『5時からアイドル』まきりん社長ブログ

『5時からアイドル』まきりん社長ブログ

朝は「仕出し屋まきりん」からスタートし、昼は「株式会社のびあという企画とPR会社の社長」、夕方は「5時からアイドルまきりん」となる人のブログです。
もと金髪長女とW王子こと双子男子の母で岩手県滝沢市在住。
カラオケの十八番は「あゝ無情」

前日の「どんど晴れ」編に続いて今日は「あまちゃん」です

 

今回含めて15回のツアーのうち、6回があまちゃんですから

もうロケ地は行きつくした感がありますが

なんと7月に入ってから

「小袖のイベントに美保純さんが来る!」との発表が!

 

 

 

そんなわけで出発時間を2時間早めて8時集合

しかし、これによりキャンセルが2名でてしまい、

開催の危機
SNSにだしたSOSを救ってくれたのが旧知のあまちゃんファンMさんでした

本当にありがたい

 

こうして9名の一行となり、久慈へ出発

小袖についたのは10:30でした

 

 

盛岡曇りが小袖は雨

 

たしか気温20度なかった気がします

 

しかし、雨にも負けず

餅まき&お菓子まきからスタートし

小雨のなかのトークショー

 

 

66才だったかな?
可愛らしい~

美保純、風吹ジュンのじゅん2人は年齢不詳のかわいらしさ

 

 

すっかりテンションあがった一行の記念写真です

が、窮地を救ってくれたMさんが入っていない。。
Mさんはこの時、サインもらいに行ってたのかな?

 

 

Мさんはこの旗を持っている方です

そもそも出会いはあまちゃんサミットなのでかれこれ12年

 

 

 

そして南部ダイバーと海女さんたちはこの後、水温18度の海に潜り

 

「うにとったぞー」

 

 

 

 

この後、現地でうにたきこみご飯の昼食をいただきました

御給仕してくれたのは高校生海女の3人
(撮影は観光協会で高校に許可済とのことです)

 

 

 

小袖をあとにし、これまた急遽、追加になったロケ地に行きます

 

 

 

ユイちゃんが「アイドルになりたーい」と叫んだトンネル

 

ここで定時の三鉄に乗車する人、車に残る人と分かれ

目指すは久慈駅

 

途中、何かを仕込むのかと思いきや、

このサプライズ!!

 

今回もガイドをお願いしたあまちゃんオフ会のYさん
さすがです

 

 

 

久慈駅に到着しました

 

 

 

ここから約1時間自由時間とし

多くの人が向かったのが

久慈の長福寺

 

のんさんプロデュースした灯篭こけしの見学にきました

 

これだけ久慈に行っているのに

長福寺ははじめて行きました

 

やませ土風館のすぐ裏手にあり、ものすごくお庭が立派です
(と書いているのに写真ない)

 

 

 

 

 

うしろにリボンあるのわかりますか?

 

 

 

住職には寺のご案内までしていただきました

永平寺で修行されたそうです
ちらりと話してくれた永平寺話も面白かったなあ

 

このあと、やませ土風館まで戻り、秋祭りの山車を見ます

 

 

 

そして再び一同が合流したのは

あまちゃんファンの聖地 喫茶モカです

 

 

ここでマスターご夫妻に
「あまちゃん撮影秘話」をツアー貸し切りにて

お聞きしました

 

聞き手は盛岡あまちゃんオフ会のYさん

そしてこの背中はこのツアーに京都から参加してくださった

Mさんです

 

 

 

ここでしか聞けない話をたくさん聞いて

それは「あまちゃん」に留まらず、久慈市の歴史だったり、、、

モカのたまごサンドとナポリタン、どうか誰か受け継いでほしいと切に切に思いました

 

 

奥様が撮ってくれた集合写真です

 

今度は全員入っております

 

 

 

もう1枚!

 

 

 

あまちゃんの本放送から13年たち

推しジモトになった方々はひとりで久慈へ向かうようになり

正直、ツアーの集客は年々厳しくなっております

 

「あー、今年で最後だな」と思いながら

それでも

おなじみさんだったり、

毎年SNSで見つけてくれる新規さんがいて

そのお顔を見ると

帰りのバスのなかでは

 

「来年はどうしようかな?」と思っている私がいます

 

「朝ドラに拘らず、まきさんがおすすめする場所でいいですよ」と言ってくださる方もいて

ありがたいやら、何やら

 

 

「ファン遠足」

同窓会のようにまた岩手で会いたいな

と思う気持ちがある限り、何らかの方法で続けていきたいと思っています

 

 

ご参加いただいた延べ20名のみなさん

2日ともガイドをして協力にわたしをサポートしてくれたYさん

久慈観光協会のHさん、

ありがとうございました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年はBSで盛岡を舞台にした「どんど晴れ」が放送されたのもあり、

8/1を「どんど晴れ編」8/2を「あまちゃん編」にしてみました

単日の参加もあり、両日の参加もありです

 

ちなみに「どんど晴れ」はこんなに今みるとトンチキだったかと

SNSでも盛り上がり、私も毎日楽しみに録画してました

 

 

 

 

まず迎えた8/1土曜日

稀代の晴れ女こと私、過去14回のツアーは雨降ったことなかったのですが

当日、結構な降り具合&気温20度ぐらいだったでしょうか?

 

9:30に11名が盛岡駅に集合し、向かったのは小岩井農場の一本桜です

 

 

これが4月末でした

8/1は岩手山も見えず、、ただどんより

 

 

ですが、観光客の皆さん、元気です!
降りて撮影

 

 

その後、ドラマでは夏美さんの好物と紹介されていた「盛岡じゃじゃ麺」を食べに
ちーたん太田店へ

私たち一行のために通常より早くお店を開けていただきました

 

食べ方の説明はなんと山口社長!

 

 

小岩井が寒かったのもあり、このあとのちーたんが

身体に沁みました

(なのに写真ないっていう)

 

 

この後、バスは市内のメインロケ地を巡り
「いったい加賀美屋はどこなんだ?」を推理

 

私は勝手に盛岡二高のあたり?って思っているんですけど

バスセンターあたりじゃないか?という方もおり

そして「伝説の1週間結婚式」のあった盛岡八幡宮着

 

 

この時、遠野観光協会から入った電話

「昨日の雨で増水し、カッパ淵見学はなしです」とのこと!!

 

カッパはないけど昨日、用意した雨合羽もあるし、ふるさと村は問題なしとのことで

遠野へ向かいます

 

 

雨の中、車も少なくあまりに早く遠野に着きすぎて時間調整のため

もうひとつのロケ地である卯子酉神社(うねとりじんじゃ)へ向かいました

本当は寄る予定なかった場所です

 

赤い布を左手だけで木に結べば恋が叶うといわれる神社で

ドラマでは鈴木蘭々がマスター思い、夏美と行っておりました
 

 

が、雨ででかい水たまりあり、この先には進めず、、

我々は潔く断念

 

このあと来てた本物のカップルはどうしたんだろうねー?とバスでの話題

 

そしてカッパ淵のお隣「常堅寺」にてふるさと観光ガイドさんと合流します

 

 

 

なんとこの方 千葉県から遠野市へ移住した方だそうで

きっかけは「どんど晴れ」だったそうです

その後、10年かけて岩手へ通い、移住を決めたのだとか。

人生って何で変わるかわかりませんね

 

 

雨ニモマケズ、、、、歩く一行です

 

 

道中の景色

キリンビールのホップです

遠野はホップ生産日本一なのですよ

 

 

常堅寺のカッパの狛犬です

頭がカッパになっているのですね

 

 

無念、カッパ淵は増水のため、橋を見学

 

 

ちなみにカッパ淵はこんなところです
朝ドラヒロインのお約束で夏美演じる比嘉愛未さんがドボンしたのは

19年前の5月末から6月だったそうです

 

 

「カッパ淵って増水することあるんですか?」とお聞きしたら

「いやー、年に一回あるかないかですね」とのこと

 

その年に一回にあたった私たち、

ある意味、もっているんです、何かを。

 

 

バスはドラマ遠野編のメインロケ地の「遠野ふるさと村」へ向かいます

 

カッパ淵は見れなかった私たちですが

ふるさと村では偶然、「しし踊り」を見れました~!

400年以上も前から伝わる踊りだそうです

 

 

雨も結構強くなってましたが有料エリアへ

遠野ふるさと村は「どんど晴れ」の他、「龍馬伝」「天地人」「軍師官兵衛」「真田丸」「豊臣兄弟」他

多数のドラマロケ地になっているのです

 

 

途中、キヌガサダケという高級キノコ発見!!

ツアーのみなさん、わかったかしら?

 

 

さて「どんど晴れ」では奥田瑛士さん演じた石川政良の家になってました「大野どん」へ

 

写真撮り忘れしたのでこれは下見にに行ったときのお写真

 

 

「どんど晴れ」に出たポニーのベスちゃん

ドラマの役名ではリンちゃんでした

38才と聞いたような

人間でいうと100才越えだそうです

 

 

 

さてここで私たち一行を待ってくれてたのは語り部の方です

 

「どんど晴れ」のタイトル回収

 

本来は「昔あったずもな」で始まる民話や昔話の最後にいう言葉で

「どんどはれ」は「おしまい」とか「めでたしめでたし」の意味です

 

 

20分の予定が4話30分披露してくださいました

最初の話は遠野物語に登場する「オシラサマ」でしたね

 

終了後、感想を聞いてみると

「字幕が必要でした」との声が(笑)

でも

「言葉はわからなくても声に癒されました」

 

ダイジョウブ、地元民の私もです

 

 

帰りは道の駅・風の丘へ

ここじゃらんの満足度調査全国3位なんですと!

 

 

 

この後は一路、盛岡へ

心配されたさんさ渋滞も全くなく、予定より50分も早く着きました

 

11名の参加者の中、岩手県民は3名、あとの方は首都圏からお越しです

 

結構な雨の中でしたが、誰ひとり文句も言わず

めいっぱい観光を楽しんでいただきました

 

そして

「盛岡ほんとうに夏ですか?」

これは初参加の方から数回聞かれた質問

 

ほんと猛暑の心配ばかりしていたのに

まさかの「寒い」岩手でしたもんね

というわけで、11名中5名は翌日の「あまちゃん編」も参加でーす

 

連泊組はみなさん、さんさ会場へ向かってました
(私も女性参加者3名様とさんさ→夕食→スナックという濃い夜を)
 

ちなみに、どんど晴れでさんさシーンを撮影したのは19年前の10月

気温10度の中、エキストラ200名と浴衣で夏を撮影したそうです
じぇじぇ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4か月間ブログ書いてませんでした、、

このままだと文章の書き方、忘れてしまうよーーーということで

まず書きまひょ

 

 

さてさて

3/20~2泊3日で初めての福岡空港利用で熊本へ行ってきました。

 

この週、私は3/17、18で福島第一原発モニターツアーがあり
福島から帰り1日だけ家にいて福岡へという

この週だけとても慌ただしい7日間だったのです

なので、旅の工程も予約もオットに任せきり

 

 

とはいえ

花巻空港から福岡空港までの便というのは

行きが13:55発の16:05福岡空港着という時間帯

福岡空港ついてからは予約していたレンタカーで手続き、さらに熊本市内へとなると

ホテル到着は18時過ぎてたような気がします

 

途中、久留米市を通過した時

「松田聖子やチェツカーズはここから!!」と思いながらも

高速道路から見てそれらしい景色があるわけでもなく。

 

 

熊本は街がでかくて

道路が広い!

 

さすが70万都市

 

 

宿はまさに熊本城前

 

 

ホテル前では夜桜が咲いてました

そりゃ3/20は九州咲くよね

 

 

ホテルの裏はアーケード街になっていて

ガイドブックに載っていたラーメン店を発見

 

豚骨ベースでありながらも

意外にあっさりしたスープは丁寧にアクや脂をとった仕事ならでは!

 

、、、というのは今、AIが答えた内容で

4か月前に食べたラーメンの味、忘れちゃいました

 

 

が、そういえば

にんんくチップが入っていたんだな

現在の熊本ラーメンのトッピングのルーツとなった店

とこれまたAIです

 

 

 

そして翌朝は目の前に熊本城
2016年の地震で石垣や建造物の損壊があり、2052年度の完全復旧に向けて

修復途中です

 

それが

2026年7/28の地震でもさらに被害が出るとは、、、
 

 

 

オットの希望でこの日は阿蘇へ向かいます
 

これまた下道行って、2時間弱かかったような

 

阿蘇といえばカルデラ

 

街全体が巨大なすり鉢の中にあるかのような独特の地形です

 

 

 

この一番奥の山が延々と続いてひとつの大きな輪になっているイメージなのですが

悲しいかな、私のスマホの限界

スケールの大きさは心の目で想像してください

 

そして

名物のあか牛丼を食べる予定がどこの店も2時間待ち以上の大渋滞につき

 

「さよなら、べこよ」

 

結局、産直に入り

名物だという阿蘇高菜のなっぱに圧倒され

お土産に購入

 

 

阿部牧場という三ツ星獲得のソフトクリームを食べ、産直で買ったおにぎり(高菜だったかなあ)
を食べながらどこのお店にも寄らず、再び熊本市内に戻った記憶です

 

 

そして

ワンピースの銅像があるという熊本県庁へ行き

写真を撮るもポーズが違う

 

 

 

その後はバスと熊本市電に乗り、

これまた

写真みて思い出したのだけれど、「ばけばけ」の小泉八雲居宅へ行っております!

 

 

5か月前だというのに懐かしい
ドラマでは熊本編はあまりいい風に描いてなかったと思いますが

実際はどうだったんでしょうね?

 

 

 

 

 

 

 

阿蘇のカルデラの写真はたった1枚しかないのに

小泉八雲熊本旧居の写真は5枚もある


記念館をしっかり見る私はこの時も熱心に見たはずなのだけれど

5か月たった今となっては

入口に結構な数の蚊がわんわん飛んでいたことしか覚えてないのです

 

 

その後、なぜか「くまもんスクエア」という商業施設に行ってます


くまモンがキレッキレのダンスを披露する専用ステージがあるというから

てっきり大人も楽しめるやつかな?と思ったら

見事に親子連れと20代のカップルしかいなくて

場違いの61才よ

 

 

 

 

それから市電に乗って、熊本駅まで行ってみたりして、、。

熊本市内って相当広いですよ

 

県庁と市役所も離れております

ただ熊本城中心に観光も交通機関も巨大駐車場も整備されているなあという印象を受けました

 

そしてこの日にもまたラーメン食っている

 

桂花本店だそうです

 

 

 

61才には濃厚なスープでした

 

 

さて3日目

福岡空港発は12:55発のため、熊本から早めに福岡へ行き、

博多駅前やら天神やら長浜ラーメン本店やら中洲やらをうろうろ

 

中洲は真昼間に行くといったいどこだかわからないぐらい。

 

長さ1キロ、幅約200メートルの細長い路地に
飲食店の屋台がでるから中洲であって

真昼間、何もなかればただの川沿いの道です

 

昼は屋台でてないんだなあ

 

そんなわけで
「屋台1件ぐらいででてるんじゃないの」という期待はハズレ

九州ラストランチを何食うかとなった時

とにかくあちこちで見た「ジョイフル」というこの看板

 

 

熊本にも福岡にもめちゃくちゃあるのよ、お店が

今、調べたら

大分県が発祥らしいけど本当、ジョイフル過密なり!

 

 

ここで日替わりランチと明太子スパを食べ

予想通りの味を堪能しました

 

 

 

こうして

初めての熊本だというのに食には全くお金をかけずに終わった2泊3日

 

 

この5か月後

まさか震度7の巨大地震が起きるとは、、、

 

明日で地震から1か月

今もまた宇城市と氷川町では断水している地域があり

11市町で避難所64か所に2568人が生活していらっしゃるといいます

 


次回、熊本に行ったら

今回の地震で被害の多かった宇城市、氷川町、八代市に足を延ばして

少額でもお金落としてきたい

そう思いながらくまモンのタッパー使ってます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

盛岡青年会議所でお世話になったSさんから話があったのは1月末でした。
Sさんの親友が福島のホープツーリズムの関係者だそうで、

「3月のモニターツアーにキャンセルがでたので

真樹さんとこでやらないか?」

 

当初はSさんにという話だったのですが

「福島のことなら真樹さんでしょ」

と私の顔がぱっとでてきたそう。(ありがたや)

 

福島第一原発の視察もできますか?と聞いたところ、日程があえば可能とのこと。
「やります!」と即決し、

過去2回開催した浜通りへのツアー参加者で

「3日以内にお返事くれる方、年度末のど平日に休みをとれる方」に

電話し、結果12名の方と3/17~18の一泊二日で行ってきました。

 

 

福島駅からバスに乗り、浪江インターでおります。

 

 

初めて浜通りへ来た時、ここは左折できませんでした。
すぐ近くに「帰還困難区域」の看板が立ち、警備の方がいました。

↓2017年2月の写真です

 

 

震災前、7671世帯、21434人が住んでいた浪江町は

今、1556世帯、2420人(令和8年1月現在)

 

 

昼食をいこいの村なみえで取った後、

(今回、食事はどれも美味でした)

 

 

最初に向かったのが、福島水素エネルギー研究フィールド。

ここは、震災がなければ

東北電力の原発施設ができていた土地です

 

 

原発から再生可能エネルギーへ。
大容量かつ高速で水素を充填し、水素社会を実現するための研究施設だそうです。

 

以前に読んだ書籍で、浪江町の職員さんが
「町が豊かになるためには原発誘致しないと。

双葉町、大熊町を指をくわえて見てた」と話していた予定地。

広大な水素研究施設と太陽光発電の地になり、、

 

 

今は国の研究機関であるけれど、これが民間へ、、となった時、

果たしてこの研究機関を維持できるのだろうか?と
思いながら見学しました。

 

 

その後、震災遺構になっている請戸小学校跡と

15年前、児童たちが避難したという大平山霊園を見学

 

 

 

浪江から双葉へ移動すると、双葉駅前、役所の隣にイオンが出来ていました。

 

コンビニより少し大きいぐらいの店舗で、イオンにとっては

今後、人口減少を見据えた実験的な店舗らしいです。

 

 

双葉駅から6号線へ向かう周辺には
オシャレな居酒屋とカフェも出来て

街の変化を感じつつ、

一方である違和感も。

 

それは6号線を南下し、宿泊地のある楢葉町へ向かったとき、

双葉から大熊の中間貯蔵施設がまる見えなことに気づいたのです。

 

 

翌日、福島第一原発へ向かうバスではっきりしましたが

 

理由は

バリケードで囲われていた

商店や会社、個人宅の解体が進んだからでした。

 

ちなみにこちらが2026年3/18の6号線

映画「すすめの戸締まり」に出てきたスタンドの周囲は何もありません




こちらが2019年12月です

周囲は民家だったのです




 

6号線を大熊、富岡、楢葉と南下し、

宿泊地は展望の宿天神

日帰りもできる温泉あり、スポーツ施設ありのよき施設です

 



翌朝、露天風呂につかりながら、太平洋からの日の出を見て、2日目です。

 

時間調整のために立ち寄ったのが富岡漁港

第二原発が見えます。
ここもまた2064年までに廃炉が完了する予定で、

建屋の解体準備などが今後、すすんでいきます。


 

 

ここから富岡へは新しくできた海岸線の道路を通りました。

 

なんでもその道自体が防潮堤の役目をなす道路だそうで

また自転車の国際大会もできるように想定された道だそうです。

 

 

時折、解体してない家を遠くに見ながら

待ち合わせ場所の東京電力廃炉資料館へ。

 

もうひとつのグループの方と合流し、

総勢20名でここからは東京電力のバスに乗り換え、福島第一原発へ向かいます。

 

 

2019年に私は原発内部を視察したことがあり、

その時に見たことをは電子書籍に出しています。
まだ元住民か何かの関係団体でないと視察できませんでした。

私はボランティア団体のひと枠にいれていただき、視察しました。

 

 

 

6号線を第一原発方向へ左折した時、

2019年には「原子力運送」という建物がまだあったことを思い出しました。

そこだけではなく、「原子力」とついた会社や建物がこの道中にはたくさん

あった気がします。

 

誇りの記しだった「原子力」という言葉と看板。

今は原発を取り囲むように、中間貯蔵施設となりました。

 

 

バスは第一原発の新事務本館前に到着。

こちらは廃炉作業の協力企業です。

 

 

入退域管理棟へ入ります。

2019年には、ここでの身分証明書との照合に時間がかった記憶ですが

今回は、あらかじめ、廃炉資料館でCHECK済。

 

そして、前回、とにかく物を置くようにいわれ、結局、この地図とペン1本だけ持参しましたが

 


今回は「メモ用紙とボールペンを持ち込みたい」というと
ポケットに入るサイズのガイドブックとペンが全員に配布されました。
(カメラはもちろんNG)

 

 

 

タンクエリアを抜け、免震重要棟を抜け建屋前へ。

 

 

前回、1日3,800人ぐらいの方が働いているという説明でしたが

今は5,000人近い方が日々、働いているそうです。

 

そして

今回は視察時間が午前中ということもあってか

たくさんの作業員の方の姿を見ました。

 

とくに建屋の周りでは

30~40人の方々が作業しています。

 

ぱっとそこだけを見れば、巨大な工事現場です。

違っているのは白い防御服を着ていること、

そして、線量の管理をしながら従事していることです。

 

ちなみに原発敷地内の96%は防御服なしでOKです。

 

 

建屋から100メートルほどの見晴台で見学ができるようになっていて

ここで10分間降車し、作業の様子を見学し、記念写真も撮影しました。

 

 

敷地内の写真は東京電力から送られてきた写真です。

 

各建屋の状況です。

 

1号機は現状これではなく、カバーで覆われており、

3号機に近い姿です。

しかし、カバーで覆うことによって周辺線量は劇的に下がったそうです。

中には392体の使用済核燃料があります

 


 

2号機

建屋のとなりに同じぐらいの巨大なコンクリートの建物が出来ています。

これは使用済核燃料615体を取り出すクレーン置き場だそうで、

その巨大なクレーンは海から運び設置したそうです。

 



3号機

すでに燃料の取り出しも終了。

試験的なデブリの取り出しは2号機でしたが、大規模な取り出しは

3号機からと言われています。

 

 

4号機

当時、点検中で稼働してませんでした。

 

 

 

写真はありませんが

この建屋のちょうど反対側に大きな倉庫があり、

もう使わなくなった送電線が多数、置かれていました。

 

2019年にはじめて視察したとき、

福島第一原発にあるのはほとんどが廃棄物だと

書いたのですが、
この送電線は、ここで発電した電気を首都圏に送るためのものです。

 

「いずれ廃棄しなくてはならないが、

優先順位が低いのでここに置いています」

 

いちばん使わないものなので、

これらがしかるべき場所に廃棄されるのは
もしかしたら建屋が解体された時か、

それとも作業に伴い、撤去が必要になった時なのでしょう。

 

2回目の視察もあってか、私がいちばん目に焼き付いたのが

この撤去された送電線でした。

 

この後、屋内で、処理水の説明を受け、

被ばくチェックをし、あっという間の1時間が終了。

 

私は前回、5号機6号機も見学したのですが、今回、コースには含まれていませんでした。

 

 

こうして一般人も視察できるようになっただけあり、

2019年よりもだいぶ「ツアー化」されている印象でした。

 

こうして廃炉に向けて現場は取り組んでいますというのを

たくさんの人に見ていただかなければならないのですよね。

 

 

その後、富岡町の夜ノ森駅近くにできたイタリアン兼花屋さんでランチをいただきました。
前菜からスイーツまでコース料理です。

 

 

 

 

夜ノ森地区にはじめて来た2017年には

放置された建物がたくさんあり、洗濯物が干してあるアパートからは

住民が出てきそうな人の気配すらありました。

 

↓2017年2月です

 

おそらくは当時と変わらないのは桜並木だけなのでしょう。

 

人の背丈よりも高い枯草に覆われた敷地と

整備はされているけど土台だけがある空き地と

その間にぽつんぽつんと新しい家が建っている風景です。

 

 

大熊町のある大野駅周辺は、駅の西側が驚くほど急ピッチで開発が進む一方、

かつての商店街のある東側には

解体もされずに、そのまま朽ちていく景色もありました。

 

この新旧が混在する景色こそ

福島浜通りの15年なんだと思います。

 

 

この後、開発の象徴的な建物、CREVAおおくまを見学。

 

隈研吾氏設計の巨大な建物には

中間貯蔵施設の情報センターが入っていますが、

見学時間が10分しかなく、残念。

 

ちなみに2022年に中間貯蔵施設視察するツアーを組んだ際は

情報センターは6号線沿いのもとはラーメン店の建物でした。

 

↓2022年

 

↓現在

 

 

 

こうして慌ただしくも充実した2日間のモニターツアーが終了しました。

 

このツアーから約20日後の4/6、7に

天皇陛下、皇后陛下、愛子さまが初めて福島浜通りを訪問されました。

 

それは特定復興再生拠点区域と呼ばれる優先的に除染やインフラ整備した地のおかげで

新しい浜通りへ進んでいる証なのだと思います。

 

一方で、立派な建物が出来ているのを見ると、喜ぶべきことではあるのだけれど

巨大な復興予算が投入されていることへの違和感は

この地を訪れるたびに感じることでもあります。

 

2017年から、個人できた数も含めたら

おそらく通算10回ぐらいは来ていると思われる福島県浜通り。

新しい街の変化を今後も見続けるつもりでいます。

 

そして

2017年、福島第一原発20キロ圏内視察ツアーという日帰りの弾丸ツアーを組んだときに

 

「真樹さん、次は福島第一原発に連れていってね」と言われてた約束を

一部の方にですが、ようやく果たすことができました。

 

 

お話くださったSさん、

ご案内くださったTさん、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

4泊5日の沖縄ひとり旅もいよいよ4日目。
この時、私、おバカしまして、なんと4日目の宿をとってなかったことが1月になって発覚!

、、で2週間前に同じところをもう1泊、、と思ったら
半年前のほぼ倍の金額じゃないですか。

 

ということで那覇市内で安宿を探し、県庁前にトイレとシャワー共同ですが
女性専用階のある宿を見つけました。

 

そのグレイス那覇に荷物を預け、レンタカーを返す。


、、、と思ったら、那覇市内を初心者が走るって結構、難儀です。
 

「あ、ここだ」と思った瞬間に目的地を通りすぎ、

ナビがあれども今度は戻るが大変。

 

レンタカーは那覇市内で満タン給油、、でしたが、これまたスタンド探しが大変。

、、ってことで、給油しないで返却したら「ガソリン代金8000円なにがし」と言われ、驚愕!


結局、30分延長(料金的には1時間延長と同じ)、給油し、返却いたしました。

ここはレンタカー借りた初日に

最後に給油するガソリンスタンドを決めておけばよかった、、、
と反省。

 

 

まあ、でも事故なくひとりで運転し、

返却できただけでもよしとしましょう。

 

 

今日は午後から糸満市在住女性と待ち合わせなのです。

彼女とは、10年前に東京で日経ウーマン主催のセミナーで知り合い、

以降はFacebookで親交を深めておりました。

 

 

その前に、午前中は首里城へ行きます!

初日、2日目とすっとばしてしまった首里城。

 

首里駅から15分ぐらい歩き、ここはたしか県立芸術大学

を通り過ぎ、

ハイビスカスって南国よね~。

 

 

着きました!

しかし、ここは正門ではなかった、、けど

暑くてショートカットを選ぶ。

 

 

2019年に火災があり、有料区域である正殿はというと

うーん、建設現場のようです

 

 

しかし、東のアザナという物見台からの眺めは素晴らしく

私の写真技術でそれが伝わらないのが残念。

 

ここが首里城でいちばん高いところのはずよ。

 

 

とにかく寒冷地仕様の私にはこの日の那覇の20度越えは暑すぎて

首里城からはタクシーで移動。

 

 

お昼はここと決めておりました!

 

 

こちら平日でも行列の有名店ですが

社長は岩手県出身なのです。
この日はあいにく、出張中で不在でしたが、

「いつか必ず食べに行くよ~」の約束を果たすのに10年かかってしまいました。

 

 

迷った末に定番のソーキそばにしてみたんだけど

後から聞いたおすすめはBUNBUNSOBA という創作ソバだったらしい。

 

これも美味でしたよ。

 

 

そしてお店の近くで見つけた喫茶店?

めちゃ気になったのですが、残念ながら閉店しておりました

 

 

 

この後、再びタクシーに乗り、(バスがわかればなあ)

A嬢と待ち合わせ場所に向かい、合流。

 

ちなみにこちらはその日の夜の写真ですが

A嬢はキリッとした美人起業家なのです

 

 

午後はA嬢に車を出していただき、まずは南城市の斎場御獄へ。

琉球国王も参拝したといわれる神聖な場所ですが

この日、首里城で相当歩いた私は約1時間かかる見学はパスし、場所のみ確認。

 

でもこの南城市に行く道中、

風景が違う~と思いました。

 

台湾っぽい、と1回しか行ったことがないのにそう思う。

南国というより大陸っぽい気がしたんですよね。
、、、という割には車中、話に夢中で写真がない。

 

 

ここから糸満市へ戻り、ホリ-ニョと盛岡やまち氏
おすすめのある地へむかいます

 

 

ここもともと上原謙さんという個人の方がタクシー運転手をしながら

糸満の漁師(糸満海人)の道具や日用品を集めたのが始まりらしいです。

2021年までご存命だった方らしく、A嬢は会ったことがあるらしい。

 

 

この隣の公園に展示してある船ですが

東日本大震災で流された石巻の漁船です。

船舶に記載してある番号で所有者がわかり、震災の数年後にここで対面した時の

記事も展示してありました。

 

 

その後、近くのいとまーるに移動。

こじんまりした地元民のためのお店という感じ

 

 

さとうきびジュースを販売しているお店で一服

 

 

木みたいなのがさとうきびで、この機械で絞るとジュースがでてきます

糸満かりゆし商店のさとうきび生搾り→このロゴかわいいよね。
お店の女性、起業したばかりと聞きましたので、糸満市へおでかけの際は

ぜひ寄ってください。

 

 

この後は、那覇市内の沖縄料理の店に移動

沖縄大好きの私の高校の後輩、N嬢ご推薦のお店です

 

 

泡盛マイスターに「飲みやすいのを」とお願いしたら

こちらになりました

 

 

沖縄料理の前菜

 

 

これは何チャンプルーだったかな?

 

 

この後、夜の国際通りと歓楽街である松山地区をA嬢の車で

流していただき、再会を約束して宿へ送っていただきました。

 

 

翌朝は、近くのモスバーガーで朝食をとり、モノレールで那覇空港へ。

空港内にあるファミマで沖縄限定の菓子パンをお土産にし、

那覇空港11:45発 羽田着14:00のJALに乗車

 

自宅についたのは19時頃です。

 

 

4泊5日とはいえ、東北から行くとなると

初日と最終日はほぼ移動でおしまい。

 

それでも中、3日あったわけですが見ておけばよかったなあと

帰ってきてから思った場所です

 

・嘉手納基地を一望できる「道の駅かでな」

・その周辺のゴザ

・豊見城市の旧海軍司令部壕
・ブルーシールのアイス
・牧志公設市場

 

ともあれ、「カラー化写真でみる沖縄」の現地での協力を取り付けるという

一番の目的はかないましたので良しとしましょう。

 

現地でお世話になった方々、ありがとうございました。

 

初めて行った沖縄の
戦前、戦中、戦後の歴史に少しだけ触れ、
観光と基地が隣り合わせの日々を見ました。