『ロゴスドン』Webの連載「「裏日本」文化論」を更新しました。
第44回
〈白山信仰④〉
江戸時代、関東八州の穢多頭であった弾左衛門は、自身の子供の病気平癒を加賀の「白山神」に祈願した。これが関東一帯に白山神社が広まった大きな理由の一つであると言われている。ではなぜ、「八百万の神々」の中で、弾左衛門は「白山神」を選んだのか。児童文学作家で社会運動家の柴田道子(1934~1975年)は、次のように述べている。
白山神は、非常におはらい(悪除け)に強い神さまである。神さまの階級でいうと、上の方である。弾左衛門は、自分の仕事を穢れたものと思っていたかどうかはわからない。しかし世間では不浄な仕事とみなしていたから、職業からくる穢れを清めるために、おはらいに強い白山神を屋敷神として祭ったのかも知れない。権力と財力をほしいままにした弾左衛門――その生活は二千石取りの武士にあたるといわれている――であったが、己れの職業に与えられた精神的いやしめからの解放を、必死で願わずにはいられなかったのであろう。(柴田道子『被差別部落の伝承と生活―信州の部落/古老聞き書き―』三一書房1971年p.23)
柴田は、弾左衛門が、穢れた仕事に対する精神的いやしめからの解放を、お祓いに強い「白山神」に願ったということを強調している。確かにそのような面はあったかもしれないが、お祓いに強い神は「白山神」以外にもたくさんいるはずである。この説は、穢多頭・弾左衛門が「白山神」を選んだ理由としては、少し弱いように思われる。そこで、以下ではまず「白山神」=菊理媛神の「性質」から考えてみたい。
菊理媛神は、イザナギ(この世の者)とイザナミ(あの世の者)を仲裁できる力を持ったシャーマンであった(第38回〈菊理媛神〉参照)。つまり、聖と俗とをつなぐ媒介者だったのである。被差別の民の元来の仕事は、神社の祭礼を先導して穢れを祓い、祭場を清めることであった。極めて神の世界の近くに居た彼らの中には、シャーマン的な能力を持つ者も多くいた。「白山相人」などは、その良い例であろう(第43回「白山信仰③参照」)。そのような人々が、菊理媛神に強いシンパシーを感じていたと考えても不思議ではない。シャーマンであるイタコが口寄せを行う際に白山明神の名を唱えること、「お大事」と呼ばれる筒の中に「白山姫命」と書かれた紙を入れていることなども、彼女らが、自身の能力を菊理媛神から引き継いだものであることを理解していたからではないだろうか。つまり、この世とあの世とをつなぐ人々にとって、菊理媛神、すなわち「白山神」は、自分たちのルーツに関係する最も身近な神だったのである。
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