『5時からアイドル』まきりん社長ブログ

『5時からアイドル』まきりん社長ブログ

朝は「仕出し屋まきりん」からスタートし、昼は「株式会社のびあという企画とPR会社の社長」、夕方は「5時からアイドルまきりん」となる人のブログです。
もと金髪長女とW王子こと双子男子の母で岩手県滝沢市在住。
カラオケの十八番は「あゝ無情」

年末の恒例企画ながら

昨年はzoomにしたのびあの忘年会「スナックへ行こう」

2年ぶりに開催しました!

 

 

 

とはいえ、こういうご時世なので

それぞれの考え方があり、

職場によってはNGというところもある。

 

とくに、病院、介護施設、保育施設は厳しいようで

忘年会・新年会自粛という通達がある職場もあれば

「カラオケはNG」等、細かい規定があるところも。

それぞれの家庭の事情もある。

 

なので、企画はしたものの

ママさんにお店を営業時間外に貸し切りしたいただくのもあり

「5人以上で開催、ただし10名以下」という条件付とした。

 

参加者は開催ギリギリの5名(私いれて6名)

例年の3分の1だったし、

なぜか全員50代以上。

そりゃそうか、クリスマスの土曜日ですもんね。

 

なので、続けて何曲も歌えない・・・。

 

 

私も実に1年8か月ぶりのカラオケでしたけど

参加してくれた方々も「そんなものよ~」

 

そしてこの約2年ぶりのカラオケというのは

まず機械の操作を忘れて

「曲がいれれない」から始まり

 

しかもマスクカラオケは

苦しい・・・・

 

 

▼専用透明カーテンで仕切ったカラオケスペースです

 

この「スナックへ行こう」の常連で

キレキレのダンスを見せるYちゃんも欠席につき

この会のテーマ曲ともいえる「女々しくて」

を代わりに歌ったものの、酸欠で1番で交代。

 

あれを踊りながら

最後まで歌えるのは30代ならではでした。

 

「うっせいわ」をEさんがうたい上げた時は

「すごい、今年の曲だわ」となり、

調子にのって入れてみたBTSとNiziUは

結局、サビしか歌えないけれど

楽しかったです!

 

 

そして、続けて歌えないという体力的な理由から

いろいろなおしゃべりタイムも長く

今後の皇室問題(女系天皇、女性天皇の是非)

⇒職場の働き方改革からジェンダー論

⇒芸能人の自殺

⇒(筒美京平シリーズのカラオケタイム)

⇒沖縄の基地問題と福島の原発問題は構造が同じ!!

 

などなど下世話な話から自治問題まで語り

「合間に体力を回復したものが突然歌う」という

これまでの会とはまた違った展開でした。

 

 

ママさんのご厚意で

17時までの予定が19時半解散

 

「久々に、おしゃべりして楽しかったね!!」

となりました。

 

 

それでも

この会のルーティンである

伊代ちゃんや、Sさんの即興「人生の扉」は外さない。

 

▼1曲目は「センチメンタルジャーニー」 これもほぼお約束

 

 

来年は

マスクなしに三密OKで開催できますように!!

 

ご参加いただいた方々、

会場提供してくださったファーストのヒロコママ、

ありがとうございました。

 

 

 

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先日、次男のお友達がこんな話をしたそうだ。

 

「俺らが子どもの頃の思い出、

ここに行ったとか、あそこに行ったとかの時、
いつもお前の母さん、いるんだよな。」

 

私が21年間のサラリーマン生活にサヨナラしたのは
長女が14才、双子が10才の時。

そこから、起業してもしばらくの間、暇だったのもあって
双子の同級生たちをワゴン車に乗せ、

スキーだ、スケートだと連れていった。

 

岩手の小学生は5.6年生になると
体育の時間がスキーになるので

その前に、滑れるようにしておきたいというのが冬休み。

 

ステップワゴンに小学生のスキー道具を積み、常に6~8人、
「小学生以下リフト券無料」のスキー場へ連れていった。

 

今、思えば、私のリフト券は有料だったよね。

 

スピードが出て転倒した子を助けようとして、

私の方が豪快に転んだこともあった。
あの時、爆笑してたBOYSの顔、

今、書きながら思い出してきたよ。うん。

 

きゃつらはそのまま同じ中学に進み、

真冬の校庭で「コマネチ!」をやるようなやんちゃな中学生となり、

「お前ら、小学8年生だな」と先生に呆れられるようになった。

 

そんな彼らは

しばしば先生の理不尽と戦っていた。

 

中二病じゃなくて、本当に中2なのだ。

 

「それはあんたたちが悪いよ」というようなこともあったけれども

中には、「どう考えても先生が悪い!」というような件もあり、

特に、修学旅行にまつわるある事件では

私とKちゃんのお母さんと2人、

当時の学年長以下、2学年の担任全員と丁丁発止のやりとりをし、

翌週の学年集会で

「学年長から生徒への謝罪」を勝ち取ったのだ。

 

その話は、生徒たちの間で

「〇〇の母さん、学校へ殴り込み事件」として

大層大袈裟に流布された。

 

大袈裟とは書いたけど

当時の学年長が本当に訳わからん体育教師で

「これはおかしいですよね」と時系列に話を進めていっても

認めようとはしない。

 

頭にきた私は

「あんたの頭の中は全部、筋肉で出来てますよね!!」

と暴言を吐いたのは事実だ。

 

まあ、そんなわけで

この件は、ちょっとした武勇伝になったのだが

きゃつらはその後

卒業式の全員合唱を何の曲目にするか?でも

先生と対立した。

 

中学最後に自分たちの好きな歌で合唱したいと

学年投票で選んだ曲が

なぜか当時の音楽教師に

「それは小学生が歌うレベルの卒業式ソング」と却下され

「河口」を歌えと命じられた。

 

♪ ちくごがわ、ちくごがわ、そのフィナーレ、ああ♪

の「河口」とういう合唱曲だ。

 

「なんで、岩手の中学生が

行ったこともない九州の川の歌を歌わなきゃならないんだよ~」

 

と反発し、きゃつらは学級会を重ね、代表者の学級委員が先生と交渉したらしい。

この件、最後の最後に「河口でいいじゃん」という裏切者?が出て

結局、九州の川の歌を合唱し、きゃつらは卒業した。

 

あの時も

「これは、最後にお前の母さんに頼むしかねーな」となり、

 

「うちらのエース再登場!」

という声があがったらしい。

 

それを聞いた私は

「あんたたちで先生と交渉しなさい。健闘を祈る」

と静観した。

 

 

懐かしい。

 

あれから10年

きゃつらも全員、社会人だ。
あの時よりももっと大きな理不尽と戦って

どこかで折り合いをつけながら生きているんだろう。

 

社会人となっても

帰省したら結構、ウチに泊りに来てくれた彼らが

コロナ禍で姿を見せなくなったこと、淋しい。

 

来年のお盆には

三密OKだといいよなあ。

 

 

 

▼成人式が4年前か。中3の時の先生と談笑するきゃつら。

このK先生はいい先生だったなあ。

 

 

 

 

 

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先月、NetflixとDAZNに加入した。

 

私はテレビ大好きだけど、YouTubeはあまり見ない。
なので、動画配信サービスってものはどうなのかなーと

実のところ、興味もあまりなかった。

 

が、先月、グルージャの最終戦を見たいがために

DAZNに加入し、気がついたらNetflixも見れるようになっていた。
きっと次男が加入したんだろう。

 

大門未知子も終わっちゃたし、ということで

昨夜、夫と次男と3人で「浅草キッド」を視聴。

 

「僕たちはみんな大人になれなかった」は

Netflixと映画館でも上映していたので、映画館で見たのだけども

「浅草キッド」はNetflixでしか見れないのだ。

 

Twitterでその評判は見てはいたのだけれど

これが、本当に面白い。

 

柳楽優弥さんのタケシが本当にそっくりで

でも「ものマネ」ではない。

特殊メイクもすごくて、本当にビートたけしにしか見えない。

 

 

ナイツの土屋さんのビートきよしも地味ながら良かったし

門脇麦ちゃんの千春もよかった。

そして大泉洋さんの深見千三郎はかっこええ!

 

破天荒な芸人は他にもいたと思うんだけど

「笑われるんじゃねぇ、笑わせるんだよ」のセリフには

「おおおおおお~」とう感嘆符しかでてこなかった。

 

 

監督、演出の劇団ひとりってすごいなあ

 

 

語彙力がないので、「すごい、すごい」しかいってないけど

とにかくすごいのだ。

 

私が10代なら「ヤバイ」しか書いてないだろう。

 

 

これ、Twitterの画像ですけど

「人生を変えてくれた師匠はいますか?」

 

私の場合は中学2年生の担任の先生。

その話はまたいつか。

 

 

 

 

 

 

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4年前に私は「福島問題を語るユーウツ」というブログを書いた。
 ※1回だけかと思ったら②もあって今、自分でびっくり

 ②はこちら

 福島を語るユーウツ② | 『5時からアイドル』まきりん社長ブログ (ameblo.jp)

 

 

この時、書いたユーウツは 

今なお現在進行形で起きていて

この2つも健在だった。

 

 ①福島は危険だ
 ②政府や東電の責任を問うべき

  

  ②についてはほとんどの方は異論ないと思う。 

 

①の「危険だ」はちょっとだけ変わってきていて

4年前は「福島は危険だから行ってはいけない」だったのが

今は

「危険だから住民を帰してはいけない」になってきている。

 

  

これは事故後に放射線被ばく線量の限度をあげた時から言われ続けていると思う。 

 

 

   

危険だ、という人たちは

来年、避難指示が解除される地域の線量を測っては 

「まだ、こんなに高い」と訴え、

文部科学省が出した「小学生のための放射線副読本」もでたらめをだと主張する。

 

  小学生のための放射線副読本(令和3年10月改訂) (mext.go.jp)

 

反対に、このような活動を苦々しく思う人たちは

「これこそが風評被害につながっている」といい、

両者が相容れる雰囲気はまるでない。 

 

  

そもそも先の被ばく量の限度が

1ミリシーベルトなのか20ミリシーベルトなのか

癌のリスクが高まるのは50なのか、100なのか、

ここが解決されない限り和解はないのだと思う。

  

 

実は来年の春、

再び「福島原発20キロ圏内視察」のバスツアーをやりたいと思っている。

 

 

こうしたツアーをうちのような企画会社がするには

現地ガイドをどこの誰にお願いするか?が肝だ。

 

なので、情報収集のために

主にTwitterで、いろいろな人や団体をフォローしてみた。

そのうちのいくつかの団体には、問い合わせもしているのだが、

なかには熱心さのあまり、情報というよりも過剰な正義感を主張する人もいる。 

 

特に原発の再稼働をめぐって、反対、賛成、

それぞれの支持政党とくっついていたりするのもあり、

その面倒くささはハンパない。

 

誤解されたくないのだが、住民の方が面倒なのではなく、

反対、賛成、両方の方から、

「自分たちが正しい!」と主張を押し付けられることが面倒なのである。

  

 

これは実にもったいないことだと思っている。

 

自分のことをいうのも何なのだが

せっかく浜通りという地区に興味をもち、関心をよせているのに

「ああ、福島と関わることはやっぱりモロモロの面倒なことがついてくるんだ」

となるのだ。

 

福島と、というより、原発と、なんだろうけれども。

   

当然のことながら

現地ガイドをお願いする団体にも

この過剰な正義感をもった人は頼まない。

 

 お願いしたいのは震災前と震災後の街案内であり、

 バスのなかが自身の演説会になっては困るからだ。

 

 思うに被災地の応援というのは

結局のところ、「行く」「買う」「住む」しかできないと

私は思っている。

これは福島県に限らず、また東日本大震災の被災に限らず。

 

そして、どの程度、関わっていくかは人それぞれだ。

  

住民の方と積極的にかかわり、実質的なお手伝いや支援をする人から
福島の野菜を買い続ける人、NPOに寄付する人、

書籍を読む人、常磐線に乗ってみる人、

さまざまだ。

 

 

私の遠い親戚で、南相馬で被災した人がいる。

伯父の兄弟だ。

避難所暮らしのこと、もとの街に夫婦で戻るまでのこと

それらを語ろうとはしない。

「もういいでしょ」と思っているのだと思う。

 

以前、陸前高田で

「いい意味の風化はしていい」という言葉を

中学校の校長先生から聞いたのだけれど

十分つらい思いをした人、忘れたい人は忘れていい。

 

住民もまた人それぞれなのだ。

 

私の場合の応援、

応援というのも実におこがましいけれど

原発事故で一定期間、無人になった街がどうなっていくのか

それを定点観測していきたいと思っている。

 

それ以上でもそれ以下でもない。

 

原発について、再生エネルギーについて

東電について、国について

私が思っている意見はある。

わからないことも多いけれども。

 

けれどもそれを参加者に押し付けるようなことは絶対にしない。

見ていただいて、どう感じるかは人それぞれなのだ。

 

同じように思っている人がいたら、一緒に行きたいと思って企画するのだが、

コロナがどうなるかと、

10年ひと区切りで、震災も原発事故も風化していく中で

果たしてツアー催行人数まで集められるかどうか、自信はない。

 

 

けれども、ユーウツを乗り越えた先に

富岡町夜の森の、今度は満開の桜の下で

二度めの記念写真があると信じ、内容を詰めていくのだ。

 

  

 

  

  

 

 

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昨日のブログはたくさんの反響をいただきました。

 

 

これ読んでくれた知人友人の感想をいくつかご紹介。

 

 

「ここ撮るなら

裏の高台にある災害公営住宅見えるだろうになぜわざわざここ撮るかねー」

 

「人いねって、ここさ、人いればダメなんだでば」
翻訳⇒(人がいないって言ってるけど、ここは人がいてはいけない場所なんですよ)

 

「いつまでも可哀そうでもねんだけんど
まあ、なんでもいいから、来て銭っこ落としてくれればよ」

 

 

いやー、笑った。

このたくましさ、どうよ。

 

 

私は

「そうまでして印象操作するかねー」とか

「他で正しいこと言ってても、この人は信用できないわ」とか
県民の指摘をガン無視し、訂正も釈明もしないこのフォトジャーナリストにプンプンしていたけれど

いやー、まだまだ人間小さいわ。

 

ちなみに当人でない方からこのジャーナリストをフォローする?ツイが数回にわたってきたけど

「おかまいねぐ」

 

 

んだ、んだ

可哀そうでもなんでもいいから、

岩手さ来て、銭おとしてけろ。

 

 

このたくましさとあざとさは

さすが「あまちゃん」を生んだ岩手県。

 

 

「第3セクターなめんなよ!」の大吉駅長のセリフは
モデルになったHもと駅長が

実際に話した言葉なんだけど

「被災地、なめんなよ!」だ。

もしかしたらステレオタイプの被災地像をあてはめられることに

慣れているのかもしれないけれどね。

 

 

というわけで、三陸道も通りました。
岩手へきて、観光して、いっぱいお金落としていってください!

 

いつまでも淋しく、可哀そうな地域かどうかも
その目で見るのが一番よ。

 

 

▼陸前高田には三鉄は通ってません。
お隣の大船渡市盛駅からあまちゃんの久慈駅までです。

 

 

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