扇子は末永く使う
何故、扇子について触れたか。
そんな古道具の扇子が有り難いものか…と思う方もいるはずだ。
学生時代、扇はかなり高額な物だった。それは社会人になった今でも変わりなく高価な道具なのだ。
だから、大切に扱うし、ボロボロになるまで使う…私も両端の紙が切れ、張り合わせて…また貼る。その繰り返しで使い続けるのが、道具に対する礼儀であると思う。
そういう訳で、学生能楽サークルなど似たような状況で、扇は擦り切れるまで使うのが当たり前だった。
しかも、舞台用扇ともなると、さらに学生には高価で…たまに骨董屋とか古物市で扇があると、粘りつつ値段交渉などしたものだ。
しかし、使用中に扇の要が割れてしまう事が頻発した。その修理が必要になるが、専門店の修理代も安くはない。先輩方も様々に試していたようだったが、どれも上手くゆかず、どの大学のサークルにも要のない扇が転がっていた。
そんな時、私に閃きが降りてきて、修理法を思いついたのだ。
それはボールペンの芯を適当に切って要の穴に差し込み、両端をライターで炙って丸く溶かして出来上がり…。
これは、瞬く間に各弟子を通じて。玄人世界まで広まったようで、おそらく私が最初の発案者だと思う。
ボールペンの芯は柔らかい樹脂で出来ていて、力が加わる要には最適だった。
今でも、ボールペン修理法は有効なようで、少しうれしい。
扇子
左が梅若会様式の松と松葉、右が観世会様式の観世水…骨の透かし彫刻に違いがある。しかし、現在も相違があるのかは不明。
足袋、襟止め…と続いたら、次は扇子である。
この辺りから、総じて次第に『お道具自慢』になりがちである。
写メは、山口直知演能五十年記念 と記された銀地に白菊の舞扇。
十年以上前、飯田橋の骨董市で見つけた、言い値は…何と『百円』だった。
しかも、戦中戦後の隠れた名手として名高い山口直知の記念扇だ。
故山口師の舞台を、私は直接みた経験ないのだが、幾多の能評家や能楽師の芸談でも人間性も含めて、とても愛された方らしい。
私は心の喜びを隠しながら、一枚の百円玉を投げつけるように市の主人に手渡すと、その場から逃げるように立ち去った。
この扇、しばらくはサークル備品として使用されていて、貴重な舞台用扇であったが、さすがに古びてしまい、私の手元に戻ってきた。
舞台に使うには痛みもあるので、たまに師範稽古に用いている。




