ココハドコ? アタシハダレ? -30ページ目

ココハドコ? アタシハダレ?

自分が誰なのか、忘れないための備忘録または日記、のようなもの。

たんぽぽもけっこう種類があるようで、背丈の高いのや低いの、花の大きいのや小さいのといろいろ見かける。漢字で「蒲公英」と書く。元は中国語というからたんぽぽは中国にもあるのだろう、「ほこうえい」と読むらしい。実は去年の夏、しきりに花の写真を撮ってるときにたんぽぽを撮りたいと思って探したのだが、ころあいの花が見つからなかった。たんぽぽは夏の花のイメージがあって、こんな早い時期に咲くとは思っていなかったのだ。

 

桜の季節を過ぎると一斉に花が咲き始める。たんぽぽもそんななかでつましく咲いていた。ほんとにこの時期の風景の変化には目を瞠るものがある。GWのここ数日、東京は五月晴れが続いてるが、沖縄は梅雨入りしたとか。夏もそこまで来ている。

 

 

 

 

 

 

 

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13日朝、配置された現場に向かう旨、会社に電話を入れたらいきなり「中止になりました」と言われた。我々の仕事では雨でなくてもまれにそんなことがある。そんな時に急遽他の現場に増員が出たりして、そちらに行けと言われることもあるのでしばらく待機したが連絡がない。結局休むことになって、これさいわいと展覧会に行ってきた。前から行こうと思っていて、なかなか時間がとれなかったのだ。

 

 

メトロポリタン美術館展

 

「西洋絵画の500年」というサブタイトルでルネッサンス以降のヨーロッパ絵画の歴史が概観できる構成になっている。とはいえ500年を展示された65点の作品で概観するのは無理があって、何かを理解した気分にはなれなかった。私は絵を見るのは好きだが、中世やルネッサンス期の絵画に興味を持ったことはなく、いちいち美術史を理解して頭に叩き込もうという気も毛頭ないので、理解できないものは理解できない、それはそれで構わない。加えて好きな画家の作品はおろか名前を知っているという程度の画家の作品すら数えるほどしかなかった。

 

しかし、絵は見てみるものだ。名前を知らなくたって直に対面すればよいと感じられる作品はやっぱりあるものだ。上の、ポスターになった「女占い師」という作品は17世紀前半に活躍したというジョルジュ・ド・ラ・トゥールの作品で、描かれた人物のあやしい表情や目線、実に精緻に描かれた衣装の模様など、実物を前にしないとわからないが思わず「スゲェ」と唸ってしまった。私は「黒」が作品の命になっているような絵が好きになる傾向があるようで、たとえばサルヴァトール・ローザの「自画像」やレンブラント・ファン・レインの「フローラ」などの人物画も良かった。キリスト教徒でもなければ聖書を手にしたこともない私には西洋の宗教画に魅かれるところはほとんどないけれど、北ヨーロッパで盛んに描かれた風俗画には見ていて楽しめるものが多かった。宣伝ではないが興味のある人にはおすすめです。

 

平日の午前中ですいてるかと思ったが、コロナ対策で入り口では並ばされた。密にならない配慮だが、人気の絵の前ではどうしても密になる。これはしかたないか。

 

 

 

 

 

 

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桜も散ってしまったこの時期に梅の話も何ですが、うちの近くに一本の木に白もピンクも咲かせている梅の木があって、なんだか気になって仕方がない。撮ろうか撮るまいか迷っているうちに花が盛りを過ぎてしまいそうで、やっぱり今のうちに撮るだけは撮っておこうと。それが5日前の話。

 

 

「思いのまま」という品種らしいのですが、それは命名した人間の勝手な空想で、梅の木の方は「全部白のはずだったのに、こんなはずじゃなかった」と思ってるんじゃなかろうかと、これも人間様の勝手な空想。

 

 

 

被写体となった梅の木は白の八重が基調なんだが、1本の枝すべてがピンクの花だったり、白い花の花弁の1枚にピンクが入っていたりして、来年も同じところに同じ色、同じ模様の花が咲くのだろうか?一体どんな遺伝子のいたずらだろうか?と訝しい事この上ない。

 

 

 

梅は交雑によって種類が多い。300以上あると言われているが、正確な数はわからない。だからこんなのがあっても不思議じゃないのかもしれないが、桜はもっと種類が多いらしい。が、桜にも「思いのまま」があるとは聞いたことがない。深く考えずに、楽しむに如くなしという事にしておこう。

 

 

 

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