アナログ
ブログ書き込み。
あれこれ考えた末に脳内で没。
しかし、それでは無意味だ。
仕事と平行して室内の身辺整理を久しぶりにした。
机横に置きっぱなしになっていたカメラ。
ミノルタX7。
宮崎美子が主演したコマーシャルで一躍有名になった機種…宮崎美子は芸能人として活躍の場を得たが、このカメラはどう評価されたのだろう。
今となっては過去の機材だ。この機種よりも、発売時期が古いニコンFなどが、未だに現役カメラとして時にプロの手で仕事をしているのに対し、可動機を見つけることも困難だからだ。
私の手元にある個体も、撮影作業では必須のファインダー部にプリズム異常がある。致命的な故障ではないのだが、一部ど真ん中が曇った視界では撮影は(楽しくない)。
古いカメラの部品の劣化はミノルタ製品に限った話ではなく、それなのに手元に置いて、時に持ち出して撮影に(スナップだが)使う。
もう一つ、銀色のカメラはオリンパスSP。家族向け普及版カメラと呼ぶには贅沢な構成の機種で、独特の使用感覚が撮影していて歯切れが良い。
故障など他人事みたいに、云わんばかりの見事な日本製工業製品。
そういう製品を生産していた時代の証人でもある。
やがてミノルタカメラは大半の工場を海外へ移転、ついにはソニーにカメラ部門を売却し撤退してしまった。
オリンパスは未だにデジタルカメラ等を開発生産しながら独自の道を歩んでいる。
最近では外国から招いた本社執行部を更迭したニュースが目新しい。
さて、どちらにしてもデジタル時代にはもはや趣味的な存在でしかない。
そこを否定するか、まだ意義を認めて使用してゆくかで写真の答え、手にする結果が変わる。
そのくらいアナログとデジタルの写真には差があるということだ。
猫の会議
とある日。実家最寄り駅付近を歩いてみた。
七、八年前くらいだったか、散歩をしながらスナップ撮影を行っていらいの駅前だ。
駅近くのガレージに一匹の黒猫がいた。この場所が空き地だった頃、私は同じような黒猫を、ここで撮影している。
確かに、あの猫に顔や毛並みは似ているが…猫の寿命とは何年くらいなのだろう。すでに当時、丸々とした猫だったのだから、あの猫とするならば十年は越えて生きている計算になる。
猫は、あの日と同じように物憂げな眼差しで私を見、また目を瞑る。
古来、長寿した猫は妖怪変化し『猫叉』になると云う。こいつも、もうすぐか。
『残念だけど…俺はまだだよ…でも、猫叉になったら人に化けられるから…その時は、お前には俺だとは判らんさ。』
猫には、そういう人語を解するような空気と気配がある。
いや、たぶん本当に解するのだろう。
夜中、真っ暗な農道の端っこに猫が座っている。
道行く私には見えないはずなのに、『おいっ!』と呼ばれたような感覚や気配を感じ、闇に目を凝らすと猫が私を確かに睨んでいる。
少しぞっとしながらも、こちらも近くに座ってやると迷惑そうな顔をしながら目を瞑り横を向く。
そして耳を動かしながら微動だにしない。
よく話題になる『猫の会議』とは、意外とこんなものなのか、とも思う。



