食物連鎖の果ては…
この数日、クロマグロの国際取引が報道されています。
環境問題から提起されてマグロ保護かと言えば…どうなんでしょうか。
ウナギやマグロの産卵って見た人いないんですよね。まだ幼魚だって、まともに育てられない。
マグロは回遊魚ですから、当然に餌として他の魚を食べます。特に、魚類が好きな餌がイカらしい。イカは、他の魚や鯨などの海洋ほ乳類から見ても一番美味な餌の一つだと思います。
理屈は、次の理屈を生み出します。
当然、マグロを保護するには餌であるイカや他の魚も保護しなくてはならない…帰結として、全ての魚は保護する貴重生物という捻れた感情の支配を招くのでしょうか。
クマノミを主人公にしたアニメがありましたが、結論として魚を食物とせず、愛する仲間と見る思想に満ちていました。
また、ユダヤ教などの原理では鱗のない魚は食べない…つまり、イカやタコは食べてはならない生物なんですね。
要するに、対立する文化の視点で眺めると異端の民として、世界で位置するマイノリティを自覚しない我々日本人が、野蛮な民族として炙られる結果となる…自然崇拝型の日本型環境論と、進化論型の西洋型環境論の相違がクロマグロや鯨の問題の要因なんですよねぇ。
生命活動の自由
昼間、撮影した川鵜…飛び立つ姿に慌ててレンズを向けたのでボケボケです。
川鵜が流されながら、魚を捕るのを初めて見ましたが、改めて野生の世界というのは、生命活動に収斂するというか…食う事が全てなんですよね。また、生きるという意味では、川鵜や川のぼる鯉に生命活動の自由を感じました。
だからこそ人間は労働のみに生きてはならない…人間には学ぶという高度な能力があるのですから、様々な知識を蓄える活動は権利として与えられ、それを保証する社会こそ健全だ、と私は思います。
もし、生きる保証が自己責任とするならば、人は共同体維持を放棄するか、あるいは権力の奴隷でしか生きられない…。
それは、川鵜や鯉より不自由で惨めかもしれません。


