集中力、何分続く? ブログネタ:集中力、何分続く? 参加中


関心の薄いテーマの講習会では、10分と持たないくらいに、集中力がない稲葉です。
逆に、このブログもそうですが、何かが降りてきて書き始めると、何十分も夢中になってしまいます。
一昨日とりあげた植松さんの講演は90分でしたが、これも集中力が途切れませんでしたし、やればできる子なのかもしれませんねぇ


先生 その687


植松さんの講演会の翌日、久々に映画館で映画を観てきました。

ずっと夢に見ていた映画「Living in the material world」

マーティン・スコセッシが監督した、ボクの大好きな、ジョージ・ハリスンのドキュメンタリーです。


ジョージ・ハリスンの生い立ちに沿って、生前の映像とインタビュー、そして彼をよく知る人たちへのインタビューが織り混ざる形で構成されていますが、とにかく飽きません。

前編、後編の合間に休憩がありましたが、全部で3時間半というボリューム

それでも、「もっと見たい」と思ってしまう不思議な感覚になりました。


リンゴやポールをはじめ、彼のそばにいた人たちがみんな口を揃えて語るのが、彼の二面性です。


人に対する思いやりと優しさ

感情を、そのまま正直に伝える激しさ


思いやりと優しさというのは、生前の映像を観ていると、割と想像できそうですが、実は気が短いところがあり、割と喧嘩は嫌いじゃなかったようです。


息子のダーニ・ハリスンのインタビューに、中学生時代の思い出話が出てきました。

街を歩いていて補導されそうになった時、警察に迎えに来たジョージが、警察官の話を聴いたうえで、彼らの落ち度を一喝したことがあったそうです。


晩年、髪を短くしたジョージは、英国紳士のプロトタイプのように見えましたが、中身は永遠にティーンエイジャーだったのかもしれませんね。

ジョンやポールも、プロテストソングをたくさん書いていますが、ジョージの書く詩には、皮肉なユーモアがたっぷり含まれていたように思います。


映画のラストのほうで、人生の後半生を共に過ごしたオリビア夫人のインタビューが出てきました。


前妻のパティーさんは、モデルとして大活躍した可愛らしくて華やかな女性ですが、オリビアさんはいわいる良妻賢母タイプの奥さん。

どんなお話をしていたかまでは記憶に残っていないのですが、夫としてのジョージを心から尊敬し、穏やかに時を過ごしている様子を感じて、なぜだかほっとしました。


しかし、どの年代でもカッコよくいられるジョージって、やっぱり大スターですね。

決して見られることを意識しているように思えないけど、全編にわたって強いオーラを感じました。

早速DVDも出るみたいだし、年末年始はジョージ・ハリスンの世界に浸りたいと思います。

人から、ちゃん・さん・くん・あだな・呼び捨て、どれで呼ばれることが多い? ブログネタ:人から、ちゃん・さん・くん・あだな・呼び捨て、どれで呼ばれることが多い? 参加中

ここ2年くらいは、すっかり「いなばっち」というあだ名が定着してきた稲葉です。
ただ最近になって、自分よりも一回り近く年下の仲間が増えたことで、困ったことが出てきました。
「いなばっち」って気軽に呼んでもらっていいのに、「いなばっちさん」と「さん」付けで呼ばれてしまう。
ちょっと違和感を感じるので、「いなばっち」もしくは「稲葉さん」で呼ばれた方が、スッキリするかな?
もしくは、女の子たちには「佳正く~んラブラブって呼ばれたら、オジさんよろこんじゃうんだけど・・・


Σ\( ̄ー ̄;)


気を取り直して、今日のブログいきます。


先生 その686


植松さんの講演会では、久々に夢実践会6期の仲間と合流しました。

積もる話をするのも久しぶりだったので、仲間を誘って6人で居酒屋で振り返りの会に突入。

やっぱりセミナーや講演会のあとには、感じたことをアウトプットして、より学びを深めることが大事ですからねぇ(o^-')b


夢実践会で出会ってから、やたら遭遇率の高い仲間の一人が和ちゃん。

9月の日本商店会の一周年イベント、1000人で2人3脚イベント、そして先日の日本一受けたい授業と続いて、これで4回目になります。


最初に喋った時から、思ったことをズバズバと言ってくる「おせっかいな人だなぁ」という印象でした。

一番印象深かったのが、夢実践会の最終プレゼンの合同支援会でした。


「いなばっちがやろうとしている夢の、キャッシュポイントは何?」


厭味ったらしく(笑)聴いてくる彼女に、「なんだ、お前むかっとイラつきましたが、この言葉が引っかかって、自分が本当にやりたいことを見つめ直すきっかけになりました。

思いつくままに自分の夢を広げていった揚句、ポイントが絞り切れていなかったんですねあせる

この一言から、ボクのプレゼンのコンセプトが、明確にすることができたのです。


久々に積もる話ができる機会だったので、夢実践会の思い出や、ドリプラ世界大会に出場する仲間のこと、先日のいばらきドリプラの話などで盛り上がりました。

その中でふと気づくと、彼女は仲間の話ばかりしていて、自分の話は一切していないのです。

これを「おせっかい」と呼ぶこともできますが、ボクには「仲間を思いやる優しさ」と感じてしまいました。


ボクもFBやメールで、仲間の情報は必ず目を通すようにしていますが、それほど記憶には残りません。

彼女が厳しいことを言っても、最終的に受け入れられる理由は、きっと仲間に対する関心が高いからなんじゃないかなと思います。


こういった気づきをもらえるのも、振り返りの場があるからこそ。

一緒に飲みに誘ってくれた仲間と、機会を与えてくれた植松さんに感謝です。

僕らの会社は、心友・水野元気くんが代表を務めるdream company club の会員です。

年に数回、特別講演会を主催してくれるのですが、これがボクにとって「待ってました!!」と思えるような方を、いいタイミングで呼んでくれるんですね。

今回も、「いつかお話を聴きたい」とチャンスを狙っていた、ある経営者の講演会に行ってきました。


先生 その685


「北海道に、ロケット開発をやっている中小企業 がある」という話を聴いたのは3年くらい前のこと。

その後、植松努専務 とご縁のある人から、その人柄や、なぜロケット開発に力を入れるようになったのかという経緯を聴き、ますます興味が湧きました。


NASAより宇宙に近い町工場/植松 努

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植松さんのお話は、パワーポイントのスライドを駆使して、テンポよく進みます。

途中に笑いを交えながら、僕らを一切飽きさせません。

実はここに来るまで、地下鉄の中で爆睡していたのですが、眠気がおさまらず、「もし眠っちゃったらどうしよう」と思っていたのですが、まったくもっていらぬ心配でした


しかし、植松さんの話を聴いていると、改めて日本の将来が心配になります。


・日本で言う「いい子」は、大人にとって「都合のいい子」

・研究開発に手間暇かけるより、「よそから買った方が安い」という発想が、日本の国力を弱らせた

・正確にモノを作るシゴトは、ロボットが代わりにやってくれるようになる

→ 日本からシゴトが無くなる


思い当たる節があるというより、まったくもって自分も、その周りにいる人も、そのとおりじゃないか!!

確かに、「いい子、いい人、いい社員」の「いい」の上に、「都合の・・・」を付けるだけで、自分の価値観がすべて当てはまってしまいそうで、すごく怖くなりましたガーン


幼少期は、ペーパークラフトや飛行機の本に夢中だった植松さんは、学校では劣等生扱いされて、自分の可能性をつぶされそうになりました。

しかしながら、今のシゴトのベースは、その幼少期の趣味の延長線上にあります。


「知りたい」という欲求があれば、人は永遠に成長できる


なんか、この話を聴いていて、ボクの中で、植松さんとエジソンがダブって見えました。

まぁ、エジソンに会ったことはないので、あくまでも妄想の話ですが・・・。


まずは、やって見ること

そして失敗したら、「どうすればいいだろう?」を考えて、次の挑戦をすること

植松さんが講演の中で繰り返していた「どーせ無理という言葉をなくしたい」という思いは、自身の体験に基づいたことというより、日本の将来への警鐘に聞こえてきました。

今ここでお話を聴けたご縁に感謝して、失敗を恐れずに、日々昨日を超える挑戦を続けます!!

今から14年前の今日は、ボクの人生の大きなターニングポイントになった日。

長男・泰久が、この世に誕生してきた日です!!

ということで、ボク自身も親父歴14年目を迎えることになりました!!


先生 その684


彼の人生にとって、一番大きな試練は、初めて兄弟が生まれる時でした。

当時彼はまだ2歳になったばかりで、僕ら夫婦と3人で生活してました。

お母さんと一緒に、二人で過ごすのが当たり前の日々を過ごしていた時に、お母さんと最低一週間は離れ離れになってしまうのです。


まだ保育園にも幼稚園にも行ってない頃だったので、日中は実家でボクのお袋が預かってくれることになっていましたが、問題は夜です。


「やっくん、おばあちゃんとお泊りするのと、お父さんとお泊りするのと、どっちがいい?」


彼は「お父さんと一緒がいい」と即答したため、ボクと泰久の「クレイマー・クレイマー」のような生活がスタートしました。


朝は出勤する前に実家に行って、お袋が用意してくれた朝食を食べ、着替えをさせます。

日中はお袋が世話をしてくれてますが、仕事が終わると実家に引き取りに行き、その足でお母さんが入院している病院へDASH!

お母さんと弟に会った後は、自分たちの家に戻って晩御飯、お風呂、そして絵本を読みながら寝かせて、洗濯機を回すという日々でした。


仕事で遅くなった日は、迎えに行くのも遅くなるし、当然お母さんにも会わせることができません。

それでも彼は、一度も甘えて泣きだすようなことがありませんでした。

「ボクはおにいちゃん。さびしくなんかない!!」という意識が、彼の中で芽生えていたのでしょう。


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-

その後、自我が芽生え始める小学校1年生の時に妹が生まれ、反抗期を迎える今、二人目の妹が生まれて、彼には我慢をさせっぱなしでした。

でも、彼にとっては、弟や妹に限らず、自分より幼い、あるいは弱い立場の人を思いやるのは、呼吸をするのと同じくらいに当たり前のことのようです。


先日、一緒に南三陸へ行った帰りも、SAでお土産を選ぶ時も、弟や妹が喜びそうなものを選ぼうと、一生懸命に考えてくれていました。

「親父が頼りないから(笑)」という話もありますが、弟や妹の面倒を見続けてきたことが、彼の寛容な心を育んでくれたような気がします。

すべては我が師 -ぼくの好きな先生-

自分の遺伝子を受け継ぐ人が、「日本一のお兄ちゃん」に育っている奇跡に感謝!!

いつかボクがこの世を去る時に、「親父の息子に生まれてよかった」と思われるように、ボクも負けずに成長し続けていきます!!

いばらきドリプラが終わって一週間後の日曜日

この日は色々と行きたくなる場所が目白押しで、どこに行くか真剣に迷ってしまう日でした。

北海道ドリプラ、介護甲子園、朝倉将くんの一周忌、小寺さんと福島さんのコラボ講演会。

しかし、そのいずれにも参加せず、運命を感じて違う場所に行ってきたのです。


って、これも一週間前の出来事なっちまうんだなぁ・・・。

そろそろ現在進行形に追いつかないと!!


先生 その683


きっかけはFacebookで友人になっている人のコメントでした。

「日曜日、茨城県の下妻で私の講演会と映画の上映会があります」

下妻というのは、あの「下妻物語」の下妻。我が家から車で30分くらいの場所です。


うっかり絡んでしまったボクに、「来てくれませんか~」とお誘いをいただいたのですが、当初は別の予定を入れていたため、一旦丁重にお断りしたのです。

しかし、「これも何かのご縁かもしれない」と考え直し、ボクは2日前まで視野になかった予定を優先することにしました。


その友人というのが、「1/4の奇跡」の入江富美子監督

先週、アンディ姐さんからその人柄を聴いて、「一度お話してみたいなぁ」と思っていた方の一人です。

実際には、一昨年の今頃にサンマーク出版さん主催の「生き方見本市」の時に、入江監督のお話を聴く機会があったのですが、ボクは当時「1/4の奇跡」も、山元加津子先生のことも知らなかったのです。


そして実際に直接ご挨拶をさせていただき、じっくりとお話をする時間もいただきました。

昨日のFBでの繋がりにも感動してくれて、メッチャテンションの高い入江監督。

顔立ちも、ボクより年上とは思えないほど可愛らしく、スタイルもよくてカッコいい女性です。

しかしながら、関西人特有の、笑わせたがり気質に溢れていて、さらに可愛く思いました。


監督の話の中で、一番印象に残ったのは、ビジョンとミッションの話。

「自分が描きたいと思うこと」がビジョンだとしたら、ミッションは「天から求められていること」

スピリチュアルな話をボクの頭でも理解できるように、監督は分かりやすく例えてくれます。


「『ど根性ガエル』に出てくる、ヒロシとピョン吉の関係なんですよ。

私(ヒロシ)が『こうしたい』って思って動こうとしても、ピョン吉が勝手に私を引っ張るんです」


分かりやすいでしょ?

でも、そのおかげで最初はかなり自分とピョン吉が一致せずに、苦しい思いをしたそうです。

逆に言えば、自分とピョン吉の思いが一致した時は、得も言われぬ快感を得られるそうです。


ボクが下妻に来ることになったのも、ひょっとしたらボクのピョン吉が引っ張って行ってくれたのかも。

ただ、まだ凡人のボクには、ピョン吉の声が聴こえていないんですけどね

いつかピョン吉と会話ができる日が来ることを信じて、感性を磨く修行を続けて行きますよ!!