変わらず、暑い、うれしい。
昨日は大学の先輩のお話でした。
私、1990年、高校卒業、大学入学。
大学はお隣佐賀県、佐賀医科大学(現、佐賀大学医学部)入学。
バブルはじける直前、ねるとんとか観ながら、
大学は東京の大学行って、キラキラした都会生活を・・・
物理が好きだったので、高3の夏までは慶應の理工学部志望。
慶應ボーイ、なんかカッコイイ、ミーハーな思想を抱いてました
ところが高3、秋、家庭の事情あり、急遽進路変更、医学部へ
さらに事情あり、浪人不可、とのお達し(両親)。
頑張ってはみましたが、如何せんのこり3-4ヶ月、
都会の医学部に行くだけの学力なく、お隣、佐賀県へ。
キラキラした都会生活が・・・
佐賀、それまで通った事は何度かありましたが、
目的地として行ったのはたぶん受験が始めて。
高2の頃、吉野ヶ里遺跡発掘、ちょっとフィーバー。
「よかったねぇ、これで佐賀も少しは有名になるたい」
人ごとでした。
まさか翌年、自分がそこに住むことになるとは・・・
4月から佐賀に移住、寒い。
長崎、こんなに寒くなかったのに、平野だから?
山がない、坂がない。
大学病院、7階建て、7階に上ると5km先の駅までみえる。
中学生、自転車通学、坊主
長崎、自転車乗れない子も多数、佐賀はみんな(?)
ヘルメットかぶって自転車通学、
ヘルメットを取ると、男の子、坊主、校則?
道路にカメ
田んぼに水をはる時期になると、道路でカメが多数ひかれてる
長崎しか知らなかった私、
いろんなカルチャーショックがありました。
コロナ、ふえてるなぁ。