久しぶりの北海道ありがとうございました。

帰りに僕とジャンボリーが寝坊して焦ったのは秘密です。

また行きたいです北海道。

そして日付がかわり今日ははるきちの誕生日。

はるきちにNirvanaの本を送ったあの日から9年目になるのでしょうか。

今日も今日とてラジオの収録ではるきちと二人で喋ってきましたが、未だにこの人となんやかんややれてるのも不思議な気持ちになりますね。

頑張れ俺。

頑張れはるきち。

最近ははるきちの機材を磨いたりメンテしたり、プリプロがてらアレンジするのがまた楽しくなりました。

今更かよ、ではなく、まだ新発見する余地があることにびっくりしています。

明日は果たしてどうなるのやら。

はるきちさんこれからもよろしくお願いいたします。
激久しぶりに更新ですね。すみません。

ミソフェスにお越しいただいた皆様、共演の皆様、スタッフ及び関係者の皆様ありがとうございました。

当日は久しぶりに文化祭みたいな種類の緊張をして、無事に本番が迎えられるか不安な気持ちでしたが、終わってみればとても思い出深い一日になりました。

当日はずっと駆け回っていましたが、思い出話をいくつか。

EllオープニングはONIGAWARA。ステージで見ていた僕ですが、ステージスタッフさんへPAさんから何度か『ギターの音出てる?』と確認指令が。

僕とスタッフさんで何回か確認しましたがバッチリ出てます。PAさんは半信半疑。

どうやらこのユニットは音源も同期で流しているので、Gt.サティフォさんのあまりに完璧なギターを音源に入っているものと錯覚したみたいなんですね。

僕の中でサティフォ伝説が誕生した驚愕のプレイでした。


四星球は当日も最高のライブをしてくれましたが、この人たちが更に男前なのが異常な転換の速さです。

手伝うことがほとんどありませんでした。

いつの間にか準備が終わり、爆笑の25分きっちりのライブ。

『25分の神やから笑』

いやいや転換で5分巻きましたよ!

完璧すぎます。


そして、この日僕はひとつ夢をかなえました。

それは空きっ腹に酒の西田くんのワーミーをいじり倒すことです。

袖で見ていたらvo.ゆきてるくんが例のセクションで僕を手招きするのでここぞとばかりにいじり倒しました。

それこそゆきてるくんに羽交い締めされるほど。

『自分の出番より楽しそうだったじゃん!』のツッコミまで受けてしまいました。

空きっ腹ありがとう!

そしてBACKLIFTでは諸般の事情によりまさかのセキュリティ。

一人白シャツで浮きまくってました。

シュールな空気を醸し出してすみませんでした。

でもゆうぽんが最後タッチしに来てくれたのがめちゃめちゃ嬉しかったです。

なんか微妙にリズムに乗ってるしMCで拍手するし白シャツだしこんなセキュリティでごめんな。

良いライブだったから体が動いてしまったよ。

もうセキュリティをすることはないでしょう笑


そして夜ダンがミソフェス仕様のライブをしてくれたのがとても嬉しかったです。

MCも曲も最高でした。はるきちの本気ダンス笑

ケンケンのムスタングも最高でした。

最後鈴鹿くんにポーズパクられたのも良い思い出です。

基本的にEll、少しsizeの転換や進行状況の把握に動いていたため偏った会場レポートですみません。まだまだたくさんあった気がします。

あと、ジラフポットは中野くんの完全復帰を待ってます。

既に怪我してるのか疑うくらいの盛り上がるライブしてたけどね。


運営など至らぬ点はありましたがまた来年開催できたらと思いますのでよろしくお願いいたします。

ありがとうございました。
神戸、福岡、広島と回ってきました。お越し下さった皆さん、関係者の方々ありがとうございます。

ツアーも半ば。ここでもう1つ曲解説を。

今回はlittle by littleについてです。

今作、悔いの残らないような曲を書くにあたって、『CDを作りたい』と思い始めた高校生の頃のことを思い出していました。

当時の僕を励ましてくれていたのはeaglsやgoogoodollsやbonjoviやらGLAYのB面の曲や歌詞でした。

傍目にはそこまでの名曲じゃなくても、芯がとても強くて、いわゆる売る、売れないより歌わなくちゃ生きていけないんだろうなと感じられるものに救われていたのだと思います。

誰がなんと言おうと、事実として僕の人生を助けてくれた僕にとっての名曲です。

今作、僕も曲を作るにあたって、自分をこれまで救ってくれたアーティストに敬意を示して、自分を救ってくれた言葉を、そして当時の僕と友人に言うべき言葉を集めてこの曲を書き上げました。

ちなみに、その友人というのは『アメリカと中国と静岡』に登場する『故郷の君』その人です。

その人について、ボツ作含めてたくさん曲を作ってきました。

僕にとって特別な存在です。

話は逸れましたが、ずっと誰かの力になれる曲が書きたくて、特にその人の力になれる曲が書きたくて今までギターを弾いて生きてきたんだと思います。

このタイミングで、自分の本当に歌いたい曲を書かなかったら何のために生きてきたのかわからないと言い切れるくらい、僕はこの曲を書かずにはいられませんでした。

太陽の塔やアメリカと中国と静岡みたいな背景描写もエピソードの記述もない歌詞は、限られた人にしか感情移入出来ないかもしれない。

それでも、当時の自分が言いたくて、言われたかった言葉にこだわりました。

この気持ちにテクニックやら小賢しいフィルターをかけたくなかったから。

全員に届かせるよりも明確に救いたい人間が自分の中にいたんです。

だから一旦リード曲候補にも上がりましたが、これまでのミソッカスのイメージと違いすぎる上に、歌詞のターゲットが狭すぎるとしてリード曲にはなりませんでした。

作曲しといてなんですが、この曲にはそれがふさわしい。僕の敬愛するアーティストの方々も、B面に於てこういう曲を出してくれて僕を救ってくれたから。

アルバムの片隅にひっそり咲いていて、何かに傷ついてふと足下を見ればこちらに咲いている、道端の花のような曲になれたらと願います。

本当に必要な人に届いて欲しい1曲です。長文を最後までお読みくださりありがとうございました。
2013年5月

ラジオからは私たちの新曲が流れている。はるきちはツイッターでのリプライ返信に息つく暇がない。大勢の人たちが私たちの新曲を祝福してくれている。完全生産限定品のシングルCDはあっという間に在庫切れを迎えることになる。
 この賛辞の嵐の真っただ中においては、まっとうな人間ならば図に乗ってまっとうならざる行動に打って出て然るべきである。この熱狂を醒まさぬように調子に乗るだけ調子に乗って、反省赤面するのは数年後にSNSの過去の画像記事をみるその時までとっておけばよいのだ。
 つまり、この時の私に求められていたのは生来の阿呆にオーバードライブをかましてブーストさせるだけであった。

 しかし、そのような祝福の嵐に私は素直にその身を任せられなかった。

 なぜならそれらの賛辞は、その曲を産み出した4年前の私に向けての賛辞であったからである。


2009年5月

前年の12月に浮かんだメロディーを推敲して『アメリカと中国と静岡』という曲を完成させた私は、6月初頭にライブハウス『栄タイトロープ』にてこの曲を初披露した。
真冬の禁欲的疑似ホームレス体験、『オニイサン、フィリピ―ナドウ?』以外の語彙を推し量れない、推し量りたくない黒人の客引きと、ファミマの中国人店員チャンさんのおかげでMCの最中に笑いの赤外線センサーを四方八方に張り巡らし、タイトルコールにて爆笑を勝ち取ったのちに恐ろしく静かなバラードを歌い上げるという、緩急自在も過ぎたるが及ばざるがごとくその場にいたほとんどのオーディエンスを見逃し三振に打ち取ったライブであった。 
 その場にいたほとんどのオーディエンスの人数は、共演者を含めて10名であった。

その10名の中に、5月のイベントで私を知り、8月に付き合うことになる女性がいた。彼女も例によって失笑していたが、何故か2人は付き合うことになった。その嬉し恥ずかし赤面必死の経緯に関しては目を通すに値しないと読者諸賢は判断するであろうから語らない。私も無用に傷口を抉りたくはない。

彼女についていくつかの情報を提供する。

 雑貨づくりが好きで、私と知り合ったのも彼女がそのイベントに雑貨を出品していたからである。その作品センスはクリエイターズマーケットで賞を勝ち得たこともあるほどだ。

 雑貨などに疎い私にはわからないが、彼女が『可愛い』というものにはある一定の傾向(整っているものより手作りで作られたもの、彼女の作品には希薄な昭和らしい色彩をもっているものなど・・・)が何となく認められる。

 ペーパードライバーであり車の運転は下手であったが、一人乗り中古スクーターしか所持していない私のために頑張って運転を練習してくれた。

しかし一番は何かしらの芸術にお互い貪欲で、雑貨、音楽双方に共通する『モノづくり』に関する議論をビール片手に延々と出来るところである。

作り手としての矜持、センスの磨き方などお互いに語り合ったものはとてもここでは語りつくせない。純粋に、磨きあって成長するだけで喜びが感じられた。『雑貨』と『音楽』という土俵の違いもよかったのだろう。

しかし、私は静岡に帰りバンドも脱退。一か月後には彼女とも別れた。

その年の年末のmixiブログに『いい意味であなたと別れてよかったと思う』とコメントをもらった際には彼女の真意を量り損ねつつも、彼女がかつて愛した自分でなくなっていきつつある自分を納得させようとしていた。

バンド復帰以後の私は次第に調子を崩していき、曲が全く書けず、自信も喪失しながら3年ほど踏ん張っていた。彼女の方はSNSでも見かけなくなり、別れてから一年間は活発だった制作活動の進捗も窺い知れなくなっていった。

バンド自体は着実にステップアップしていたが、私個人でいえば彼女と語り合っていた私自身を超えられていない葛藤を感じていた。超えようにも曲を作れていなかったからである。しかし曲は浮かばない。どんどん自信を喪失していった。

そんな中、『この曲を出したい!』というはるきちの鶴の一声で『アメリカと中国と静岡』はリリースされたのである。

この作品がラジオに乗って、彼女も聴いているかもしれない環境で流れてきた時、私はバンドアレンジ中、レコーディング、撮影中は全く感じなかった息苦しさに襲われた。

今の僕らにはこの曲はどう聴こえるんだろう?あれだけ語ってた情熱は今どこにある?自信も何もなくなった俺だけどいろんな人々に引きずってもらいながらこの曲がいろんな人に届けられたよ。あなたはどうだい?

衝動的にPCを立ち上げて2日間、産み出さなければ、届けなければと憑りつかれたように曲を作り上げた。何も産めなかった4年分の想いが私を突き動かしていた。もうこのバンドでやるか、弾き語りでやるかなんて考えず、ただただ書いた。気が付けば歪な展開のデモ音源が出来上がっていた。

この物語の続きは発売日以後にしかわからない。

ただ、『時を戻したい』と唄った唄ではないことは明確にしておこう。これは、今は会えない人に自分の成し遂げたことが届くよう歩き続ける人のための唄だ。『宛名もないけど君に届くかな』と手探りで、でも着実に歩く人のための唄だ。そばにいなくても心を支えてくれる人への感謝の唄でもある。皆さんの心の中に浮かぶ人はいるだろうか。もしいるのならばその人の目を直視できるよう歩いていかないか。昨日までがだめでも今日からでいい。最悪なのはやらないことである。

あの日のガラガラな客席の暗がりも、笑い声も鮮明に思い出せる。

『僕の風の便りで背中を押せたなら』この曲があらゆる人の背中を押すことを願ってやまない。










この曲のタイトルは森見登美彦さんの『太陽の塔』にインスピレーションを受けて命名しました。氏の小説も是非ご一読いただければ幸いです。
今日は諸々長丁場のスタジオでした。

作って壊して作って磨かれて。沢山作って批評されないと磨かれないものがある。

辛いけど、乗り越えた先には喜びがある。この喜びをまた味わいたくて創る。

聴いてくれる人がいる幸せは計り知れないし、やはり唄を創らずにはいられない。

静岡にいた頃に痛感しました。

またダメ出しの嵐に乗り出します。
コーラス練習より帰宅。やはり声を出すのは良い。

悩んで暗くなるくらいなら唄った方が良い。なんかブルースマンみたいっすね。

明日は何が出来るだろう。煮詰まったら唄うことを思い出せたら良いな。

明日(というか今日)といえば名古屋近鉄パッセではるきち&マイケルのインストアがありますね。私は諸事情でいけませんが行ける方は是非。

そういえば近所のラーメン凛が今月中に店終いです。

完全に常連と化していてカウンターで大将と話すの大好きだったのに。

ツアー後、レコーディング前はかなりの確率でカロリー補給に行っていた場所だけに生活への影響は計り知れない。

大将にそれを伝えたら呆れながらも少し淋しそうだったように見えました。

せめてあともう一回行きたい。

今日は河原でひたすらギターを弾いてからスタジオへ。

なかなかイメージ通りにならず。難しい。イメージのすり合わせが難しい。

流されるとこは流されてでも前に進んで形にしたいです。

それでも曲に込めたものは残ることを信じて。そういうタフな曲を創りたい。それは生半可なことじゃないけど。

もっと楽に考えればいいのかもしれないけどね。
最近twitterで『作曲について語るマモルさんbot』をフォローしたのですが、内容がすこぶる良い。

曲書けんと嘆く前にパクったコード進行でいいから作れ。スピッツのコード進行パクったところでお前にはあんな曲書けん。作ってみろ。そして違いを探せ。みたいなツイートにハッとさせられてます。

楽しみにしてくれてる人がいるから創りたい。

その一方で人には自分が生きるために作らなくちゃ、もとい唄わなくちゃならなかった唄もある。僕のはそんなんばっか。アメ中も弾き語りのおやすみもfolksongerも。

個人的にはそっちの方が好きだけど、産み出すにはかなりの痛みを感じます。

けど、逃げちゃダメなんだよなあ。結構痛いけど。

これを乗り越えたい。
今日は新宿ロフトにてライブ。パッションが大切な1日でした。後悔しないように出来ているかな?

来週も楽しみにやりたい。

久しぶりに逢えた人もいるし、大阪から忙しなかったけれど今日があって良かった。

またパワーアップして逢えたらと思います。ありがとうございます。

で、タワーレコード新宿店にご挨拶。


昨日の大阪編は車でお留守番だったので。

そして嬉しかったのがこれ!



大学のサークルの仲間、マーくんがドラムをつとめるENTH!

これは嬉しい!お互いやったりましょう。
心斎橋ブロンズにてフォーリミとツーマンでした。フォーリミ、あの場にいた皆さんありがとうございます。

フォーリミ、圧巻のライブでした。あの勢い、本当に清々しくて色んな垣根を越えてると思いました。率直に言うと悔しくなるくらい。オーラルとやる時もオーラルが最高過ぎて良く感じるんです。この人たちのライブが最高過ぎる。私も精進、自分に正直にならなくちゃ。

しかし毎度アメ中の時のお客さんの表情を観て泣きそうになります。この瞬間は自分の人生を肯定してもらえた気持ちになれてとても幸せです。

この瞬間をもっと味わうにはもっとブラッシュアップした自分で唄を書かないと、と自分のケツを叩きますが、なかなか書けない。この辺ももっと正直になりたい。

で、関係ないですがりゅーたくんに教えてもらってラインを始めました。BACKLIFTゆうぽんとも呑みたいもんです。

現在、見放題の民やんさんちに宿泊なう。