都会から長崎市の小学校に転校して驚いたこと。
小学3年生の時に父が脱サラした。4年次から千葉市稲毛の小学校から長崎市立山里小学校に転校した。原爆の被害が最も多かった学校だ 。転校して驚いたのは、平和教育の時間が多いこと。約40年前は、被曝体験者から直接話を聞く機会もあった。当時は、なんで何回も同じような話を聞かなきゃいけないのかと思っていた。原爆を落とし多くの人を犠牲にしたのは当時のアメリカだ。アメリカは世界から非難され衰退しただろうか。現実が答えだ。今回のロシアとウクライナの件もニュース報道を鵜呑みにしない視点が必要と僕は思う。そんな視点が持てるのも幼少時代長崎で過ごせたからだ。長崎でも西の端の生月に現在住んでいる。30年近く行っていない山里小学校、平和公園、原爆資料館を久しぶりに訪れたい。若い時とは違う視点で感じることがあると思う。