ドリームプランプレゼンテーションには、様々な制約条件があります。

一番有名なのは、10分間の中に説明や説得を一切入れないこと。

新規事業のプレゼンテーションに慣れてしまった人にとっては、この概念を打ち破るのが一番難しいんじゃないでしょうか?


先生 その677


いばらきドリプラは、今回が初めての開催。

ドリプラのプレゼン作りをしたことがある実行委員は、マーサくらいなものですから、メンバーはみんな手探りで原稿を書き、映像を作ることから始まります。

そんな中で、余裕をもってスタートしていたのが、榎本さんでした。


「星野リゾートのような施設を水戸に作りたい」


地域の経営者仲間とともに、そんな夢を描いていた彼は、本業でも事業プレゼンに慣れていたため、その手法で支援会に臨んでいたのです。

いばドリのチラシには、「茨城勝組」というタスキをかけた彼のイラスト

さらには「自分の事業がパクられるのが嫌なので、情報は公開しないでほしい」という注文。


ボクが福島イズムというか、ドリプライズムにどっぷりハマっていたからでしょうか?

彼の姿勢に対して、ボクは強烈な違和感を感じていました。

そしてまた、彼も支援会で自分のプレゼンが中々認められないことに、苦しみを感じているようでした。


本番が近づくにつれて、彼も徐々に仲間に心を開き、素直な気持ちを出せるようになってきましたが、事件は前夜の支援会の時におきました。

彼の作った原稿はともかく、映像からは「自分らしさ」をまったく感じられなかったのです。


もう時間が無い中で、やり直しのダメ出しをするか?

それとも、妥協してこのまま出させるのか?


ボク自身は、前者を選択して、厳しいフィードバックをしました。

体調も悪く、お爺様の不幸も重なって、限界にきているだろう彼には、相当厳しい言葉だっただろうし、ボクのことを恨めしく思ったことでしょう。


しかし当日彼は、ガラッと内容を変えたプレゼンを見せてくれました。

中高生の頃から、現在に至るまでの自分をさらけ出し、相互支援の社会を作りたいという夢を語ってくれたのです。

綺麗な写真を使うことなく、文字と音楽だけのプレゼンは、それまでの苦しみを見てきただけに、余計に感動して涙が出てきました。


「何を喋ったかよりも、そこに立つ姿勢が一番伝わる」

榎本さんのプレゼンは、まさにそれを体現してくれました。

ボクのダメ出しを受け入れ、生きざまを丸裸で語ってくれた彼の勇気に感謝です!!

いばらきドリプラのプレゼンターは、非常にバラエティに富んでいました。

小学生、劇団の座長、農場経営、翻訳家、コーチ、謎のエストニア人(笑)

そしてボクの知る範囲では、彼の職業のプレゼンターは初登場ではないでしょうか?


先生 その676


真言宗智山派福力山阿弥陀院住職・河村照円

彼はホンモノのお坊さんであり、税理士さんという不思議な肩書きを持っています。

支援会でも、彼のファッションは常に作務衣。Gパン、Tシャツ姿を見たことがありません。

優しくて声の可愛らしい、一休さんがそのまま大人になったような青年です。


そんなしょーえんが、最初に描いていた夢は、遺族へのビデオレターを届けるお話でした。

彼の檀家さんの中には、残された遺族がバラバラになってしまい、同じ一族で別々に法要を執り行うようなケースもあるそうです。


「亡くなられたお父さんやお母さんが、こんな姿を望んでいるはずはない」


住職として、檀家さんの家族の絆を守りたいという願いが、この夢の原点でした。


ところが、一週間前になって、彼はビデオレターのプレゼンを、ガラッと変えてしまったのです。

それまでの支援会でも、最初のテーマについて、どう描いていいのか分からずに、かなり迷い苦しんでいたようですが、やっとスッキリした清々しい顔になっていました。


その根底にあったのは、住職としての使命でした。


「お坊さんは人が死ねば儲かるんだろ」


子供の頃、心ない大人の人に言われた一言は、彼の心を傷つけました。

お寺の跡を継ぐことに抵抗を感じ、自分の好きなことをやろうと思っていた20代の頃。

彼の思いと裏腹に、お父さんが突然亡くなってしまったのです。


何もお父さんから伝えられぬまま、住職として寺を守り、檀家さんを守らなければならない。

若いしょーえんには、ものすごいプレッシャーだったと思います。

それでも檀家のおじいちゃん、おばあちゃんたちとの触れ合いの中で、自分の使命を見つけ、地域密着型エンタメ寺院という、新しいスタイルのお寺に変えていこうとしています。


本番ではきちんと袈裟を着て、客席に向かって合掌する姿が凛々しくて泣けました。

これまでも仲間の支援会に行ったり、せんちゃんのドリプラ塾に参加したりと、行動し続けてきたしょーえん。

色々と迷い、まわり道したかもしれないけど、本当にやりたいことに辿り着けてよかった!!

彼は地域の皆様に益々愛される、徳の高い僧侶になること間違いなしです。

気がつけば今日は金曜日・・・

一週間前のネタが続きますが、ダメですかねぇ?

でもまぁ、ここから書かなきゃ始まらないんですよねぇ


先生 その675


いばらきドリプラのPR、そして本番で使われた映像を作ってくれた男に、やっさんという策士がいます。

元々Macにも強く、映像制作に携わる仕事をしてきた人なので、当日もそのセンスを買われて、舞台演出のリーダーをしてくれました。


ボクは進行のリーダーだったため、彼と打ち合わせする機会が多かったのですが、ボクにない才能をたくさん持ち合わせているので、やっさんの存在には本当にすくわれました。

発揮できる能力はそれぞれ違えど、僕らの基本的な考え方は一緒。


「お客様の満足度を高められる内容にすること」


8月の合宿で会ったばかり、しかも年齢も離れているし職種も違うけど、彼と意気投合出来たおかげさまで、ボクは最後までフローな状態をキープできたような気がします。


策士と言ってしまうと、頭だけで行動する人のようなイメージですが、やっさんは仲間の為に情熱を持ち合わせて行動する男です。


時間の許す限り、朝のチラシ配りや、他のチームの準備に参加し、プレゼンターの映像創りも手伝う。

「一人でも多くの人に、来てよかったと感じてほしい」

そんな彼の情熱を感じられる作品が、こちら。


このPVがオープニングに流れ、茨城のふんどし王子・鎌ちゃんの和太鼓に繋がる幕開け。

考えただけで、ワクワクを通り越してゾクゾクしました!!


本番のオープニングで映像が出力されないチャンスがあり、やっさんも、これには焦ったようです。

しかし、その後の11人のプレゼンの映像は、すべてパーフェクト!! 

一度もつまることがありませんでした。


神様は一生懸命に準備をしてきたやっさんを、裏切らなかったんですね。

いやむしろ、最初のチャンスが、その後の進行をドラマティックにしてくれたように思います。

何はともあれ、無償のプロフェッショナル魂を貫いた、やっさんの姿勢に感謝です!!

いばらきドリプラや、南三陸への物資輸送等々で、ブログがかなり滞ってしまいました。

でも、ギブアップ宣言はまだまだしませんよ。

時期が一週間ぐらい遅れていますが、ついてきてください(^-^)/

ちなみに、いばらきドリプラ特集は・・・明日から書き始めます。


先生 その674


そもそも、昨日の西水さんのお話は、「がんばっぺ! 茨城 プロジェクト」の報告会の基調講演として行われたものでした。


のぼり旗、缶バッジ、ステッカー、うちわ、トートバック等々、このプロジェクトが広まって以来、トレードマークを見なかった日はなかったんじゃないかな?

一時期は緑色の看板=がんばっぺ茨城 のような条件反射が染みついていましたからね(笑)

それぐらいに急速に拡散し、震災後の茨城の復興のシンボルとなっています。


このプロジェクトの言いだしっぺになったのは、ひたちなか商工会議所の小泉力夫さんでした。

すごく紳士的で大人しそうな方なのですが、小泉さんを核にした渦は、茨城中を巻き込むだけでなく、全国にも知れ渡るシンボルマークになっています。


そんな小泉さんが、冒頭のあいさつでこんなことを教えてくれました。


「もしかしたら、私たちは急ぎ過ぎたんじゃないか?」


震災の直後の水戸は、停電、断水が起こり、街の明かりが消えてしまったといいます。

小泉さんは、夜空に輝く星、そして一夜明けて昇ってきた太陽の明るさに感動し、自然とともに生きる素晴らしさ、そして先を急ぎ過ぎた技術革新を省みたそうです。


また、がんばっぺ茨城プロジェクトでは、我々運輸業界にも協力していただきました。

「東京都トラック協会のイベントで、茨城と福島の物産展をやりたいんだけど、誰か知っている人紹介してくれない?」

川崎陸送の樋口さんから相談を受けたのがきっかけで、がんばっぺ茨城のメンバー飯塚さんをご紹介して、ご協力をいただきました。

ボクはただ、ご縁を繋いだだけですが、双方から感謝をされるありがたい成果になったのです。


「がんばっぺ」の精神で繋がる日本。

大丈夫、絶対にこの国は、新しく生まれ変わることができます!!


そして「がんばっぺ!茨城」と言えば、やっぱりこの写真だよなぁ


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先週の水曜日、トラックドライバー甲子園の会議に向かう途中、皇居や迎賓館のまわりに、やたらと警察官がたくさん立っていました。


何か事件があったのか?

それとも国賓が来ていたのか?


正解は国賓の方でした。

ブータン国王・雷龍王5世が、来日していたんですね!!


先生 その673


さて、その翌日、雷龍王の来日と呼応するかのごとく、ブタキチ(本人弁)のエコノミストが水戸で講演会を開いてくださいました。

元世界銀行の副総裁である西水見栄子さん。

非常に貫禄を感じる女丈夫といった感じの方の話は、いきなりこんな問いかけからスタートしました。


「あなたはこの国に生まれてよかったですか?」


咄嗟に「はい」と答えたかったのですが、ものすごい眼力にたじろぎ、肩のところまで手を上げることしかできませんでした。

でも、ボクの眼を見て、微笑まれながらうなずいていたのが、とても印象的です。

(だって、みんな反応しないんだもの)



貧困とは、人として心身ともに健康に生きる為の条件がそろわないこと


「21世紀だというのに、こんなことがまかり通ってしまうのか!!」と驚くほど、途上国では拝金至上主義の執政がはびこり、貧富の格差が広がってきます。

教育・医療・安全保障といった、人々が健康に生活するために欠かせないモノも、すべて金次第という国家がまだたくさんあります。


「どの国の憲法にも、国民の幸せを願うという目的が入っています。しかしそれを実際に本気で行っているリーダーは、ほとんどいません」


西水さんが見てきた中で、その数少ない国の一つが、ブータンだったのです。

確かに日本国憲法にも、「国民の幸福を追求する」という条文がありますが、日本の政治家さんに本気の志は感じられません。


それを批判したうえで、西水さんはこうおっしゃりました。


「指導者に頼る国づくりはもろいのです」


リーダーの力だけではなく、一人一人の自立心がなければ、幸福な国にはなれないんですね。

そんな日本の国民に、雷龍王5世は力強いメッセージを贈ってくれました。


雷龍王陛下をはじめ、ブータン王国の皆さまの心遣い、心より感謝します。

これからの日本は、そのご恩に報いるような国にしていきたいですね。