街角スナップ
私は能や舞台撮影を活動の主柱としていますが、社会性や時代性を意識して舞台撮影に持ち込めない理由からでしょうか。
私は、街を行く人や社会風俗をスナップして捉えるのが好きだと思います。
そのスナップ写真という世界が、先日目撃した盗撮行為と紙一重のように語られるのが残念です…しかし、駅や空港、あるいは街角に設置された監視カメラが犯罪防止として、機関による監視が当然の行使と化した状況下では、見知らぬ者がカメラを向ける事に怒る人が増えたのも、時代の皮肉な流れと感じます。
私もパパラッチと間違われた事も幾度かあって、それは偶然の産物なんですけど…相手からしたら、突然に機材抱えた男性が現れたら…疑いますよね。
一度、公衆トイレで話題の芸能人に出会い頭にバッタリ…私も驚きますが、向こうもビックリでしょう。
カメラ抱えていましたから、トイレを出るとスタッフやらなにやらが私を待ちかまえていました。
『これからはスナップ写真は写真家として命取りになるよ…』と言われた事もありますが、それでも、街角撮影好きですね。
豊かで幸せな風景と都会の孤独…そのコントラストが際だつのが大都市の日常であり…都内で四季の移ろいを探すのも
一興です。
歴史を語るなら
フジテレビのドラマ『我が家の歴史』…見てしまいました。
見てしまった…と言うしか言い訳の仕様がない超長編の超駄作でしたねぇ。
三谷幸喜の作品ならではの台詞も込められてはいましたが、なにぶん…フジサンケイグループの限界というか、昭和を語るには局の器が狭かったですね。
戦前戦後史を一人の女性を通じて俯瞰するドラマ演出は…向田邦子の死後は橋田壽賀子の作品群が知られていますが、その手法に対する皮肉や印象論を台詞や女優の演技に織り込んだところは、見ていて面白かったと思います。
ですが…描いた社会観のスケール小さいんですよ。全体が二番煎じのお茶みたいな展開で…劇中にて、凡人と非凡人の落差を(作家なら一度はぶつかる壁…つまり才能の差ですな…)、そこから、市井の人々の大いなる平凡論を説こうとしたが…主題を『我が家の歴史』にとどめてしまった結果、社会史を俯瞰した風刺精神が欠如した超駄大作になってしまいました。
ですから、主人公達の本当の喜怒哀楽が描かれず…何か後味悪さが残ります。
先年の大河ドラマ『新撰組…』で見せたような群像描写には欠けてしまいました。
三谷幸喜…が叫ぶ声…実は、私も遅筆でネタがない…その煩悶は聞こえてきましたけどね。
昭和なんて、まだ語るには近すぎるんですよ。
撮影行為と盗撮の差。
心の隙間って、人を覆い尽くすように闇に変わるような気がします。
初夏に入り気温が上昇して、女性の服装が薄くなりますが、すると、地下鉄や山手線に現れる盗撮者達…。
先週金曜から、二日連続して都内にて盗撮する男性達を見かけました。ピストルグリップ型の小型ビデオカメラを鞄の小脇に隠し、携帯写メを不自然に扱いながら…若い女性に近づき撮影。
一応、私も撮影仕事を扱うので、電車内や雑踏でも他人が使用するカメラやレンズには、自然嗅覚的に気が付きます。
盗撮に至るまでの経緯には様々な理由があると思いますし、場合によっては撮影行為も理解可能ですが…結果は同じです。
社会現象の映像として、女性をスナップするならば撮影活動を演出して社会的に認知される要素が必要な時代だと思います。


