梨さんのブログ -81ページ目

夢の中で

睡眠時、夢を見るのは楽しい。


夢の真っ只中、「これは夢だ」と自覚できることもあるが、

目覚めるとその内容はほとんど忘れてしまう。


先日も夢を見たが

珍しくその内容を覚えている。


普通の公園の散歩コース。

私と友だちが歩いている。


(実際友だちと会う時、公園をぶらぶら散歩する機会は多い)


大きな木があったり、川も流れている緑地公園。


初めは散歩するようにゆっくり歩いていた私たちだったが

そのうち周囲の人たちにまぎれて、何でだか競って先を急いでいる。


のどかな散歩コースはいつの間にか

子どもの遊具のようなものから

某TV番組(sasukeとか筋肉番付だとか)のアスレチックのように険しくなっていく。


私はうんてい(遊具)のような柵状の橋を這って進んでいる。

橋の下は結構な高さで、川が流れている。


そのうんていに平行するようにつり橋があって

友だちはそのつり橋を他の人たちにまぎれて渡っている。


私はなぜか図書館で借りた本を落としてしまった。

「ああ、借りていた本なのにー…」


と思ったその時、下から突風が吹いて本は木の葉のように舞い

つり橋側の友だちのところまで飛ばされて

友だちがそれをつり橋から身を伸ばしキャッチ。


私の方に放り投げてくれ、私は本を受け止めた。


ところが友だちはバランスを崩し

つり橋から転げ、腕一本で危うく支えている状態。


私はこちら側にいてすぐに助けることができない。

自分の為に身をていしてくれたのに、どうすることもできないもどかしさ。


しかし、友だちは必死につり橋にしがみつき

自分ひとりで、よじ登り無事に助かることができた。


私の落とした本をキャッチ&リリースしてから

危機一髪の状況はあっという間の出来事で

友だちは周囲の助けを必要とする間もなかった。



その後目が覚めてしまった。


その友だちは特定の誰かではなく

AだったりBだったりと抽象的な人物設定だった。


最近、地元の友だちとの連絡が途絶えているけれど

きっとそれぞれが、懸命に何かに取り組んでいるのだろうと思われる。



周囲の人から色々助けてもらっているばかりの現状と、

連絡を不精していることへのうしろめたさ


離れて互いの近況は分からないけど、

きっと皆元気でうまくやっているだろうという、

身勝手な希望的観測が反映された夢だと勝手に分析。


ペット

ブログネタ:犬と猫、どっちが好き? 参加中

どちらかというと、猫が好き。

子どもの頃、犬も猫も飼っていた頃がある。

犬は同時期に3匹いたこともある。
猫は2匹一緒に飼っていた。

いづれも屋外で。
猫はベランダで。
犬は庭で。
それも家屋からは4・5m程思いっきり離れに。

弟が結構飼育好きで
鳥やら魚も飼っていた。

しかし、私自身からは動物を飼育しようという気は全くない。

なので猫が好きというのも
猫は勝手に行動してくれるから、散歩の世話もかからなそうだから程度のもの。


かつて鳥かごの鳥を見ていてふと思ったことがある。

動物を飼うとき、ペットが勝手に逃げださないように
その行動を制限するため、閉じこめる為の空間が必要になります。

魚なら水槽、モルモットならケージなど。

しかし鳥の鳥かごの広さってどうかな、と思いました。

あらかじめ羽根を間引くようなことも必要なようですが
本来自由に空を飛ぶ為に備えているその翼を
せまい鳥かごの中で時折バサバサはためかすその行動を見ていて
これはとんでもない動物虐待ではないかと。

鳥を飼うとき、他の動物と同様程度に、
鳥が窮屈でない生活をおくる為に必要な空間とはどのくらいなんだろう。

例えば人間なら、犯罪を犯した場合、牢屋に収容されますが
あれは人間に必要最小限の居住空間だと定義されるのかなと。
(食事やお風呂、作業は別室があったりするんですが…)

そもそも、ペットと人間を同じように比較できませんね。
でも、まあ、そんなバカバカしいことを、昔から考える方だったので

で、結局思ったのは
どんなに居心地の良い環境をペットに与えたとしても
それは飼い主のエゴでしかない訳だと。

いえ、別に動物を飼うことを否定している訳ではありません。
むしろ、ペットの世話ができるその寛容さに関心するくらいです。

よく聞く話によると
無責任に愛情を与えることができる孫という存在は
祖父母にとって、都合の良い関係らしい。

あ、ペットからそんなこと連想するのはいささか不謹慎でしょうか。

良好な人間関係を育むのも努力が必要ですが
ペットの場合、異種間で信頼関係を築こうというのですから
相当な努力が求められるのだと思われます。

お手伝い

帰宅時の駅ホームにて。

私の前を白い杖の、中年くらいの女性がひとり歩いていたので


「何かお手伝いできることはありますか」


とたずねてみると


「電車の入り口を探しています」


とのことだったので

優先席のある乗車口の列を案内した。


帰宅時間ではあるが、日頃からそんなに混雑しない駅で

空席もあるほど。


ほどなくして電車が来て

手をとって一緒に乗車。


「ありがとうございます」

とおっしゃるので、そこで私の役目は終了と解し

私は普通の席に座った。


その後、数駅ほど後に

その方がひとりで下車していかれた。


どこで降りるのか、とかもっと聞けばよかったのかな

でも、あまり差し出がましいのも、うっとうしいかもしれないし…


など、いろいろ至らなかったことを考えさせられました。


次の機会には、もっとうまく力になることができたらいいかなと。