HOODのブログ -410ページ目

逝く夏

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夕方、ようやく蝉時雨を聞くようになった。一人、夕涼みをしながら農地に続く小道を歩いていた。

毎年の八月、私は『原爆投下日』当日だけは、特に意識して言及した内容を日記やブログへ書き込んできた。

だが、今年は文章を考えて述べようとする事と、皮膚感覚的に言葉が発せられる差が私の中であまりに大きい。
拭いされない恐怖と叫び、明日への諦観と虚脱。

明日を信じるゆえに今は怒るべきか、無力を自覚し沈黙すべきなのか。あるいは希望への脱出か…。
私は、自らの自己欺瞞と二律背反に精神が痛む。

アクシデント

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昨日の舞台撮影前、カメラの作動点検。

作動せず、表示はエラー…。

『えっ…汗』

でも、バッテリーはビンビンだせ♪

何かカメラ本体の異常らしいが…。


時計は、演能開始約二時間前…選択枝は二つ。
撮影を諦めて、ごめんなさい…するか。あるいは、急遽カメラを買う。

もちろん答えは後者だが…能楽堂を飛び出し、撮影前の一時間を綱渡り状態で都内のカメラ店に駆け込む。
何しろ、もし余震が来れば地下鉄や電車は止まり、他の機材を残したままの能楽堂には戻れず…そういうリスクを背後に負う状態。

汗だくになって急ぐ私。

ついていたのか、運が悪いのか。急ぎ能楽堂に返して、無事に帰還した。

ともかく撮影は終了。
いずれの撮影であっても、現場にはカメラ二台は必ず必携、そんな先人の言葉を思い出す。

写メは『般若』の裏側。

般若の面

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本日の能『葵上』後場に使用された『般若』面。

浅学なため能面に対する知識は大して持ち合わせず、見た時の感覚で『好きな面』的に眺めていたりする。

私は目の前にある能面が、良い面か否かは、その面を用いるシテの器量が深く関わっていると思う。
面は人が顔と一体化させて、初めて真価を発揮している演劇的な『意匠』であるからだ。

多少、見る位置を変えたり上下に動かしても、その能面の何たるかは理解しにくい。

力のある能面ほど、容易には写真に写らない、手強い相手だと撮影する立場からは感じる。
舞台撮影や面の撮影にて、能面から幾度も跳ね返される無言の拒否を言われたような感覚があるからだ。

まだまだ勉強しろ、という事だろう。