ココハドコ? アタシハダレ? -31ページ目

ココハドコ? アタシハダレ?

自分が誰なのか、忘れないための備忘録または日記、のようなもの。

2月初めに行った時はほとんど蕾状態だった府中市郷土の森公園の梅がほぼ満開。平日だったが人出も結構多かった。ここには約60種1,100本の梅がある。

 

 

梅は中国原産だが英語では Japanese apricotという。バラ科サクラ属に分類されるが品種は多く500以上あると言われる。あんずやスモモとの交雑種が多いためだが、大きく分けると、野梅系、緋梅(紅梅)系、豊後系の3系統という事になる。

 

下の写真は白加賀という品種。野梅系で関東で多く栽培されている、一重の白梅。東京に長く住んでる私にとって「梅」と言えばまず、この白梅を思い浮かべる。なじみの花だ。

 

 

 

 

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ロシア国内ではロシアに不利な報道(「虚偽報道」と言ってる)をすると懲役15年という法律ができたらしい。フェイスブックもロシアからは接続できなくなる。国内の反戦運動や兵士の士気の低下を抑えたいのだろう、徹底した報道管制を始めた。ロシアの窮地が見えるような法律だがロシアにいる西側の報道陣は様子見、取材を控え始めたようだ。

 

一方、ポーランドがウクライナに戦闘機を供与するという報道。ポーランドにはアメリカが供与するという正面衝突を回避する策。まだ検討中らしいが、ポーランドまで戦域が拡大すれば世界大戦に進む可能性も。

 

 

 

 

 

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「ウクライナ戦争」と呼んで良いのか悪いのか、よくわからないがとりあえずそう呼ぶことにする。

 

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私はTVはすべてスカパーで足りていて、地デジやBSは見ない。その中で何日か前、日テレNEWS24で「ロシア軍で3500人の死者」と現地の記者が語っていた。続けて一昨日だったか「ロシア軍に6000人の死者」という報道もあった。3500人といい6000人といい相当大きな戦闘がなければこんな死者数にはならないだろう。ロシア側が無差別爆撃でもやって市民を巻き込めばこういう数字も理解できるが、ロシア側が兵士だけでこれだけの死者が出るとはそう簡単に信じられる話ではない。そう思ってCNNやBBCを見てるとそんな数字はどこでも言ってない。ウクライナ軍の主力兵器は対戦車ミサイルでこれが防戦の大きな力になっているらしいが、これで6000人殺せるとはとても思えない。発表はウクライナ政府だがウクライナ政府だって味方に不利な情報は発表しないし、戦果には下駄をはかせた発表もするだろう。ぶら下がり取材しか知らない日本のマスコミは、公式発表となるとウラも取らずに未確認情報を垂れ流す。ロシア発表はほとんど嘘だらけのプロパガンタと思ってるくせに、ウクライナ発表には何の疑問もはさまない、どういう神経をしているのか。

 

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戦争をしているロシア人とウクライナ人は同じロシア語を話すし、同じスラブ系の民族でもある。プーチン大統領はロシアとウクライナは切っても切れない歴史も伝統もあり本来一体であるべきなのだと、侵攻の最初の頃に語っていたように記憶する。ウクライナの歴史など何も知らないが、そもそも「歴史」が戦争を始める正義になりえるだろうか?中国や韓国は日本に向かって「正しい歴史認識を」と迫ってくるが「正しい歴史認識」とは歴史は常に書き換えられるものだという認識がまず最初にあるだろう。南京市の人口が26万人くらいと言われた時代に、日本人はそこで30万人を虐殺したと習近平は言ってる。まるで白髪三千丈みたいな話に書き換えてる。歴史とは群盲象を撫でるの譬えで、どんな立場でどこを見るかでまるで違った景色になる、そんなことは誰だって経験してるだろう。「あの時の事は実はこうだった」なんて話は日常茶飯事。その時その時代に生きていたわけでもなく、ただ見ず知らずの「歴史」を紐解いて見せる、それが戦争の理由とは何のことか。今現在のウクライナ国民が民主主義を守りたいと願う、そのことのほうが「歴史」よりもはるかに重要な「現在」ではないか。「歴史」に正義があるなら人類は滅び去るまで戦争を続けるだろう。

 

グローバリゼーションは明らかに国家を機能不全にしていると思う。「国民国家」の「歴史」などもはや幻想に過ぎないのではなかろうか。F・フクヤマのような「歴史の終わり」は来ないけれども「歴史にさよなら」の時は来てるのかもしれない。

 

 

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UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)はウクライナからの難民は最悪のケースで400万人以上になるだろうと予測している。3月2日現在ですでに100万人を超えたらしい。難民のほとんどはまず隣国を目指す。ポーランドが多いらしい。そこの難民キャンプで庇護されてまず一段落、そこから定住先を考える。受け入れ先が決まりそこに定住できるとなるとそれを「第三国定住」難民という。日本もウクライナ難民を受け入れる用意があると2日に岸田首相が発表した。まずは日本に親族などのいる人を。それ以後は第三国定住難民という形になるだろう。さて、その第三国定住難民の受け入れを日本はどれほどしてきたかというと2010年から2019年までの10年間にミャンマー難民を52世帯194人に過ぎない。年平均で見ると20人に満たない。同じアジアのミャンマーでこのありさま、ウクライナは何人?誰も受け入れないよりはずっとマシ。とはいえ「日本もやってますよ~」的なアリバイ工作としか思えないがどうか。ミャンマーであれウクライナであれ私は万人単位で受け入れ態勢を作るべきと思うがどうか。

 

だいぶ前にチベットのダライ・ラマ14世を取り上げたドキュメンタリーを見たことがあって、その中でダライ・ラマがチベットもチベット仏教も決してなくならない、千数百年の歴史も伝統もある、それが始まって50年そこそこの中国共産党に潰せるわけがないと、そのようなことを語っていたのを思い出す。歴史や伝統の重みというのはそこに住む人々の心にあるもので、土地を奪い法を変えたところで変わるものじゃない。日本だって外国人が10万人や20万人入ってきて何かが大きく変わってしまうような華奢な文化じゃないだろう。そういう重みというのは確かにあるのだと思う。

 

だから、そういう意味でも庇護を求める人は誰であれどんどん迎え入れていいと思う。「難民」の定義とはどうだこうだと面倒なことを言う「難民認定」なんて必要かね?難民も移民も区別する必要はない。問題はその日本に住みたいという当人が日本の平和や安定、繁栄に貢献したいという思いが本当にあるのかどうか、それをテストするシステムがあればいいのだと思う。アメリカでは強制ではないが兵役につくと市民権が早くとれると聞いた。日本で同じことはできないが、何か考えてみてもいいのではないかと思った次第。

 

 

 

 

 

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こんなニュースを見付けた。

ウクライナの女性、機関銃持つロシア兵に「何しに来たの」と詰問(bbc.com)

 

女性はロシア兵に、「(ひまわりの)種をポケットに持っていってよ」と言ったそうである。兵士たちが死ねばそこからひまわりが生えるからと。

 

ひまわりはウクライナの国花なのだそうだ。そういえば、ヴィットリオ・デ・シーカ監督の名作「ひまわり」はウクライナが舞台だった。広大なひまわり畑のなか、戦争で行方不明になった夫を探しに来たヒロイン(ソフィア・ローレン)に案内役の役人が言うのだ。

 

「ごらんなさい、ひまわりやどの木の下にも麦畑にも、イタリア兵やロシアの捕虜が埋まっています。

そして無数のロシアの農民も・・・」と。

 

ウクライナでは、ひまわりは悲しい記憶の眠る花なのだ。

 

 

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ウクライナ征服「不可能」 住民は命捨てる覚悟(jiji.com)

プーチン氏の「標的No1」 戦時下で再び変身(wsj.com)

「ロシア人よ、地獄へようこそ」ウクライナ市民のレジスタンスが始まった(NEWSWEEK Japan)

 

ウクライナ人が団結しはじめた。ロシア軍はキエフ攻略に難渋している。ロシア国内にも反戦デモが広がりロシア軍の戦意は案外低いのかもしれない。それに、圧倒的な軍事力を投入して国土を征服しても人心までは征服できまい。プーチンは無理スジを押し通そうとするのだろうか。

 

ロシアのSWIFT排除決定間近か、「数日内」とユーロ圏の中銀幹部(reuters japan)

 

対ロシア経済制裁の最終手段。ロシアが外貨を調達できなくなれば壊滅的打撃を受けることになるんじゃないかと想像するがどうなるか。そのためか、暗号資産を大量に買っているという噂もあった。

 

ハッカーを使ったサイバー攻撃が一気に拡大の可能性も出てくる。サイバー空間の第1次世界大戦。そうなれば日本も攻撃の対象になりうる。

 

プーチン次第。

 

 

 

 

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