惰眠のツケ
それまで書いてた記事を間違って「アメーバに限定公開」という選択肢でUP。
間違いに気づいてゴミ箱にポイと捨てたら、
それまでの下書きまで削除されていた。
そんな悲劇に見舞われてしまいました。
またおっちょこちょいな間抜けをやらかしてしまった。
結構はまって書いていただけに軽くショックで、
すぐにもう一度同じ内容を書く気になれず。
なので、そのUPするはずだった「好きな音楽ネタ」はちょっとおいときます。
10日(日曜日)は休日だったので
日曜朝のTV番組『がっちりマンデー』を見た。
CMに仕掛けられた舞台裏をのぞくって面白い。
その後、読書してうとうと昼寝。
3時間も惰眠をむさぼってしまったら、軽い頭痛を覚える。
頭痛なんて滅多にないので、何年ぶり?くらい久しい痛覚。
やっぱり休日は運動だ。
有酸素運動で毛細血管の末端まで血を巡らせてやれば血管も拡張し、
この程度の頭痛は吹き飛ぶはず…との療法にはもちろん、根拠はない。
プールに入る施設の脱衣所で、足のムダ毛の処理を忘れていることに気づいた。
しかしそんな事を理由に、泳ぐことを断念する私ではない。
「小さいことにくよくよするな」って誰かも言ってたじゃないですか。
その本読んだことないけど。
スネ毛以外の部位はどうなんだ、というツッコミには、まあ「ええじゃないか」と。
プールでひと泳ぎ。
いつものように潜水すると、思った以上に頭部に圧を感じた。
今日は潜水は無理だ。
こんなに影響を及ぼすとは思いもよらず、
やっぱり寝すぎだったことをちょっと後悔。
普段プールを利用するのはたいてい平日昼間なので
今日のように、混雑したプールで泳ぐのは久しぶり。
プールってよく考えるとあれだ。
半裸の老若男女が、同じ釜の風呂で黙々と運動に興じるという
極めて特殊な環境にある。
私の通うこのプールで気に入っている点は
ひとコースあたりの幅員が、よそと比べて広いことにある。
しかも全8コース程で余裕がある。
しかし時間によって各種プログラムあり(参加したことは一度もない)。
幅員が広いとはいえ、ひとコースを他人と共有する時は
時計と逆方向で往来する。
隣接するコースとは間仕切りのブイで区切られているが
水中ではほんの10~20cm程、目の前の距離で行き交う。
運動中に他人とおしゃべりを楽しむ方ではないが
以前人懐っこいおじさんに、なんか話しかけられた時には
年のわりに、無駄な贅肉の無い鍛えられたその様を
「いい体していますね」と褒めてみたり。
あと水着を見るのも楽しい。
自分が着用するにはタンキニタイプのセパレート型が楽で好きだ。
でもカッコいいのはやっぱり競泳用のワンピースだと思う。
何度か見かける女性の着用する、数種の水着がかわいく、
どこで見つけるのか、機会があればいつかかたずねてみたい。
頭痛は潜水さえしなければ全く感じないので、
今日はゆっくりペースで結局2Km泳いだ。
明日は横浜のお祭りだ。
幸せ各様
天気の良い、ある昼下がりの休日、乗り込んだ電車での出来事。
込み具合は程ほどで、座席に空席はない程度で、私も立っている。
目の前には年頃20代前半とおぼしき若いカップルが並ぶ。
その女性の視線が私の横を通り過ぎ、何かを捕らえ目を細めている。
「?」視線の先には一体何が?
見てみると、そこにはベビーカー。乗せたわが子をあやす夫婦の姿。
私の位置からその赤ちゃんの姿は見えないが
その夫婦の幸せそうな様子は、周囲へも幸せをもたらす効果あり。
すぐ近くにいる、数人の男子高校生も、その雰囲気を察している様子。
実に微笑ましい風景が繰り広げられていた。
そんな様子を眺める私のICレコーダから流れる曲はメタリカの「fuel」。
頭の中で曲が鳴り響いています。
「gimme fuel gimme fire gimme that which i desire ooh…」
曲の冒頭からジェイムズが訴えています。
「燃料よこせ 炎よ燃えろ 俺の欲しいモンをよこしやがれ うおーー」
(勝手な意訳をすると、こんな感じかと思われます)
ジェイムスが叫んでいます。
いい歳したおじ様が元気に思いっきり駄々こねてます。
これまたカッコ良いと思って、ご機嫌で聞き入る私がいます。
目の前で繰り広げられる、親子の和む風景と、私のその状況の対比。
そこで我に返り、気が付いた。
きっと私はこの先もこのまんまだ。
しかも幸か不幸か、それが幸せなんだな…と。
なんかそれらをひっくるめたその事態が、
自分の笑いのツボで、おかしくって、たまりませんでした。
うーん。
この自虐的笑いのニュアンス、この表現で他人様にご理解頂けるのかしらん…。
発言力
テレビを見て、倖田くみさんの発言が話題になっていることを知る。
他人の発言を逐一真に受けていては、身が持たないし
第一その発言自体、TPOをわきまえればこんな事態にはならなかった訳で
正直、その一連の騒動を見るにつけ
「ああ、なんかしゃべって、(それについて)なんか言われてる人がいる」
という感じです。
その発言内容というのは、実は自分も過去の日記で自嘲気味に似た発言をしている。
だからといういって彼女の立場を擁護するものでなく、
かといって厳しい立場で非難する訳でもない。
ただ、一連のマスコミの騒動を見ていて思ったことを記してみたいと思った。
まず彼女について、私は特に執着がないことをお断りしておきます。
その私の知る範囲の彼女の魅力とは
常に素直にその心情を発露する言動にあるのだとお見受けします。
で、その態度が現在の多くの方々の支持を集めている状況にあると。
彼女はご自身の存在が既に公の立場であること
その発言が社会に及ぼす影響について無自覚すぎたのかなと。
或いはその特殊な環境(芸能界)で感覚が麻痺していたとか。
何らかの秀でた特殊能力が必要とされるのが芸能人だと思われます。
それは同時に、普通とか一般が何であるか、どのような状態をさすのか、
それらを把握した上での絶妙なバランスで形成されているかと。
常識と特異さのさじ加減を意識的にコントロールする能力が
彼ら芸能人には要求されているようにも思います。
また、必ずしもそうとも限らないのが特徴の芸能の技、というのも中にはあるはず。
この辺りアーティスト(芸術家)と芸能人は区別されているかと。
私の中で倖田さんは歌手であり芸能人だと認識されています。
TV番組の渦中の話題によると、
彼女の問題発言となったのはラジオの収録番組であったという。
その事情をくみすると、彼女のその発言に対する制作スタッフのフォロー
(公には不適切と思われる発言を編集でカットし、未然に誤解を防ぐなどの対策)
が欠けていたこと。
それも今回の事態となってしまった要因のひとつかなと、思われます。
その発言の内容をみると、楽屋落ちで交わされるきわどい冗談だと思われます。
確かに趣味のよい冗談とは言えません。
が、悪趣味な冗談も、信頼できる人の発言であれば私は受け入れることができます。
むしろ、結構好きです。
セクハラ発言でも、その相手により、愉快な冗談にもなり、不快ともなりうる。
いかがなものでしょう。
悪趣味な冗談というのは、仲間内なら曲解の生じる危険の心配はありません。
万が一誤解が生じても、すぐに弁解というか相手の理解を得られるよう
なんらかの術があるはずです。
今回の顛末、私もこの日記を記す上でいろいろ考えさせられました。
日記という私的な行為なので何を記すも勝手だと、私自身は思っています。
しかし、衆人環視にさらされることを前提とする以上
ある程度の自己規制、不特定多数の方々への配慮は必要なのかなと。
そうであれば、先の日記に記した私の発言内容も失言となります。
映画や小説などの内容を記す前にネタばれ警報を報知するのは、
よく見かける気遣いの一端です。
web上、著作権など法的な規制の及ぶ環境での行為となっていますし
営利目的にあたらないことが明らかであり、黙認されている(されてますよね?)
とはいえ、どこまでの自由が許されるのか。
もちろん、これは各個人で自由に設ける運用に携わる問題だということは理解しています。
あと、考えすぎですよね。
ええ。自覚はあります。
でもぐちゃぐちゃ考えるの割と趣味なんです。
それを‘ウザイ’と感じられた方は放置して頂ければよいわけで…
あ、やっぱり勝手にさせて頂くのが都合よさげです。
書き手である私自身と、読み手様の互いの良識が合致すれば万事OKです。
そうなることを希望しています。