立ち別れ…2
展示作品の中に一つコーナーがあった。
スケッチや下書きを集めた小さな小部屋風の展示がなされていた。
展示されたスケッチブックの一冊に異色な物が一つあった。絵画やイラストでなく、幾度も清書を重ねた一首の和歌があって、私には馴染みの深い和歌が書かれていたのだ。
百人一首・十六番
『…立ち別れ。稲葉の山の峰に生ふる、まつとし聞かば、今帰りこむ…※注』中納言・行平。
あまりに著名な一首だが、謡曲に親しむ者ならば一度は謡い、あるいは舞った経験のある曲、能『松風』の主旋律とも言うべき歌である。
作家は自らの気持ちを辿るように幾度も清書を繰り返している。溢れた想いを積み上げるように。
一方の私は、能『松風』に描写された行平の歌を噛み締めるように味わい、あるいは稽古や舞台を通じて演じてきたのか…急に自問自答し、自らに疑念が生まれた…『ぁあ、俺はそれほど必死で生きてはいない』
だが、作家の清書には鬼気迫る情感がある。この歌に托する想いとは、どこから発しているのだ。
私に理解出来るものなのだろうか。
私事なのだが、今年年頭から舞いは『船弁慶』のみ稽古してきて、他は舞わない予定でいた。しかし、幾重にも折り重なった清書を眺めているうちに、仕舞『松風』を舞って歌ってみようと思った。
それでも急逝した作家の気持ちを私には何も理解出来ないだろうし、生きている者が行う思い上がりだ。単にきっかけを求めただけに過ぎないとも言える。
もとより、作家が能『松風』も含めて知っていたかは未知だ。だが、能『松風』は歌に託された恋慕を描いた曲だ。何故、この清書を残したのだろう。
今となっては彼岸に渡った彼女の想いだけを偲ぶしかない。私は少し不思議な縁を感じながら、夕方の暮れに沈み行く出雲大社を後にして、山を下った。全く人の気配がない無人駅のホーム端に立って、先程の一首を歌ってみた。
…人は、それぞれに孤独なものだが、彼女には『いつでも呼ばれたら、どこへでも会いに行きたい人がいた…』それで良いのかも知れない。
※別れて因幡に行っても、その山に生える松(私を待つ)と聞けば、すぐに帰ってきます…新国語要覧・大修館書店
立ち別れ
櫻井りえこ・絶筆『貉』
先日、少し時間が貰えたので県内にある神社まで参拝に出掛けた。
茨城・常陸国出雲大社。最寄りは水戸線福原駅だ。今回の目的は出雲分社境内にあるギャラリーを見るのが目的だった。
追悼企画『櫻井りえこ展』ギャラリー桜林。
作家についての知識は皆無に近かった。
2011年に茨城近代美術館『輝く女たち』で作品に初めて触れただけだ。
その作家が昨年に若くして逝去、他界した事さえ私には大きな興味ではなかった。
どちらかと言えば、出雲社に参拝するための口実だったかも知れない。
常陸国出雲大社は福原駅から少しばかり歩いた山の中腹にある。私は参拝を済ませ、境内のギャラリーに行く。
ギャラリーに入るなり、すぐに私の目を引く作品、強く訴えてくる一点があった。
絶筆の『貉』である。女性の肉体が変化しようとしている姿があった。若い生命が妖怪として永遠に生き続けようと願っているようにも見えたし、生命が尽きようとする我が身の中に、むしろ生命感に溢れた肉体美を賛美し、主張しているように見えた。
男性は、死後を他人の記憶や回想に生きようとするが、おそらく女性は違う。
いかなる手段であっても、自分の生きる形跡や爪痕を残す。それは遺伝子であったり、鮮烈な言葉であったりする。記憶など曖昧な媒体には頼らない。いくら愛していても、思い出して貰わねば無意味ではないか。ゆえに女性は他人に依拠する事が少ない。
作品『貉』は、作者の肉体であったと思う。
我と我が身を絵画に託して後世に生きて行こう…としたに違いない。
だが…もう一つ。
私の興味を強く引き付けた『物』があった。



