田舎の跡取り娘 -42ページ目
息子の三者面談で学校へ。
夏休みだってのに駅伝の練習に
意欲的な息子がカッコ良すぎて
思わず写真撮るわけで。
こんな瞬間、今しかないわ。
家では見れない光景に
胸がグッとなるわけで。
家では見れない息子の
生命力に感動して
愛おしくて。
命って
多分、本当に
一瞬なのかもしれない!って
焦りすら感じて。
今目の前に居る息子が
次の瞬間には
大人になってて
子供とか抱っこしてて
いつの間にか
愛する女性の夫になってて
あれ???
このイケメンは
確かに私のお腹の中にいたんだけど
あれ???
このイケメンと過ごした時間は
幻だったのかな?!
なんて。
そんな未来がグラデーションされた
ような瞬間だった。
同時に
感謝が溢れた。
こんなにも愛おしい気持ちに
させてくれた息子に
母親という役目を
与えてくれて、ありがとうね、と
感謝としか言いようがないキモチが
沸き上がった。
私のお腹に宿り、生まれ
それぞれの命を生きている
三人の子供達よ。
本当に、本当に
ありがとうね。
貴方たち
マジでカッコ良くて
可愛い。
それぞれが全うしたい人生を
生き抜いてね!
ありがとう。
#息子
#娘
#ご縁
#感謝
#母親
自分の想いは
勝手に行動になる。
その行動を
否定されたり
拒絶されると
そう受け取る人もいるんだ。と
思って
気にも止めなかった。
やり過ごしてきた、とも言えるのかな。
今朝の空、綺麗だったな。

でも、時々
自分の想いと行動を
否定されて
疑われたとき
あなたの受け取った想いと
私の想い、
とった行動は
違うんだよ。と
わかって欲しい!という
気持ちになる時がある。
何度話を重ねても
そうだったのかもしれないけど
そうは受け取れない。とか
そんなわけない。
逆の立場なら、そう思える?とか
時間を置いても
やっぱり納得いかない。とか
そんな場面に出くわすことも、ある。
わかって欲しい。
受け入れて欲しい。
理解できない。
受け入れがたい。
それによって
相手が嫌な想いをしたなら
嫌な想いをさせて、ごめんね。
でも、私はこんな想いで
あの行動をとったんだよ。
ごめんね。
そう、伝えることしか
出来なかった。
言い訳を聞きたくない。
と、頑なになってしまった相手に
これ以上
何を、どう伝えればいいのだろう。
逆の立場だったなら
私も疑ってしまうだろうし
腹も立てると、思った。
そう思ったことも、伝えた。
自分だったら嫌な想いをすることを
その時、判断出来ずに
行動に移した自分のことも責めた。
なんであんなことしたんだろう。
あんなことさえしなければ
今も良い関係だったのに。
でも
おきてしまったことは
仕方がないから。
私の想いと行動で
嫌な想いをしたのなら
その想いと行動の訳を
正面から伝えることしか
出来ないんだ。
ごめんね。
嫌な想いをさせたこと
許して欲しい。
許してください。
この気持ちが出たときに
少し、涙が流れた。
凄く、
不思議な感覚なんだけど
私から出た想いに
私が揺さぶられた?
そんな感覚だった。
相手に伝えたはずなのに
私が誰かに言われたような感覚。
私は
誰に許して欲しいと願ったのか。
誰に
何を許してくださいと伝えたのか。
少し、困惑した。
私のなかで
なにひとつ誤魔化しのない
真っ直ぐな想いを
正面から伝えても
謝っても
許して欲しいと願っても
届かなかった淋しさなのか?
そうではなくて
なにひとつ誤魔化しのない
真っ直ぐな想いを
なんとか
わかって欲しい、と
嫌な想いをさせて
ごめんね、と
また
良い関係を続けたい、と
私以外の何かに
しがみつき
何かを失ってしまうという
幻想の恐怖に飲み込まれそうだったことを
私自身が、悲しんだ涙だったように
感じた。
誰かに許しを求める在り方に。
誰か主導の生き方に。
誰かに見放されるという
恐怖からの懇願に。
私を
そんな想いにさせてしまって
ごめんね。
これまでの私を
どうか、許して欲しい。
たぶん
私に伝えたかった言葉だったんだろうと
思った。
だから
身体が反応して
涙が流れた。
そんな気がした。
相手が私を
許す、許さない
受け入れる、受け入れないは
相手の事情であって
私には
どうすることも出来ないことだから。
真っ直ぐに
伝えたのなら
私の想いと行動の先は
どうあろうとも
結果でしかない。
この人との関係が終わってしまったら
これを失ってしまったら、と
膨れ上がった幻想の物語を
作りあげ
勝手に怯えて
勝手に嘆いていた意識の中に
いたのかもしれない。
私から流れた
不思議な感覚の涙が
それを教えてくれた気がした。
私は
私のままで生きていい
私は
私のままでしか生きれない
誰の許しも必要ない
許されなければいけないことなど
何もなかった。
自分を誤魔化さずにいるのなら
何が、どうあっても
私の生き方に
罪なことなんて、ない。
安心して、手放し
安心して、抱え込め
私は
あなたの全てを受け入れる。
そんなことが、あったんだ。
お昼寝から起きたら
玄関に綺麗なお花があった。
我が家のお花担当
母がそっと置いてくれたんだろう。
滑り症?とかと言われた
母の腰痛が
私の整体と骨盤を動かすことで
少し改善した!と喜んでいた。
身体がしんどいときは
何もする気持ちになれないし
やりたいことがあっても
動けない。
お花と土いじりをしたくなったのは
身体が楽になったということだね。
整体を学びはじめてから
自分の肉体の造形に興味が湧いた。
関節ひとつとっても
動き方が違って
役割も違う
臓器だってもちろんそうだし
筋肉だって
リンパだって
なんだか
凄いものと一緒に生きていたことを
今更ながらに感動してる。
これが人間の肉体か。
垂れ下がったお尻は
骨盤を締めることで
キャッと上がり
骨盤を締めて立つことで
前のめりだった重心が
真ん中になった感覚で
ここが中心か。
と、静かに感動。
片足に体重をかけて立つことしか
出来なかったのが嘘みたいに
両足で立ててる。
そしてそれがとても楽。
骨盤を締めると
他の部位は
勝手に整う感覚がある。
要は骨盤か!
これには母も絶賛。
肩や背中だけ意識して
猫背を改善しようとしても
駄目だったのに
骨盤意識して締めるようにしたら
綺麗なラインが勝手にできた。
凄いね!肉体!
多分
要を整えると
臓器もあるべき位置に戻って
呼吸も深くなって
詰まってた
あらゆる管もスムーズになって
身体本来の機能が発揮されるのでは??
そんなイメージがつくぐらい
骨盤への意識は大きな変化だ。
骨も筋肉もツボの名前も
さっぱり憶えられないけど❗
でも、身体への感動は止まらない。
私たち人間の造形は
かなり、美しい曲線だね。
それを最大限で
生きていたいと
心から思うようになった。
身体への敬意だ。
素晴らしい。
肉体の美しさ。
素晴らしい。
先日
リフォーム中の人に
家具を譲り受けたの。

以前に
この方の家の写真を見せてもらった時に
上のサイドボードが写ってたのね。
その時は特に
何も思わなかったけど
リフォームしてると聞いた時に
家具も入れ替えるの?
と聞いたら
全部棄てる予定、と。
ふと、写真でみた
サイドボードが浮上して
それも棄てるの?
棄てるなら欲しい!
の流れで譲っていただいた
という経緯があったの。
運んでくれた時に
テーブルと椅子も使うならどうぞ。
と、 置いていってくれて。
何を思ったかというと
私の脳内は
常に何かを考えてて
いつか、こんな風にしたいとか
理想はこうなんだよな、とか
その
常に考えてることに
突然ヒットする時があるよねってことを
思うわけで。
この
突然のヒットというものが
誰しもに備わっているのが
人間の素晴らしい機能のひとつで。
どこか
今の世の中
情報量の多さに困惑している事柄が
多い気がするんだけど
人間くらい
情報処理能力が
高度で精密な生態系は
ないんじゃないかな。
困惑するほどの情報量の中から
瞬時にヒットを掴み取り能力。
情報に疲れたというのは
自分の理想像が曖昧なだけのこと。
自分の理想像が鮮明であればあるほど
瞬時のヒットは常時展開されているんだ。
だから
取り組むべきことは
自分の理想像を描くことだと
思ったの。
だから
どれだけの情報量があっても
取り込みたいだけ
取り込めばいいし
何かに焦りを感じる故に
情報を貪っていたとしても
おいしい想いをしたいがために
損をしたくないために
得したいために
どんな動機からの
情報収集であっても
欲するままに
取りにいけばいいと思う。
だって。
私たちには
瞬時のヒット能力が備わっているから。
あれも知ってる
これも知ってる
見たことある
どこかで聞いたことある
それ体験した!
コンピューターがショートしたかのように
世の中は情報と知識の競いあいのようにも
私には見えていて。
知り得ては忘れを繰り返す。
それでも
自分の理想像さえあれば
瞬時のヒットは間違いなくて。
だから
安心して忘れていい。
安心して
情報にまみれていい。
自分にヒットする情報は
どんなに過去のものでも
ギュイン!と浮上するし
なぜかわからないけど
ちゃんと選びとってる仕組みだ。
物忘れなんて怖くないし
忘れる機能があるから
何度も同じ経験できるし
新たな挑戦もできる。
思いきって物忘れしていこうと
思えた出来事でした

今日は
母を乗せて
母のお姉さんのお宅に
いくつになっても
兄弟姉妹っていいですね

いつも若々しくて
お肌もピカピカ✨
姿勢も良くて
60才で車の免許を取り
83才で新車を買って
本当にパワフル!
そんな叔母さんが
肩ががあがらなくなり
病院では四十肩といわれたそうで。
早速、習いたての整体を
体験してもらいました

そしたらビックリ!
叔母さんの身体の柔らかいことっ

背中まで
余裕で腕は回るし
股関節もグルグル回るし!
と聞くと
毎日のストレッチと
骨盤緩める体操をしてるんだって✨
丁度、叔母さんの家に向かう
車のなかで
宮城県は肥満率が
日本でワースト1なんだって、
という話を母が言ってて。
それって、10年位前に
私も聞いた話だよ?
未だに???みたいな。
何でかね?
食事?
運動?
なんて。
でもさ
食事も運動もあるかもしれないけど
肥満も
身体の維持も
各々の意識
なのではないかね?
同じものを食べても
同じ運動をしても
違いが出るのは
その人の意識が違うんじゃない??
歩くにしても
座るにしても
声を出すにしても
表情ひとつにしても。
私さ
声が低くてね。
同じ返事にしても
同じ言葉を放っても
怒ってる?とか
疲れてる?とか
楽しい?とか
よく聞かれてて。
あるときから
ちょっと意識して
トーンを上げてきたの。
そうしてて気付いたのが
トーン上げると
表情のトーンも比例してあがること。
出来ないことはないけど
明るい表情で
低い声は出にくいこと。
声の性質はそれぞれだから
あくまで、自分の基準の高低差ね。
そうすると
胸の辺りにゆとりが出る感覚で
呼吸が深くなるな~。と感じ
呼吸が深くなると
なんていうか
普段の自分よりも
おおらかな自分が
そこに存在してることに気付いたの。
まぁ、これは
私のひとつの気付きとして
例えなんだけど。
こんな感じで
歩くときも
股関節から歩くように大股で、とか
座るときも
仙骨?骨盤?立てるように座る、とか
口角とか
目の開きとか
これはメイクの意識からも
私は大きく影響されてるなぁ。
つまりさ
単純に
綺麗になりたいし
綺麗でいたいのよ。
生まれもった
自分の素材で
最大限に
美を追求する。
その、意識なんだと思う。
自分の思う美しさを
貪欲に求め、意識する人々。
そんな人たちが
若々しく
艶っぽく
可愛らしくて
パワフルな
そんな輝きを放っているし
身体にダイレクトに
反映されてくるんじゃないかな

それだけじゃないと思うけど
それもひとつ、ありそうだな

そんな事を感じた
一時でした

それとさ
自分が自分に
綺麗だなぁ~✨と
感じてくると
イライラする頻度が
かなり減る。
わけのわからない
自己否定も、減る。
当然
他人のことも
凄く良い意味で
どうでもよくなる。
他人への過剰な
否定も
期待も、減る。
綺麗でありたい欲は
平和しか生まない。
素敵

そんなこと書いてるうちに
美味しそうなご飯が


