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無名草紙

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昨年末から『無名草紙…むみょうそうし』を読み始めた。

本書は平安末期に書かれた文芸批評とも言えるし、古典作品論として最も最初の一つとも言える。

作者は藤原俊成卿女(藤原俊成の孫にあたる)と考えられている。

とりわけ、源氏物語に関する各登場人物評価が興味深い。
例えば、主題である女性論のサブテキストとして男性論を展開している所見。


特に作者は薫大将を…『すべての物語の中にも、まして現実(うつつ)の中にも、昔も今も、かばかりの人はありがたくこそ』…と理想としている事だ。

薫は、表向きは光源氏の子ではあるが、実は妻である女三の宮と柏木の間に生まれた不倫の子である。
その陰りを漂わせながら、いわば『草食系男子』的な行動規範で原作は薫を描く。

浮舟が男性的な匂宮に見せられ、薫を軽く扱う様を…『女の、せめて色なる心のさま、よからぬゆゑにぞ侍る』…と女が男性の肉体的な魅力にすがるだけの行為を過ちとし、女性関係に積極的な匂宮よりも、女に対して年を経ても誠実であろうとした薫を上位としている。

(作者は、奔放に見えながら実は意志に溢れた朧月夜を『いみじき女』として魅力的と表しているなど、単に肉欲だけに流されない存在を女の理想としているようだ…)

『無名草紙』は学生時代に講義用テキストで入手。
しかし、当時の私は詳細に読む作業は怠っていた…まさに『あさましき』ものなのだ。
今更に時期を失した観は否めないが、読みながらの印象として、私が作者の部屋に招かれ『源氏物語作品論』を受講しているかのような楽しさがある。

村の社巡り 四

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最後、西に位置する『静神社』。

『静神社』は、私の住む地域では著名な神社で、そこの分社である。

掃き清められた境内は、社殿背後の杉の大樹が日差しに映えて美しい。

この神社は最寄り駅に近く、私は散歩途中に参拝する事が多い。

以上、毎年の正月に私の年始詣&祈願巡りを紹介した。

聞くところによれば、神社には幾つかの相性があって反発する神様同士は参拝してはならない…という説がある。

しかし、あらゆる神仏を家庭内の生活に、無意識に取り込む日本人にとって相性など今更の観もある。
『トイレの神様』もいまや立派な神体であろうし…。

こうして、一年無事の祈願して神社巡り行脚はオシマイ。

また来年。

村の社巡り 三

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田舎の田園風景が広がる農道を歩く事30分、北方にある『素鳶神社(しらとび)』

ここに奉られているのはスサノオ尊である。
この神社には、本当の御神体と言うべき、樹齢400年以上という欅の老樹がある。
とにかく圧倒的に深く大きい。
幹の木皮が幾層にも重なり、その長らく営まれた命を教えてくれる。

昭和二十年代頃まではバスを仕立てて人々が祭りに参加したと云う。
喧嘩御輿で、互いにぶつけ合う剛毅な祭りであったようだ。

一月十四日には(どんと焼き)が主催され、子供達が集まって遊ぶ光景が見られる場所なのだ。

また境内を守る狛犬の子狛犬は、とても可愛らしい作品であり、石工のセンスが光る。