先日

リフォーム中の人に

家具を譲り受けたの。






以前に
この方の家の写真を見せてもらった時に
上のサイドボードが写ってたのね。

その時は特に
何も思わなかったけど

リフォームしてると聞いた時に
家具も入れ替えるの?
と聞いたら
全部棄てる予定、と。


ふと、写真でみた
サイドボードが浮上して
それも棄てるの?
棄てるなら欲しい!

の流れで譲っていただいた
という経緯があったの。


運んでくれた時に
テーブルと椅子も使うならどうぞ。
と、 置いていってくれて。


何を思ったかというと

私の脳内は
常に何かを考えてて

いつか、こんな風にしたいとか
理想はこうなんだよな、とか

その
常に考えてることに
突然ヒットする時があるよねってことを
思うわけで。


この
突然のヒットというものが
誰しもに備わっているのが
人間の素晴らしい機能のひとつで。


どこか
今の世の中

情報量の多さに困惑している事柄が
多い気がするんだけど

人間くらい
情報処理能力が
高度で精密な生態系は
ないんじゃないかな。

困惑するほどの情報量の中から
瞬時にヒットを掴み取り能力。


情報に疲れたというのは
自分の理想像が曖昧なだけのこと。


自分の理想像が鮮明であればあるほど
瞬時のヒットは常時展開されているんだ。

だから
取り組むべきことは

自分の理想像を描くことだと
思ったの。


だから

どれだけの情報量があっても
取り込みたいだけ
取り込めばいいし

何かに焦りを感じる故に
情報を貪っていたとしても

おいしい想いをしたいがために

損をしたくないために

得したいために

どんな動機からの
情報収集であっても
欲するままに
取りにいけばいいと思う。


だって。

私たちには
瞬時のヒット能力が備わっているから。


あれも知ってる
これも知ってる
見たことある
どこかで聞いたことある
それ体験した!

コンピューターがショートしたかのように
世の中は情報と知識の競いあいのようにも
私には見えていて。

知り得ては忘れを繰り返す。

それでも

自分の理想像さえあれば
瞬時のヒットは間違いなくて。


だから
安心して忘れていい。

安心して
情報にまみれていい。

自分にヒットする情報は
どんなに過去のものでも
ギュイン!と浮上するし

なぜかわからないけど
ちゃんと選びとってる仕組みだ。


物忘れなんて怖くないし
忘れる機能があるから
何度も同じ経験できるし
新たな挑戦もできる。
 

思いきって物忘れしていこうと
思えた出来事でしたニコニコ