HOODのブログ -248ページ目

あっこちゃん

血液型なに?ブログネタ:血液型なに? 参加中

私はB型


私は、まぎれもなくB型である。しかし、血液型など無意味だ…という大前提に話を進める。

私が幼稚園の時だ。何の理由だか、血液型でグループ分けをしたことがあった。その時、いつも遊んでいたユウコちゃんはA型で隣の班へ。

一緒に遊べない悲しさと悔しさ…だって、クラスにはA型とO型ばかりで、B型は男の子には女番長として怖がられていた『あっこちゃん』と私だけの二人だけ。
先生曰く…『このお友だちで、これからしばらく遊びましょう』

あっこちゃんは、やたらに体が大きく喧嘩も強い乱暴な女子(幼稚園では最強最悪な子だったらしい)…ところが、色んな世話をしてくれるあっこちゃん。朝、幼稚園に行くとあっこちゃんが椅子と机を並べて待っていてくれる。一緒にお弁当を食べたり、他の男の子から粘土や積み木を奪取して集めてもらえる。
そう…つまり切り替えの早いのがB型の長所だ…生存率が高いのである。
あっこちゃんは、それまでの男の子苛めを止めて、私と仲良く遊ぶ。私は、ユウコちゃんなど忘れてしまい、いつもあっこちゃんの隣♪
先生方には、あっこちゃんの暴力対策とあり、協調性皆無で自由奔放な私を園内行事に復帰させて、まさに一石二鳥の利。

それから…約十年後、進学した高校で私とあっこちゃんは再開したけど別に進展もせず。特に話もしなかった。
幼い頃からの男女って恥ずかしいものだ。互いの変な処まで知っているし…。しかも、あっこちゃん凄い美人になっていてさ。そこにも気後れしたんだよね…。

世界遺産にすれば良い。

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右足捻挫。階段の下りが一番に辛い。

憂鬱な状態で、ブログ更新も数日空けてしまった。

図書館から数冊ばかり借りてきた。
テーマとしては時事的に重たい話題の本ばかりを選んだ。

そのうちの一冊。
当書は、時期的に国内の左右両勢力対して、かなり挑戦的な見解の内容である。

『尖閣列島』井上清著。1996年初版第三書館
…まさしく某元首相が物議を醸した発言の論を裏付けるような資料展開と実証。

そして、この論拠に反証を繰り出すには、再びの膨大な資料読み込みと時間を要して対応せねばなるまい。時勢に依る感情論や精神文化論では困難であろう…。
この問題に関しては日米の関係者・有識者による公開討議が欲しい、それが読了後の感想。

右派、左派ともに絶対に動かせない矛盾の存在…それが戦後の日米関係の光陰と言えるかも知れない。

私的には、なんとか世界遺産にでも登録して、関係諸国は権利放棄というのが、庶民感覚で考えた落とし処ではあった。

世界遺産へ登録の名目なら、関係するジャパンマネーとチャイナマネーがあれは何とかなるはずだが…。

おそらく残念だか無理であろう。
しかし、紛争になって怪我人や死者が出るよりは良策と思う方は、いないものか…?


蜘蛛の糸

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夜道を歩いていると、顔にモヤっと何かが貼り付く。

ぺタリと絡み付くように幾度となく、道行く中に繰り返される。

歩きながら顔を撫で振り払う。


蜘蛛の糸だ。

どこからか、夜風に糸を流しているのだろう。

彼らは、そうやって糸を流して巣を張る。


聞いた話では、東北地方である種類の蜘蛛は糸を風に乗せて空を飛ぶ…という話を読んだ事がある。

ちょうど凧の要領らしい…。

夜空を蜘蛛が飛んでゆくというのは、不思議な感覚がある。

ふと、hideの『ピンクスパイダー』を脳内再生してみたが、少し違うな。

むしろ、芥川龍之介『蜘蛛の糸』だろう。

一人の極悪人が地獄の血の池に堕ちた。
彼が獄卒達に叩かれながら苦しむ様子を
、極楽浄土の池の淵から釈迦が見ていた。

極悪人は生前、一度だけ蜘蛛を助けた事があった…釈迦は池の蓮葉にいた蜘蛛の糸を地獄へ垂らす。


万人、熟知の話だ。

釈迦にとって、蜘蛛と人の命は共に等しく差はない。
命に差をつけているのは人間社会である。そこに執着とか罪業が生まれる。

釈迦は無二だ…命は等しい。


悪人が昇ろうとした糸は、また彼が人間の執着と傲慢捨てきれず、その重さに『ふつり』…と切れた。