入学・大学紛争のころまでのお話は特に面白く、まるで大河ドラマでも観ているような楽しさが味わえます。一般の方々にも、是非とも読んでいただきたい書籍です。

 

「米寿を過ぎてから、2冊の英文書を刊行した。ひとつは修士論文以来深く関わってきたコケシノブ科の、マレーシア植物誌のためのモノグラフ(生物の種属誌で、特定の分類群の全種を網羅し、記載した総説論文)(Iwatsuki & Ebihara, 2023)、もうひとつは1999年に刊行した『生命系』を叩き台にして、新しく英文版に発展させた ”Spherophylon” (Iwatsuki,2023) である。

 コケシノブの方は、生物多様性の基礎情報構築の一端を担うもので、この専門書を今すぐ理解して読んでくれる人は、地球に現在生きている80億を超える人のうち、ほんの一握りの人々に過ぎないのだろうが、他方、100年後にも参考にしてくれる研究者がいると期待される不動の基礎資料を盛ったものである。現に、このモノグラフの先行研究は、私が敬愛するEdwin B.Copeland 博士が1930年代に発表したアジア、オセアニアのコケシノブの論文群である(Copeland, 1933, 1937, 1938)。それに対して、”Spherophylon” は、生命とは何か、自然と人間の関係性とは何かを考えようという提言で、日本的概念を地球規模に展開したいという、世界中の一般の人に読んでもらいたい書である。広く、多くの人に読んでもらうためにどうしたらいいのか、これからなんらかの行動が必要かもしれない。同じ時期に、このように一見異なった課題についての2冊の英文書を並行して刊行するに至った経緯について、それこそが私の望ましいと考える研究者の生き方の実践であると説明しようというのが本書の目的である。

 コケシノブ科のモノグラフに至る、私の研究者としての生き方の紹介はそれ自体ひとつのまとまった話題となる。一方、生物の種多様性の研究を通じて生命系の概念を構築し、それが伝統的な日本人の自然観につながるものであることを知った。さらに、その概念が自然と人間の共生を生み出している実態を、地球人すべてが共有すべきだと訴える必要性を、”Spherophylon” の刊行で実現しようと試みた。この2面を統合しようとしたこの著作は大きく2つの部分で構成される。並行して進められたこの2つの試みは、自然と人間の共生を演ずる生き方の表裏をなすものであり、両面があってはじめてひとつの意味を実現するが、筋書きとしては異なった側面もあるので、便宜上、ここでは上下に分冊して刊行してもらうことにした。書籍としては、2冊に整理するのがわかりやすい取り扱いであるが、内容は両者を統合することでひとつの意味をもつことに意味がある。ひとつの書籍を上下巻2冊として刊行する意味はそこにあり、可能な限り両者に目を通していただくことを期待する。」(本文「はじめに」より)

 

【著者略歴】

岩槻邦男(いわつき・くにお)

1934 年、兵庫県生まれ。京都大学理学部植物学科卒業。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学教授、東京大学教授、立教大学教授、放送大学教授等を経て、東京大学名誉教授、兵庫県立人と自然の博物館長、同名誉館長。東京大学理学部附属植物園長、(社)日本植物学会会長、(社)日本植物園協会会長、日本植物分類学会会長、国際植物園連合会長などを歴任した後、(社)日本植物園協会顧問などを務める。2007年文化功労者。2009年瑞宝重光章。2016 年第 24 回コスモス国際賞。著書『多様性の生物学』(岩波書店)、『シダ植物の自然史』(東京大学出版会)、『文明が育てた植物たち』(東京大学出版会)、『生命系』(岩波書店)、『日本の植物園』(東京大学出版会)、『生物多様性を生きる』(ヌース出版)、『桜がなくなる日 生物の絶滅と多様性を考える』(平凡社新書)、『新・植物とつきあう本』(研成社)、『ナチュラルヒストリー』(東京大学出版会)他。

 

 

【目次】

はじめに

コケシノブで究めること -- シダの研究とは

シダ植物に関心をもつ

 シダを意識するまで

 シダの同定を始める

 柏原高等学校生物班で

 シダを愛でる人たちとの邂逅

 研究対象としてのシダ植物

シダと生物の種多様性

 屋久島と奄美群島

 コケシノブの修士論文

 ヒメシダ科の学位論文

 ヒメシダ科追記

 修士論文以後のコケシノブ

シダの研究で何をし、何を学んだか

 シダを識ってよかった

 シダ研究の成果とその意義

 シダの研究から展開する考え

 趣味と生業 -- 文化としての科学

索引

下巻目次

 

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本日、新刊『未来都市のつくり方』<ヌース学術ブックス>(西山敏樹 著)を発行いたしました。

 

 

 

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(内容)

人口が減るとローカル鉄道や路線バスに乗らなくなるから合理化して,本数を最低限まで減らしておいて凌ぐというのが多くのこれまでの考え方であった.それこそ統計解析から得られる経験則で,政策や社会戦略を描いてきた.一方で,モビリティ=移動権確保の観点であるべき公共交通の姿を考え,ライドシェア,AI オンデマンドバス等のようなこれまでに無い移動手段を掲げ,その理想像に近づく策を考える方法もある.無論,後者の方が建設的かつ革新的な方法での問題解決がなされ,生活を豊かにすることが出来る.大事なことは未来を予測出来ないものの,未来には近づけるということである.本書では,あるべき未来を考え,従来に無い新しい方法であるべき未来に近づいた研究の事例を多数紹介している.(本文「まえがき」より)

 

(目次)

まえがき

1. はじめに

2. 未来都市を創るための 8 つの考え方

2.1 複数の分野を跨ぐ知の創出

2.2 複数の分野のすき間に位置する知の創出

2.3 複数の分野が融合した知の創出

2.4 複数の分野に共通する知の創出

2.5 複数の分野を包括・統括する知の創出

2.6 複数の分野の最先端の知の創出

2.7 常識を疑い「逆の方法」という知を創出

2.8 他の分野の方法を自分の分野にあえてあてはめてみる思考実験の重要性

3. 未来都市を創る実践を見る

3.1 住宅の未来-エコハウス

3.2 移動環境の未来-新しい利益追求の必要性

4. 介護福祉事業の未来~人手不足をどうするか~

4.1 社会的背景

4.2 将来の介護福祉を検討する会議

4.3 介護福祉へ DX を導入する際の初期シナリオ

4.4 介護福祉分野への長期的な DX 導入の視点

4.5 中小介護福祉事業者の共同送迎サービス

4.6 事故予測システム等の DX 技術の動向調査

4.7 まとめ

5. 製品開発の未来~地域資源を未来に活かす~

5.1 活動の背景

5.2 市場性調査の実施概要

5.3 市場性調査の結果

5.4 おわりに

6.観光支援の未来 ラストワンマイルモビリティの検討

6.1 活動の概略

6.2 実証実験の流れ

6.3 試乗した市民及び協議会参加機関の意見に基づく立ち乗り型モビリティの普及戦略

6.4 おわりに

7. おわりに-未来都市のつくり方の総括

 

著者略歴

西山敏樹(にしやま・としき)

東京都市大学 都市生活学部・大学院環境情報学研究科 教授

博士(政策・メディア)

1976年東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部社会経営コース卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程及び後期博士課程修了。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任講師、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特任准教授、慶應義塾大学教養研究センター特任准教授、慶應義塾大学医学部特任准教授等を経て現職。大学生協員外監事を兼務。又、一般社団法人日本テレワーク学会理事、特定非営利活動法人ヒューマンインタフェース学会評議員、一般社団法人日本イノベーション融合学会前理事長等、学会の役職も多数歴任。

専門領域はユニバーサルデザイン・バリアフリー、モビリティデザイン、未来都市論、社会調査法等。交通用車輌の開発に関する大型プロジェクトを多数経験。ユニバーサルデザインに関わる地域開発も多数手がけており、研究や実務の成果表彰も25件にのぼる。研究領域に関わる著書も30冊にのぼり、公共交通に関するマスコミ出演も多い。

本日、新刊『裏日本に燦然と輝く古代文化交流』<ヌース教養双書>(石塚正英 著)を発行しました。

 

 

(内容紹介)

武蔵国では文明を支える原初性を探究する社会哲学者が、頸城国でフィールドワーカーとなり、裏日本文化と古代日韓の民間文化交流に関する調査研究を基に生まれた著作。高句麗・百済・新羅の三国時代、特に高句麗系の移住民に著者の関心は集中し、そんな人々の足跡をたどってみることが本書の主なテーマとなっている。

「本書は、私の生地にして民俗フィールドワークのホームである新潟県上越地方での古代文化交流に関する調査を基に執筆されている。新潟県は、京都に近い地域から順に「上越」「中越」「下越」それに「佐渡」と区分してきた。そのうちの「上越」(上越後と記して「かみえちご」と読む)を、昔は「くびき」と称し、「頸城」あるいは「久疋」「久比岐」という漢字をあてがっていた。

 その頸城野には、おおまかに概観して、関川水系と姫川水系に即した街道が古代文化伝達の動脈となっていた。その点を充分に考慮した論文として、平野団三「古代中世上越後(頸城)の交通路」(『頸城文化』第24号、1964年)がある。

「信越の交通路として姫川筋と関川沿道が用いられたことは、既に知られている。越後国府(直江津)より信濃国府への支道が、奈良朝には確実に成立していたであろう。これが後世の信濃街道、中山街道、江戸期の北国街道である」。

 くびき古代の交通路を考える場合、今ひとつ、海の道を忘れてはならないだろう。『日本古代の神話と歴史』(吉川弘文館、1992年)の著者米沢康は次のように述べている。「私は、八千矛神と高志国の沼河比売との神婚伝承にも、海の問題を考えないわけにいかない。とくに、北陸道の神済の存在に着目すると、〔高志国の沼河比売〕といわれるその背景には、この神済における渡海祭儀の実修が、大きな役割を担っていたのではないかと推考される」。ここに出てくる「神済」とは、北陸道の越中と越後の境界の河ないし沿岸海域を指している。沼河比売神婚神話は出雲から能登を経て佐渡に伝わり、佐渡からさらにその東方海域に「浮かぶ」とみなされた「高志」ないし「古志」に汀線文化(汀伝いにすすむ航路)として伝えられたと仮定すれば、沼河比売をことさら越後国頸城郡の奴奈川神社や沼川郷に結びつけなくともよいことになるだろう。

 くびき野には、裏日本の北陸(若狭、越前、加賀、能登、越中、越後)を結ぶ北陸道(加賀街道)と、信濃追分で中山道から分岐し信越(小諸、上田、長野、高田、直江津)を結ぶ北国街道が交差している。近隣にはそのほか、上州高崎で中山道から分岐し三国峠を越えて出雲崎に至る三国街道、糸魚川から姫川沿いに信濃へと通じる姫川街道などが走っている。信越国境にはそのほか関田峠を越える関田街道、富倉峠を越える飯山街道(富倉街道)、北国街道の高田と三国街道の塩沢宿を結ぶ松之山街道、野尻湖に源を発して関川に沿う関川街道、現在は信越トレイルのコースに関係する梨平峠、牧峠、深坂峠など多くの街道 ・ 峠道が開かれた。上杉謙信の時代には軍用道路として機能し、江戸期には塩の道などの経済動脈として機能した。

 ただし、本書は道路・陸路をテーマとするわけではない。縄文時代の昔にあってすでに、遠く朝鮮半島から日本海を越えて能登半島や佐渡ヶ島を経由して越後の沿岸に辿り着き、さらには信濃川や関川、姫川の河口から信濃・上毛野方面へと移住していった人々、いわゆる渡来系の諸衆(中小部族民)庶衆(下層民)が存在していた。私はとくに、紀元5~6世紀までに汀線航路・曳舟航路(舟を奥地へと曳航する航路)を介して上記方面へやって来た高句麗 ・ 百済 ・ 新羅の三国時代、とくに高句麗系の移住民に関心が集中している。その上で、かような人々の足跡をたどってみることを本書のテーマとするのである。なお、半島からの無数無名の移住民は、ここかしこに足跡を残している。それらを手がかりに、本テーマに関して私なりの説明を加えてみようと思いたったのである。

 私がなぜかようなテーマに関心を寄せたか、簡単に説明しよう。それは、古墳時代(3-6世紀)以降の歴史が畿内ヤマト政権の地方征服・一元支配から始まるように説かれることへの反発心である。また、環日本海の古代交流は国家間で執り行われるように語られることへの反発心である。それを否定するわけではないが、裏日本沿岸には国家形成以前、紀元前の昔から〔もう一つの交流史〕があったことに注目したいのである。使節や親書を介する国家的 ・ 冊封的な交流に対して、生活の必要性から起こされる民衆サイドの波状的行動を、私は〔諸衆庶衆の交流〕と命名している。むろん、一つの私的試論 ・ 問題提起であって、各方面から批判されてしかるべき性質のものである。」(本文「はしがき」より)

 

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