字面
通勤途中にレンタカー屋さんがある。
そこに中型のバスが駐車していることがある。
そのバスの車体隅っこに、
目的はわからないが何らかの承認としてか
「適合車」
という表示のシールが貼ってある。
この「適合車」の文字が
通勤途中の私の目に入る度に、なぜか
「連合軍」
と認識されてしまうのだ。
これが1度のコトでなく
既に3度以上は読み間違い、勘違いしている。
その度に「連合軍って、何?!」
なんだか穏やかでない表示である。
一瞬ドキリとしてしまう。
きっとニュースでの印象が強く
私の脳みそに刻まれてしまった単語だと思われる。
このように、字面の似ている文字の
読み間違いをよくするようになったのは
確か三十路を超えたあとからのような気がする。
先入観とか固定観念に囚われがちな傾向だ。
気をつけなければ。
そのうちあらゆる事象を
自分に都合のよいように
脳内変換し解釈してしまいかねない。
でも、それはそれで幸せでよさげだ…
不審者
先日の土曜日。
仕事を終えて帰宅の為に駅に向かった。
信号を渡れば目の前は駅だ。
当駅発の快速電車定刻までに
残された時間はわずか1分。
特に急ぎの用を控えていた訳ではないが
間に合うものならその快速電車に乗り込み
さっさとその家路をたどりたい、
と思うのが人情というもの。
横断歩道を小走りし、
駅構内の階段を駆け下りた。
土曜日というだけに、人は少ない。
残り3段の階段を
着地点に危険のないことを目視確認、一気にジャンプ。
目の前の時計は目的の快速電車到着まで
まだ1分前の余裕あり、
そこの角を曲がれば目の前は改札口。
「やった、間に合う」
そう思った私の目の前に、
突然立ちはだかり、通せんぼする輩の出現。
思わず私もsicaを片手にホールドアップの体勢。
そう。警備員さんである。
私「?!な、何でしょうか」
警備員「最近スリが多いので…」
警備員両手を広げたまま
私の肩にさがっている鞄に視線を送りつつ
やや躊躇するように
「…どうぞお気を付けください…」
私「はい…」
警備員さんを尻目に
なおも早足で改札を通り抜け
目的の快速電車に間に合うことはできた。
落ち着いて振り返って考えてみる。
さっきの警備員のあの行為は
駅構内を走る私をいさめるものだ。
こんな歳にもなってはずかしい~。
私が上京して、街中ですごく違和感を覚えたことがある。
それはスーツを着た、いい歳した大人の走る姿だ。
私の地元で大人が走るのは
それなりの装備をしたジョガーくらいだ。
以前旅で訪れたドイツとチェコの国境の税関での出来事。
アウトバーンを駆け抜けた後の小休止。
バスとはいえ、まだそのスピード感の余韻のような雰囲気が漂う。
(何か変な表現だな…)
ツアーに単身参加した私は、
添乗員さんと2人で税関のトイレを借りることになった。
各車両、入国手続きの順番待ちだったが、
混んでいたので、待ち時間に済ませてしまおうという訳。
その為には、この広い道路を横断しなくてはいけない。
速度無制限の道路をかっ飛ばして来た車は
ややもするとそのスピード感が衰えず、関所とはいえ危険だ。
なので小走りで道路横断。
しかし、この時添乗員さんは、自ら走るその行為をしきりに自戒し
「ヨーロッパで街中を走るのは子どもと泥棒と言われているのよ」
「ましてや、税関で走るなんて怪しすぎる」
「でもこの道路は危ないから走り抜けなきゃ」
「トイレもずっとがまんしてたし…」
という訳で、生理現象が原因でちょっとだけ領域侵犯。
で、何が言いたかったって、そう。
欧州人よろしく、そんな大人が街中を走る姿に、
当初奇異な感じを覚えた私も
既に感化され、当然の行為だと勘違いしていた。
駅構内に限らず、それは危険を及ぼしかねない行為。
公衆道徳としてわきまえるべきである。
皆がするから大丈夫という理由にはならない。
そういえば、ことあるごとに駅ではアナウンスしてる
「駆け込みは大変危険な行為です。
無理をせず次の電車をお待ちください…」
ウチのきょうだいが言うには、
朝走ってもいちいち呼びとめないのは
電車や会社に間に合わせようという
その根拠が明らかである為だからだという。
なので、土曜日の夕刻に駅構内を走っている人を
警備員が通せんぼするのは、
不審者を呼び止める当然の使命だという。
きょうだいに話して、初めて気づきました。
あの時警備員さんが私に、スリにご用心と言ったのは
駅構内を走る、この私こそ不審者その者であり
それを優しく忠告してくれていたのですね…。
朝、目的の電車に乗り込む為に走ることは
就業前の、軽い運動がてら悪くないな
程度に思っていたのに、どうしたものか…。
いえ、今さらながらも、私のささやかな名誉の為に
お断りしておきますが(一体誰に…)
もちろん毎日走らざるを得ない状況に
陥っている訳じゃありませんとも。
ええ。たまにですよ。
でも、走るの結構好きだからこれからも
「あの電車に間に合わせなきゃ」
という明快なシチュエーションでもって
社会にお騒がせすることなく、
駆け足運動することに変わりないような気がする。
従兄弟きたる
日付変わって13日の昨夜は
神奈川に住むいとこがやって来た。
いとこの仕事が忙しく、
なかなか時間を作ることができず
ひょっこり湧いた都合の良い時間に突然の来訪だ。
そういえば先週もそれと似たような人がいた。
うちの身内って…。
前回会ったのがいつだったのか。
記憶にないくらい(ひょっとして10年振り?)
久しぶりに会ういとこだ。
きょうだいと、いとこ揃ったところへ私も合流した。
いとこは、この間の富士スピードウェイ(だっけ?)
でのF1観戦に通ったとのこと。
1日目は天候もよく、自慢のカメラで写真をとり楽しめたらしい。
しかし決勝日はあの雨で、しかもバイクだったので
冬仕様の装備でたいへんだったらしい。
私はというと、テレビ中継でベストポジションからの映像を
気が向けば、茶の間で気軽に楽しむという
ミーハー程度の興味しか持たない。
10年前のF1ブームでは、あのやんちゃなおじさん
ゲルハルト・ベルガーびいきだった。
あの頃の若者ミヒャエル・シューマッハも既に引退。
その弟が活躍するのをたまたま目にするにつけ、
すっかり世代交代したのだな…と思い知らされる。
それはともかく、いとこの話だ。
雨は降るは、人は押し寄せ混雑するは、
から揚げ弁当のから揚げが3個しか入ってなくて1000円するは
佐世保バーガー1個1000円は、もの凄いおいしい訳でもなく…
そんなにしてまで現場に行くのなら、
きっとテレビでは得られない何かがそこにはあるだろう、
とは思われるのだが、一体何が…。
いとこによると、テレビの中継とちがって、
エンジンの、いろんな音がひろえるとのこと。
その音により、ギアの操作をどのように行っているか、
などと想像が楽しめるようだ。
なるほど、メカに詳しい人ならではの楽しみ方だな
と、納得感心したしだい。
次に会うのはいつになるのかな。
他にも長いこと会ってない、いとこや親戚がいるし。
子どもの頃は親族の行事のたびに
全員集合が当たり前だったのに。
気がつくと成人し
こんなに長い間会うこともなく
それぞれの生活を送るものなんだな。
当たり前のコトだけどそんなコトに気づいた。
考えてみると親族が集合するのは
良いことがある時か
不幸がある時か
結構極端なものだ。
次会うときも、良いことがあるといいな。