7月のチャリティードリプラと、11月のいばらきドリプラの会場打ち合わせ。
リゾート気分に浸れる、ティーラウンジですねぇ



「がんばっぺ茨城」フェアも開催中です!!
水戸プラザホテル、ないす!!





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ボクの両親も、おゆきちゃんの両親も、お陰さまで健在です。

生まれたばかりの娘を抱っこしながら、母がこんなことをつぶやきました。


「この子が成人するまで、わたし元気でいられるかなぁ」


「・・・。それを目標にして、生きたらいいじゃん」


答えにくい質問しないでくれよぉあせる

事実、おふくろには、親父よりも一日でも長く生きていて欲しいと願っています。

おふくろに先立たれた親父の姿は、想像するだけで辛いですから。


先生 その542


尊敬する先輩の一人、星野修さんの今朝のメルマガは、非常に心に響きました。

自由民主党の谷垣総裁の奥様が、亡くなられたときのお話です。


-以下転載-


自民党総裁・谷垣氏は613日、30年連れ添った妻の佳子さんを亡くしました。


66歳でした。


弁護士の谷垣氏は東大法学部卒。


早大出身の佳子さんとは、司法試験の勉強の仲間でした。


卒業後7年かけて合格した際、不合格だった佳子さんに


「僕のところに就職しないか?」


とプロポーズしました。


柔和で控えめだった佳子さんでしたが、


谷垣氏の学生時代の友人から


「批判精神のある才媛」といい、


谷垣氏に


「気迫が足りない」


と発破をかけることもあった。


休日には趣味の自転車で遠出するおしどり夫婦で、2女をもうけました。


だが、佳子さんは5年ほど前に乳がんを患い、闘病中だった。


佳子さんの病状が悪化したのは、自民党が提出した内閣不信任案が否決された今月2日。


以来、谷垣氏は入院先の病院近くに泊まって看病を続けました。


「亡くなってみると、女房には苦労かけたなぁ」


佳子さんが亡くなった直後、谷垣さんは電話で衛藤・衆員副議長に、しみじみと語ったという。


16日の議会では緊張の面持ちを崩さなかった谷垣氏だが、終了後・・・


同僚の議員から励ましの言葉をかけられると、目を潤ませ、言葉を詰まらせました。


ボクは政治評論家ではありませんが、民主党の政権になってから感じるのは、いい悪いを別にして、自民党の議員さんたちのほうが、政治家としての気骨があるように感じます。

あの日本中が複雑に「う~ん・・・」となってしまった、内閣不信任決議。

日本より自分を優先する内閣の在り方に、ボクは戦後最大のガッカリを感じます。


それはさておき、谷垣さんの奥様に対する愛情の深さは、立派でした。

内閣不信任決議の時も、その後の国会でも、一つも不安な気持ちを見せず、職務を全うされました。


「女房には苦労かけたなぁ」


でもきっと、谷垣さんは奥様に日ごろから、感謝の言葉をかけていたんじゃないかな?

ボクもおゆきちゃんには、苦労させっぱなしですが、「苦労をさせないように生きる」ことは無理です。

苦労させても、その苦労に感謝できる自分で在りたいです。





















話は長女の生まれた日にさかのぼります。

病院から家に着いて、車を停めた途端に、山崎クンから電話がかかってきました。

「専務、娘さんの誕生おめでとうございますクラッカー


先生 その541


・・・なんてサプライズがあるわけではなく、深刻な相談の電話でした。


ドライバーの一人が朝一で納品に行った現場から、クレームが入ったようです。

まずは当事者に聴いてみることにして、玄関に上がったと同時に、長男がボクを呼びます。


「お父ちゃん、会社の人から電話だよ!!」


「ただいま」を言う間もなく電話に出ると、リーダーの一人、マコちゃんからの電話でした。

彼は、ボクに報告しようと何度も電話をしていたようです。

話を聴いて察するに、お客様が、うちのドライバーのことで、近所の方からとばっちりを受けているという解決難易度の高そうなクレーム。

これはもう、ボクの出番です!!


段取りを一通り済ませて、現場に向かおうとすると、今度は当事者のKクンから電話がかかってきました。

彼の報告を受けながら感じるのは、どうも話が大げさになりすぎているようです。

お客様は、「忙しいのに、わざわざ戻らせちゃってすみません」と恐縮していたとか・・・。

ただ、事実は現場に行って、この目で確かめなければなりません。


現場に行って、荷受の工事業者さんとお話をしたところ、「近所の方を怒らせてしまった」という話を聴いて、二人ともビックリしていました。

どうやら、報告を受けた荷主の担当者が、勘違いをしてしまったようです。


「それで、わざわざ専務が来てくれたの?」


難易度が高いと思われたクレームは、ボクが現場に行くまでに解決しちゃっていましたあせる


ボクが現場に行く行為は、結果として無駄なようにも感じるかもしれません。

でも、「最悪の事態を想定しながら最善を尽くす」ことが、ボクのクレーム処理の携え方です。

今回も報告を受けることながなければ、彼らが自主的に行動してくれたことに対して、ボクは感謝できなかったでしょう。


K君の自主性、マコちゃん、山崎クンの責任感の成長に、嬉しくなってしまいました。

でも一番の気づきは、ここかもしれません。


子供が生まれて高ぶっていた気持ちを、冷静にさせてくれたこと

自分にとって特別な日でも、きちんと働いてくれる従業員さんに対する感謝の気持ちを忘れないこと


お陰さまで、また一つ成長することができちゃいました!!

でも、お互いに、もっと細かなところに配慮したシゴトをしようねあせる>従業員のみんな

この日は、長男は部活の練習、二男、長女は、YMCAのレクレーションに参加する日だった。

ボクも急遽シゴトが入り、夕方になって、全員揃っての面会が実現した。

特に今まで末っ子で育ってきた長女にとって、「お姉ちゃんになりたい!!」という、大きな夢が叶った日。

みんな嬉しそうに、妹の誕生を祝福してくれる。


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-


先生 その540


家族の次に、二女が誕生したことを報告しなければならない方がいる。

泰久、昌弘、恭子の名前を考えて下さった先生だ。

うちの両親から引き継いでいる貴重な人脈の一人であり、経営や家族の問題を、九星気学や陰陽五行にあてはめて、理に沿ったご指導をしてくださっている。

現在お世話になっている賀川先生の実のお父さんであり、師匠でもある。


毎回、先生にご報告するのは、生まれた日付と時間と性別だけ。

「どんな人になってほしい」という、親の願いは伝えない。

生まれた時間から鑑定をしていただき、その子が持っている宿命を生かし、僕ら家族の願いを察してくださったかのような名前を付けて下さるのだ。


月曜日の夜、先生から新しい名前の候補を告げていただいた。


「悌子(ともこ)」

ちょっと読みづらい名前だし、本人も学校に上がってから自分の名前を書くのに苦労するかもしれない。

それでも、響きが柔らかいし、「悌」という字の重厚感が、ものすごく気に入ってしまった。

先生が熟慮の上考えて下さった名前に、返事は「ありがとうございます」しかない。


「悌」

・古代中国の思想に出てくる八つの徳目の一つ

「仁・義・礼・智・忠・孝・信・悌」

・目上の人に穏やかに従う心

・兄弟姉妹の絆、結びつき


調べると、こんな様々な意味が出てくる。


「兄弟の絆を繋ぎとめる運命を持って生まれたきたお子さんだよ」


「命名」とは名前に命を吹き込むこと。

「名は体を表す」というけど、うちの子供たちを見ていると、彼らの生き方や性格は「まさに名前のとおりに育ってるなぁ」と感じることが多い。

先生に頂いた名前は、ボクにとっても、彼らにとっても、かけがえのない宝物なのだ。


市役所に行って出生届を提出し、今日から稲葉家は大人4人、子供4人、そして男4人、女4人の大家族になった。

彼女が頂いた名前に沿って、豊かな人生を歩めるよう、ボクは支え続けていく。

ボクにとって、生きていく理由を、また一つ増やすことができた。

「えー、いなばっち、今までの出産は一度も立ち会ってないの?」

以前、喜働力塾の懇親会で、心友・どんちゃんから驚かれてしまったことがあった。

二人の子の父親である彼は、二度とも出産に立ち会っているようだ。

その場にいた、当時医学生のさとしんも、立ち会い出産を強く勧めてくる。

彼はあの吉村医院で実習した経験があり、出産の在り方には強い信念をもっている。


「絶対次に子供が生まれる時は、立ち会ったほうがいいよ。人生観が変わるよ」


先生 その539


そして今ボクはまさに、生命の誕生に立ち会っていた。

生々しい描写は避けるが、「この世に生まれるんだ」と懸命に体をよじらせる姿に感動した。

この子だけじゃない。

今世の中に生きている人は、みんな自ら願って生まれてきたんだ。

まさに命が輝いている!!


「どんちゃんと、さとしんがボクに伝えたかったのは、これだったんだ!!」


2011年6月11日 AM7:03

今ここに、ボクにとって4人目の子供、2人目の娘が誕生した。


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-

過去の出産では、産湯に浸かったあとの赤ん坊にしか会っていなかったが、羊膜が端端にくっついた状態の子供は、まさに生まれたての生命力にみなぎっていた。

手足を力いっぱいに伸ばして、全身を震わせながら泣き叫んでいる。


男として生きていく中で、子どもの出産に立ち会えるチャンスは早々あるわけではない。

自分の妻の出産に立ち会うか、産婦人科医になるか

見知らぬ女性が出産する場に立ち会うことなど、かなりレアなケースでしか考えられない。


この子は、ボクに「命の大切さ」、「命の輝き」を身をもって教えてくれるために生まれてきた。


なんて尊い存在だろうか。

心から「僕らの子供に生まれてくれてありがとう」と、彼女にささやいた。


と、その時。


彼女は生まれて初めてのオシッコをしちゃったのだあせる

それを見ていた、助産師さんからの一言が、すばらしい。


「あぁ、これで体重が減っちゃったわね(笑)」


直後に量った体重は、オシッコをしたぶんだけ、わずかに3000gを切っていた。


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-