もう一冊買った本。
『 東京の戦争』
吉村昭著 ちくま文庫
500円
2005年第一刷発行
六十数年前、日本は米国との戦争の果てに、国土の多くが焦土に変し、全ての人的、物的財産を失って敗れた。
著者は当時の回想を、走馬燈の淡い影絵を見せるように描いてゆく。
戦争は醜く人間の心を変えてしまうが、その中で衿を正しながら職務を果たす人々もいる。
平和とは戦争の一形態に過ぎない。と言われる。しかし、安易に口にし、披露する言葉だろうか。常に戦災地で苦しむ弱者とは、最後まで声なき民ではないのか。
先年新潟中越地震の時、地震や災害は、若い学生や人々には良い経験だ、などメディアを通じてコメントした人々がいた。
今、その真意は問うまい。
我々の過ちとは、現在形に於いても、過去を語るような視点で、物事に補完や修正を加えながら、大切な将来を捉えてしまう事なのだ。
解体するか?
数年前にジャンクとしては割高な千円くらいで入手した、フジ、ティアラix。
レリーズが全く反応しません。他の機能は作動しますが肝心の機能が駄目では仕方ないので解体してレンズを取ろうかと思います。
EBCフジノン24ミリが装備されているので、レンズユニット型ならば転用できるかと考えましたが、まだ躊躇しています。
それは何となくですが、このカメラが解体を嫌がっているように思えるのです。
他の機能は作動しますから、時間がくれば勝手にレンズ収納など動くのです。
このAPSカメラ群は幾つか生産されて話題ななりましたが、不幸な生い立ちでした。
結局はデジタル時代の前に声も上げられず忘れ去られる運命のようです。
俺たちは企業のご都合主義で開発された典型だと、我々に抗議しているのかも知れません。


