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特集インタビューを「対談」と表現したことで誤解されると困るので、新刊『元ディスコDJが何故、世界屈指の科学者や文化勲章受章者や元東大学長と対談できたのか』の第六章の小見出し「偉大な学者との対談は珠玉の体験」をご紹介します。

 

 

偉大な学者との対談は珠玉の体験

 特集インタビューを「対談」と書いたのは、何号目かの特集インタビューが終わった後で、「これは対談だよね」と言われたことに起因します。先生からそう言われて、確かにそんな号もあったと思っていました。振り返ってみると、対談っぽくなった号は私がしっかりと準備をして、その学者の著書の内容をある程度理解し、その先生との相性的なことも関係して話が噛み合ったり議論っぽくなったりしていました。その真逆のケースもあって、私の能力不足で先生の話される内容についていけず、ただインタビュー項目を読みあげるだけになった号もありました。言い訳になりますが、インタビュー依頼書を出して断られた場合もあり、そんな時はまた、他の学者を探して、その著書を読み、インタビュー依頼書を作成して発送しなければなりません。

 定期刊行物ですから、毎号発行日が決まっていますので、特集テーマに関する準備やその学者の著書内容を理解する時間に皺寄せがきます。全く準備ができずにインタビューに臨むことに なってしまったこともあります。先生の著書をほとんど読まずに臨めば、どうしても話についていけなくなる。そんな時は、「対談」とは正反対の、ただ、ひたすら、分からないまま、分かったような顔をして(頷きながら)、お話を聞くだけになってしまうのです。
 ただ、それでも、録音はしっかりと残っていますから、テープ起こしをしてインタビュー原稿に纏めていると大いに勉強になりました。学校の勉強でいえば、予習をせずに復習をみっちりするという形になります。日本最高峰の学識経験者のお話ですから、超一流の名講義を文字にしていくことで、世の中のためになる素晴らしいインタビュー記事になりました。そんなこともあり、その時の私の状況によって、とても「対談」にはならないということが一つと、もう一つは対談として依頼書を書くと「対談相手は誰だ?」と聞かれた場合に困るな、というのがありました。「私(宮本明浩)です」と答えても、見ず知らずの偉大な学者にとって「はぁ?」ということになってしまう。「何がご専門ですか?」と聞かれる可能性もある。「どういうご経歴ですか?」と聞かれる可能性もある。全て正直に答えると、まず、ご承諾は得られないでしょう。しかし『ロゴスドン』編集部から、先生のご専門の何々についてインタビュー をさせて頂きたいという依頼なら、バックナンバーさえしっかりしていればご承諾が頂けます。

 内容が対談っぽくなった時は、私自身の充実感というのは物凄くありました。正に、私にとっ ての珠玉の体験になったと言ってもいいでしょう。どの学者が対談になったのかは、特集イン タビューを収載した書籍『学問の英知に学ぶ』(ヌース出版)でご確認頂ければと思います。第一巻から第六巻まで発行させて頂きましたし、全巻在庫がありますので、お買い求め頂ければ幸いです。このシリーズには、諸学問の総称としての哲学を前提とした日本最高峰の学者の英知が凝縮されています。

 

『学問の英知に学ぶ 第六巻』(https://www.honyaclub.com/shop/g/g20562572/

 

『学問の英知に学ぶ 第五巻』(https://www.honyaclub.com/shop/g/g12662921/

 

『学問の英知に学ぶ 第四巻』(https://www.honyaclub.com/shop/g/g12435786/

 

『学問の英知に学ぶ 第三巻』(https://www.honyaclub.com/shop/g/g12192480/

 

『学問の英知に学ぶ 第二巻』(https://www.honyaclub.com/shop/g/g12064473/

 

『学問の英知に学ぶ 第一巻』(https://www.honyaclub.com/shop/g/g11976276/

 

拙著『元ディスコDJが何故、世界屈指の科学者や文化勲章受章者や元東大学長と対談できたのか』の第六章の小見出し「東京大学の学長を務めた加藤一郎先生と対談」の前半部分をご紹介します。

 

 

東京大学の学長を務めた加藤一郎先生と対談

 

 第9号から腰を据えた特集インタビューができると考え、私が二〇代後半で憧れた東京大学の学長を務めた法学者・加藤一郎先生に既刊の雑誌と依頼書をお送り致しました。加藤先生はすでに大学は退官されていましたが、弁護士資格を持っておられ、当時はご自分の弁護士事務所を開いておられましたので、その事務所で対談(インタビュー)をさせて頂きました。まずは、「衡平」という言葉の概念についてお伺いしました。

 

 正義と衡平が法の精神だと言われて、ギリシャの女神で『テーミスの像』というのが裁判所にもありますが、右手に剣を持ち、左手に秤を持っています。剣というのは正義を表わし、秤は公平を表していると言われていますが、両方を合わせると「衡平」になるかもしれませんね。よく、アメリカで「フェア」ということを言いますが、そういう言葉とか「公正」とかも、似たような言葉だと思いますね。 そんなことで、衡平とは、法の精神のようなものを表しているとは思うんですが、別の言い方として、「実質的妥当性」と「法的安定性」という言い方があるんです。実質的妥当性とは、いわば正義にあたります。法的安定性とは、同じものは同じに取り扱う、公平に扱うということです。前に判例が出て、次に同じような事件が出てくれば、同じ判決になるだろうということになる。だから、予見可能性につながる。ある取引をする場合に、このように取引をしていると自分の方が勝つ、負けることはない、ということが分かるわけです。この実質的妥当性と法的安定性というのは、二律背反というか、お互いに相反するところがあるけれども、その両方のバランスをとって考えなければならないと思われるわけです。まあ、衡平ということを具体化していくと、そのようなことになっていくと思いますね。

 

 非常に分かりやすい「衡平」のご説明を頂きましたので、さらに基本に立ち戻って、法とは何か、法というものの本質とは如何なるものか、というご質問をさせて頂きました。

 

 昔から、法哲学者などがいろいろ議論してるんですが、今は法は「社会統制のための手段」であると言われていますね。昔は、国王の命令が法であるが、今は、国会で決める民主的なルールが法である、ということで中身は変わってきているとしても、いずれにしても社会を統制する、国民をコントロールするということですね。いわば、社会のルールを作って、それに従っていけば、円滑な社会の運営ができる。そういう意味での社会の統制の手段だと思います。

 法は、決して絶対的なものではなく、社会統制という目的に沿って、円滑に運営を進めるにはどうすればいいかということを常に考えながら解釈し、適用していくことが必要だと思うのです。

 

 今は民主的に国会で決めていくということですが、国会に登場される方々が果たして本当に法のことを分かってやっているのか、または民意を汲んだやり取りが成されているのかという懸念もある、とチャチャを入れてみました。

 

 日本では、形の上では国会が立法府だとはなっていますが、実際に法案を作っているのは、ほとんどが行政庁なんです。お役所で作って、与党がそれを検討して国会に出す。若干国会で議論して修正されたりすることもあるけれども、大体はお役所で作ったものが法になっていくんですね。議員立法なんかがありますけども、それは非常に少ないんですよ。お役所といっても、結局は行政をやってて、いろんな不都合にぶつかって、ここはこうした方がいいということが分かるわけですから、一番具体的に改正の必要を感じるわけですよ。最もそれがはっきりしているのは税法ですけど、税金を余分に取ろうと思えば、税 法を改正しなくちゃならない。また、税金を取ってて、不都合が出てくればそれを直すということで、毎年のように、税法は改正されているんですね。《省略》

 

 そんなお話に続いて、基本法のこと、法制審議会のことなどをご説明頂き、「円滑な社会運営のために法がある」という小見出しを付けたお話が展開しました。そして、大学で教えられている学問としての「法学」についてお聞きし、「法学の目的は、リーガル・マインドを養うことにある」という小見出しを付けたお話が展開していきました。その流れで、最後の「順法精神に潜む、日本人の御上意識」という小見出しを付けた非常に興味深い内容に発展していきました。まずは、日本人の法意識についてお聞きしました。

 

 順法精神って言葉がありますが、これは法を守るという精神がどのくらいあるかということなんですね。日本人はわりと法を守ると言われてるんです。例えば、赤信号では渡らないというのですね。まあ、みんなが渡れば渡るというのもありますが。しかし、日本人はよく赤信号を守ってますね。車が来なくても、青になるまでは渡らないというのが日本人には多いんですよ。赤信号でも、よく見て、車が来ない、安全だ、と思えば渡るのが、世界ではむしろ普通ですよ。

 ドイツは、日本と同じで、赤信号を守る国ですね。以前、私がドイツへ行った時のことですが、車が来ないから、赤信号でも渡ったんですよ。すると、道の向こうで、ドイツ人のおじさんが立って待ってましてね。そのおじさんは、私をつかまえて「赤信号で渡っちゃいかんのだ」って、説教されたことがあるんですよ。日本のことを考えると、どうも御上(おかみ)意識というのがあって、御上の命令だから守らなくちゃならんというのがあるようですね。これは、おそらく江戸時代のころからきてるんでしょうね。法というものは、自分たちが作るというより、上から与えられたもので、それに自分たちは従っていくんだと。そう思ってる人が多いんですね。今は、法というものは、国会で作って、利害関係から立法過程もいろいろあるし、要求が強ければ法がまた出ていく。例えば、消費者保護とか、規制緩和とか、そういうことで、新しい法ができていくわけですね。やっぱり、法というのは作るものであって、与えられたものじゃないんですよ。

 

 法は直接自分に関わってきて、自分を保護することにもなり、なおかつ、法は作られるものであるという認識は、法への関心にも繋がるでしょうね、と言葉をはさむと

 

 私は、学生に法(製造物責任法)について、こういう過程で、こうしてこの法ができたという話をしたら、自分たちがそれに参加して法が作られるということを初めて知ったって言うんですよ。法というものは、すでにあるもの、所与のものだと思い込んでたんですね。確かに、今の法学部の講義は、すでに存在する法を教えるという色彩が強いんです。今ある法律の解釈だけを教えてるから、学生もそのように思ってしまうのかもしれません。

 

 法律は、学生の時よりもむしろ、社会に出てから興味が湧いてくるものであるということを耳にします、と発言すると

 

 田中耕太郎先生という、商法と法哲学を専門とされて、最高裁長官までやられた先生がいらして、その先生がおっしゃるには、法律というのは年を取らなきゃ本当には分からないんだと言うんですね。僕が二〇歳の学生の時にそう聞いて、ちょっと反発を感じてね。僕らだって、しっかり勉強すれば法律が分かるはずだと思った。しかし、いま考えると、本当の意味の法律の解釈・適用を考えると、やっぱりもっと世間を知ってからでないと、いい解釈・適用はできないんだ、ということを感じますね。

 

 世間を知ることでいい解釈・適用ができるなら、今の裁判官は閉鎖的で最も世間からかけ離れた人に思えるのですが、とツッコミを入れてみました。

 

 裁判官は、あまり友達付き合いをしない人が多いんですね。それは、いろいろ影響や誤解を受けたりするといけないと思うからでしょうね。「裁判官は、弁解せず」という言葉があるけど、判決を出すことが仕事で、それについて、自分なりに説明とか弁解はしないんだということですから、ちょっと、世間から離れた存在という感じはしますね。しかし、それではやっぱり困るんで、普通の社会人としての生活の中で裁判をやっていって欲しいと思いますね。《以下、省略》

 

 

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本文【第六章】の「リストラからの始まり」前半部分をご紹介いたします。

 

 

 私は会社をリストラされたことで、一九九三年一二月九日に有限会社ヌース出版を設立しま した。資本金は三百万円で、社員は私一人だけです。弊社を設立した年はバブルが弾けてリス トラが頻繁に行なわれた時期でした。リストラされた会社は、バブル期には儲かっていた編集プロダクションでした。3Kと言われていた出版業界の編集制作会社ではありますが、それ程、給料は悪くなかった。主な仕事は月刊誌と季刊誌の編集で、その他に予備校の機関誌や書籍の編集などがありました。私がリストラされる半年くらい前に、主な仕事だった月刊誌と季刊誌の休刊が立て続けに発表され、社員同士でこの会社も危ないという憶測が飛び交いました。憶測通り、その秋口には四名のリストラが言い渡され、私もその中に入ってしまったのです。私にとっては、雑誌の編集という仕事がとても面白くなっていた時期でした。特に、月刊誌の取材で学者や評論家や芸能人などの著名人に会って話を聞くことが好きでした。仕事にやり甲斐というものが感じられ、この道でやっていけるという自信も出始めていました。

 そんなころ、仕事の途中にサボって立ち寄った書店で手に取った本が、鷲田小彌太先生の書かれた『哲学がわかる事典』(日本実業出版社)でした。その書店は、後に『ロゴスドン』を直で販売してくれることになる芳林堂書店・高田馬場店です。私の心の片隅に潜んでいた「哲学」というものに、その時の私の感情が敏感に反応して、鷲田先生の本のタイトルに目がとまったのだと思います。しばらく立ち読みしていましたが、「これは買わなければならない!」という衝動にかられて購入しました。その衝動を導いた主な文章は、「記憶魔という秀才たちの時代の終焉」と、「幾何学を知らざるものは入るべからず」でした。この本を読み終えて、何となく哲学が少し分かったような気分になりました。そして、哲学に関わって生きていきたいという思いが芽生えてきました。そして、リストラで会社を退職する二カ月くらい前までには、ヌース出版を設立する意思が固まっていました。この社名に決めたのは正兼のオイサンの魂に導かれたのか、私の哲学への思いが高じたためです。鷲田先生の本を読み終えた後に購入した、『哲学入門 哲学基本事典』(富士書店)に出ていた「ヌース」という用語の解説が最も私の心をとらえました。社名を決めた後は、『初めての人でもすぐわかる有限会社のつくり方』という本を購入し、その本に書かれてある通りに作業を進めていきました。するとリストラされて無職になるはずの私が、一転して出版社の社長になることができたのです。(以下、省略)