ティーンズドリプラのPRに行った息子の中学校で、久々に教頭と積もる話で盛り上がっていたところに、ジャージを着た初老の男性が現れました。

「校長先生、こちら以前隣の小学校でPTA会長やってた稲葉さんです」

「あぁ、噂は聞いてますよ。はじめまして、校長の福田です」


先生 その480


昨年お世話になった校長先生が退官され、市内の小学校から転任されてきた新しい校長先生。

教育委員会で指導主事をされた経歴を持っていると聞いていたので、厳しい方なのかなと思いきや、常にニコニコと笑顔を絶やさない温厚そうな方です。

教頭先生から、ボクが訪ねてきた趣旨を説明すると、目を通しながら関心をもっていただけました。


もうひとつ、案内させていただいたのが、水戸で開催される鬼丸昌也さんの講演会 のお話でした。

実は昨年、教頭先生のところを訪ねた時 も、鬼丸さん の話をさせていただき、「彼を招いて、生徒と親と先生方で一緒に話を聴く機会を作ってほしい」というお願いをしてきたのです。

僕なりの根回しとして、鬼丸さんを題材にした漫画を、職員室で回し読みしていただき、先生方にも関心を持ってもらうことができました。

ダメ押しを兼ねての今回のお誘い。日程的にはギリギリでしょうが、これも実現に一歩近づきそうです。


ティードリのことも、鬼丸さんのことも、上手には伝えられなかったけれど、お二人とも大変聴き上手だったおかげで、前向きに考えてくれました。

ちなみに校長先生の奥さんは、ボクが中1の時に国語を担当していただいたご縁があったのです。


「実はボク、校長先生の奥様に、中学校時代にお世話になっているんですよ」


「えぇ、やっぱりそうだったの? 

このあたりの保護者は、うちのかあちゃんの教え子が多いみたいなんだよねぇ。まいったなぁあせる


そんな突破口から、様々な繋がりを持っていたことが分かってきました。


・校長先生は、ボクの中学校の先輩だった


・うちの菩提寺の住職は、校長先生の中学、高校時代の同級生


・ボクの中学時代の数学の先生は、校長先生の恩師でもあった


・もう一人の兄貴分、小学校で教務主任を務めるこーちゃんも、校長先生の教え子だった


地元出身の先生なので、ご縁が繋がりが多く、初対面なのに大盛り上がりしちゃいました。


昨年度は、「PTA役員にスカウトされるのではないか?」という警戒心がはたらき、ボクのほうが学校の先生方や現役の役員さんと距離を置いていましたあせる

でも、「やっぱりボクは学校の先生方と仲良くなるのが楽しいんだな」ということを、改めて感じます。

自分にとっての快のポイントを知ることができたこと、それが一番の収穫かもしれません。

「夢に挑戦する大人に、子供は心を奪われる」

ドリームプランプレゼンテーション の開催概要の冒頭に書かれている言葉です。

そんな心を奪われた子供たちのドリプラ が、今年初開催されます!!

ボクのブログでも紹介したえみちゃんや、ドリプラな仲間たちの娘さんたちもプレゼンターとして壇上に立つので、これは応援に行かないとね。


先生 その479


Teen's ドリプラの話を聴いたのは、昨年の暮れのこと。

ドリプラ世界大会の会場で、ドリプラ2009のプレゼンテーターでもあるクミちゃんこと、佐藤久美子 さんからのお誘いでした。


「息子さん、中学生って言ってたよね。だったらエントリーさせちゃおうよ」


実は彼女とお会いするのは、まだ2度目だったのですが、気さくに話しかけられた勢いで、「はい、彼に話をしてみます」と答えていました。

(まぁ、結局はエントリーしなかったんですけどね)


元小学校の先生であり、現在はプレイバックシアターを学校教育に取り入れるための活動をされているクミちゃんなので、ティードリへの想いは格別なのでしょう。

先日もティードリに向けての熱い思いの詰まったメールが送られてきました。


実は震災直後から、シゴトも私生活もバタバタとしていて、若干ノンフローな状態が続き、ティードリのことはすっかり頭から抜けていたのです。

様々なイベントが中止されている中で、この時期にティードリを開催する意味を読んでいるうちに、「中学生の子を持つ親として、何か応援したい」という気になっちゃったんですね。


ただボクは、先生方にとっては一保護者でしかありません。

管理職の先生方にとっては、「保護者からの面会の申し出=警戒」という図式が一般的ですから、受け入れてもらえるかどうか・・・

でも、これは天が与えてくれた使命かもしれない。まずは二歩踏み出さなきゃ!!

そう思い立って、ボクの兄貴分でもある中学校の教頭のもとを訪ねてきました。


ドリプラ2009のDVDから、メイキングの映像をプレゼンテーションして、

「これの子供バージョンを、ボクの仲間が開催するんです。チラシを配ってもいいでしょうか?」と尋ねると、快諾してくれるだけでなく、ドリプラに興味を示してくれました。

さすが兄貴、話がわかるなぁ!!


そんな話をしているところに、ジャージ姿の初老の男性が入ってきました。

「いやぁ、子供たちと一緒に動くと楽しいねぇ」

・・・さぁ、この人だれ?


(続く)

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去年お世話になった、二男の担任のアヤ先生から届いた、素敵なプレゼント。
かなり美少年に描いてもらっちゃいました!!

震災から一カ月がたち、運輸維新会(杉本竜彦会頭)の一員として、遅ればせながら我が稲葉運送も、被災地支援活動に参加させていただくことになりました。

まずは千葉の営業所からの支援物資輸送と、本社と千葉から2t車を使っての避難所への配達。

会頭と、ダッチョさんこと飯田社長の胸を借りて、5人の優者が現地でがんばってくれました。


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-


先生 その478


「で、いなばっちは何しているの?」という疑問が出てくるのは、ごもっとも。

本来ならボクも現地に行って、お役立ちさせていただきたかったのですが、茨城の本社で新入社員さんの受入と、ようやく復興の目処が立ちそうな荷主様との打ち合わせ等々に一生懸命向き合ってます。


今回の震災は、僕らの会社にとって最大の危機ともいえる状態になりました。

まずは燃料の問題。震災直後に、インタンクへの補給をオーダーしましたが、やっと入ってきたのは二週間が経ってからのこと。

近所のGSでも在庫切れが続き、薄氷を踏むような日々が続きました。


そして、本業の流れも大きく変わってしまいました。

メイン商品ともいえるシステムキッチンを製造する工場が、福島県のいわき市に集中しているため、震災以降出荷ができなくなっていたのです。

取り扱う物量の約8割のシェアですから、当然売上と稼働に大きな影響が出てきました。


それでも、この時期だから気づけた話もあります。

ボクが親しくさせてもらっている荷主の営業マンさんは、折角頂いたオーダーをキャンセルしていただくために、お客様のもとに謝罪に回られていました。

工期の都合上、やむを得ず他メーカーで代替品を手配されるお客さんもいらっしゃったようですが、こんな温かい言葉で答えてくれたお客さまも、大勢いらっしゃったようです。


「とりあえずキャンセルするけど、復興したらすぐに受注するから頑張れよ」


僕らの運んでいる商品は、これほどまでに愛されているんだ!!

40数年続いた歴史の中で、最大の危機かもしれないけど、自分たちのシゴトに誇りをもてるきっかけをいただきました。

僕らの願いも通じて、生産活動の再開計画も決まったようです。

出荷再開の日には、今まで以上に商品に感謝して、お客様のもとに運びたいですね。

この5年間の間に、ボクらの会社を退職された人は約30名。

見習い期間中の不適格者から定年退職まで、その理由は様々ですが、円満退職している人が比較的多い方だと思います。

そして円満に退職した人は、また再びご縁が繋がる機会が、必然的に多くなってきます。


先生 その477


言を担いで「2011年1月11日を仕事始めにさせてください」と言って入社した古谷君が、ちょうど三カ月で退職していきました。


「前に勤めていた会社が、震災の影響で人手が足りないみたいなんで、そこに戻りたいんです」


普段は飄々として、くだらないギャグを飛ばしてくる彼が、いつになく真剣に想いを語ってくれました。

残念なことですが、震災後の影響で僕らの会社の受注量がダウンした影響もあって、彼は生活を維持するために、悩んだ末に出した正直な結論でした。

そんな彼が退職届を出したのは、実は2度目だったのです。


最初にぼくらの会社に入社した頃は、芸能プロダクションに所属する役者でした。

Vシネマやドラマにも、ちょい役で出演していたのですが、「本業は役者」といいつつ、99%くらいはうちに出勤していたんじゃないかな?


最初に退職してから復職するまでの間、彼がやっていたシゴトは、鉄道工事に使う車両の陸送でした。

季節波動が多く、シゴトの量が減って収入減になってきたために、僕らの会社への転職を決意したのですが、皮肉なことに今回の震災で、鉄道の復旧工事が急務となったため、人手がかなり不足してしまったようです。


みんなの前ではおどけながらも、しっかりと丁寧なシゴトをするので、同僚にもお客様にも人気のあるドライバーなだけに、とても残念です。

でも、シゴトに求める優先順位が違う以上は、これ以上引き止めてもお互いの為にはなりません。

辞めるにあたって、一つだけ条件をつけながら、今回も気持ちよく見送ることにしました。


「どうせなら、被災地に行く任務を志願して、被災地の方に喜んでもらうんだよ」


まずは電車の復旧を待つ人のために、勇者となって活躍できることを祈ってます。

そして彼が魅力を感じて、戻ってきたくなるような会社に成長していきます。