1日目
2日目
に続いて旅は3日目
会津若松から福島県を横断し、いわき市湯本の古滝屋さんへ初めて宿泊。
いわき湯本温泉は「道後温泉」「有馬温泉」と並び日本三大古湯だそうで
古滝屋さんは1695年開湯。
1695年って徳川綱吉ですよ。生類憐みの令ですよ。
さすがにこの移動日は疲れてしまい、内風呂に入り爆睡。
翌朝はこんな美しい朝食を食べ、
昨夜は入れなかった2か所の露天風呂に入る。
週が始まる月曜日にこうして露天風呂に入るって殿様気分よお。
そして朝散歩
実はここに来た理由のひとつは
47年前に来た家族旅行の地だからなのです。
1977年(昭和52年)の1月に
当時、茨城県潮来町に住んでいた叔父と祖母ツキさんと
父しんちゃん、母と5人で
常磐ハワイアンセンター(現:スパリゾートハワイアンズ)に遊びにきてるのです。
「40才になった記念に50M泳ぐ」としんちゃんいってたような気もするので
そう考えると1977年の1/10だったのかもしれない。
▲ツキさん 着物だわ。このとき、67才?
▲ハワイアンショーもだけど金色のお風呂にやたら驚いた記憶ある。
その時、泊まったのが湯本温泉で、
当時の記憶では駅についたとたんに下水道を流れる硫黄の匂いがし、
駅からとずっと温泉街だった、、、と思っていたのだが
温泉街は駅から徒歩7~8分はあり、
昔と駅の位置が違うのか、私の記憶違いなのか。
当時、おそらくはこの古滝屋も含めた高層の立派な温泉を目にしながら
しんちゃんに「ここだ」と言われた宿は外観がオンボロで
門を目にしながら後ずさりした記憶があるのだ。
名前は「桂」だったような、、でも全く自信ない。
わざわざ5時間かけてきた理由のひとつは
その時、泊まった宿を見つけてみたい、、、、というわけで
周辺を歩きまわる。
、、、でなんとなくここでないか?と思った地
この 間口は狭く、奥に細長い感じと
看板
私の記憶では、旧館が手前の3階建てで
その奥にそれより高さある新館が建っていたような。。。
で、夜遅く着いたら大橋巨泉を少し若くした黒縁メガネの男の人が
出迎えた記憶なんだよね。
実際、ビルは50年以上たってそうな面持ち。
いや、50年前に旧館だったのだからその旅館だとすると
70~80年たっているビルじゃないと話あわないのか。
道路隔てて反対側にも古い廃業した旅館があり、どちらかわからなかかった。
もっとも当に更地になった可能性の方が高いのだけれど。
けれど、「ここにあったことにしよう」と勝手に思い出認定。
もし、このスナックが入ったビルの昔を知る方がいらっしゃれば
DMください。
そしてもうひとつここにきた理由がこちら
古滝屋さんの屋内にある民間で作った伝承館
あえて考証館と名前をつけたのだろうと、掲示物をみて推察しました。
双葉町の、国が作った伝承館にはない、裁判記録や
2022年に中間貯蔵施設へ行くツアーで最後に講演いただいた木村紀夫さんの次女、ゆうなちゃんの
遺品も展示されています。
、、、と、ひとり掲示物を見ているといきなり「高橋さん!」と声が。
「残念ながら日曜日は埼玉なんです」といっていた古滝屋現社長の里見さん登場。
私が泊まっているということで わざわざ埼玉から戻ってきてくださったみたいで
館内の解説もいただきました。
里見社長、ありがとうございます。
今もなお収束が見えない福島第一原発の廃炉と
資料は今後も増えていくのだと思います。
そして
1日前まで私が旅してた地。
どんな気持ちで気候も食べ物も違う地へ移転したのかと思いをはせてみた。
たとえば秋田との県境、豪雪地帯の西和賀町に移転したら
古滝屋さんの館内に美空ひばりギャラリーがあるんです。
サッカーのいわきFC応援館もあり、
福島愛にあふれた旅館です。
里見社長に聞くの忘れました。
↑このサインがあるから???
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